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『口笛』  作者: kachan
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#19 見え始めた光

 僕は、武道館に通い始めてから、柔道で強くなりたい一心で、毎日必死に練習に取り組んだ。道場の練習が終わった後や、道場での練習が無い日も、ランニングや筋トレ、自転車の古いチューブを使った打ち込みの練習など欠かさず続けた。


 道場には沢山の練習生がいたが、道場生と交流が深まるうち、自分と同じ中学の生徒が二人居ることに気が付いた。というよりも、気が付いてくれたのは相手の方が先だった。


「なんじゃ、同じ中学けぇ、知らんかったのう。ここじゃうちの中学は少なかったけぇ、仲間が増えて嬉しいのぅ、なぁやまちゃん」


 そう言い、肩を叩きながら最初に話しかけてくれたのは、よっちゃんこと佐々良雄君だった。そして、もう一人の、やまちゃんと呼ばれる山谷喜一君は、柔道を離れると、本当に穏やかで人懐っこい性格だった。


 二人は身長が180センチ近くあり、体重は百キロを越えようかと言う重量級の選手で、中学二年生で、既に黒帯を締めていた。


 彼らと、五十キロ過ぎの体重で、まだ白帯の僕とは、まるで大人と子供程の実力差があった。僕と乱取り練習をする事は、彼らにはあまり意味の無い事であったかもしれなかったが、僕にとっては、いつか、こういう人を投げ飛ばしたい、そういう大きな目標になっていた。


 その道場には、近辺の中学校の柔道部の部員が、よりレベルの高い練習機会と、強い相手を求めて沢山来て居たのだが、自分の中学には、柔道部がそもそも無かったため、道場では少数派だったのだ。


 だが、やまちゃんとよっちゃんは、県内の中学の柔道の選手としては、かなり知られた存在で、その道場内でも一目置かれた存在であった。


 一学年9クラスあった自分の中学では、幾ら彼らの体格がいいとは言っても、僕は二人が同じ中学とは全く気がついていなかった。僕らは、すぐに意気投合し、道場に来ると休憩時間はいつも三人で過ごすようになっていた。僕にとって、岡山に来て、初めての友達だった。


「なんで、じろちゃんは柔道始めたん?なんか、えらい必死に練習しよるけど・・」


「うーん、ま、色々あったんじゃけど、とにかく、強うなりたかったんよ」


「なんで、そげに強うなりたい思うたんじゃ」


「‥‥」


 僕は、ハッキリ言えずにいたが、やまちゃんが、切り出した。


「なんじゃ、じろちゃん、いじめられとるんか?」


 僕は、黙っていた。


 いじめや嫌がらせのことは、あまり道場では思い出したく無かったのだ。


「なんじゃ、誰かにいじめられとるんか。わしらにゆうてみい。そいつにゆうたるけぇ。な、やまちゃん」


 そう言うと、やまちゃんも大きく頷いてくれた。そして、よっちゃんは、ツッパリグループのメンバーの名前を挙げ、誰に虐められているのか確認しようとした。


 やまちゃんは、誰かに聞いたのか、事情を何となく知っているようだった。それまでは僕は、本当に孤独で一人で耐えるだけだったから、二人がそうやって気にかけてくれ、しかも味方になってくれると言ってくれただけでも本当に嬉しかった。


「うん、大丈夫だよ。いじめとかはないけぇ」


 僕は、二人に変な心配をかけないように、いじめは否定した。だが、実際は、教室内での僕に対する無視と嫌がらせは、相変わらず続いていた。教室では、誰とも話す事も無く、机や椅子、下駄箱や自転車へのイタズラも相変わらずだった。


 その頃、僕は机や椅子にイタズラされるのを、毎朝掃除しなければならず、それをクラスメートに見られるのが嫌だったので、しばしば、夜中に家を抜け出し、掃除をするために学校に忍び込んでいた。


 その中学は廊下が外廊下になっていたのだが、窓の鍵が一箇所壊れている所があり、容易に教室に忍び込む事ができた。


 ある日の午前中の休み時間だった。中庭側に座る僕の席の横の窓をコンコン叩く音がした。


 やまちゃんだった。僕は、びっくりして窓を開けた。


「何一人でボーっとしよん?」


 そう言って、やまちゃんが笑っていた。やまちゃんは、教室の様子を伺うように中を見渡した。


「社会の教科書、貸してくれんかのぅ」


 どうも、教科書を家に忘れてきたらしかった。その日は、一時間目に社会は終わっていたので僕は教科書を貸してあげた。


「わるいのぅ、終わったらすぐ返しにくるけぇ」


 そう言って、やまちゃんが去って行った。僕は、やまちゃんの後ろ姿を見送り、教室を見ると皆が驚いた様子で、キョトンとこちらを見ていた。どうやら、やまちゃんが、いきなり僕のところに来たので、僕が柔道をしている事を知らないクラスメートが、ずいぶんと驚いているようだった。


(やまちゃんて、いつも学校に教科書全部置きっぱなしちゃうんか?)


 誰かが呟くのが聞こえた。


 僕は、先日の話し方からして、やまちゃんが心配して、教科書を借りることを口実に様子を見に来てくれたのだと感じた。


 次の授業が終わり、休み時間になると、やまちゃんが、今度はのっしのっし歩きながら、ちゃんと入口から、教室に入って来た。


「これ、サンキュー。助かったわ。あんまり綺麗じゃったけぇ、パラパラマンガ描いといたわ、でへへ」


 そう言うと、なぜかうちのクラスのツッパリのそばに行き、肩を叩いて教室を出ていった。確かに教科書を見ると、最初のページから最後のページまで、二人が柔道をしている姿が描かれており、背の低い方が大きい方の人間を背負い投げしていて、最後のページには、小さい方に『じろちゃん』と書き添えてあった。


 見事なパラパラマンガの出来映えと、やまちゃんのさりげない優しさに僕は、


(ありがとう、やまちゃん)


 そう心の中で呟いていた。



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