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『口笛』  作者: kachan
19/42

#18 柔道

 僕は、その頃、真夏とは二週間に一度位のペースで手紙の交換をし、月に一度位の、ほんの僅かな時間の電話で、言葉を交わしていた。僕の真夏への思いは、岡山での孤独感が募れば募るほど増していった。手紙の最後には、いつも、真夏に会いたいという気持ちを切なく訴えていた。


 日々、僕は、真夏に現実逃避することで、何とか現状から逃れようとしたのかもしれなかった。その一方で、例のケンカ騒ぎの後、僕は強くなりたいと云う願望にも駆られていた。誰も助けてはくれない状況の中で、結局、自分の事は自分で守るしかないと思ったのだ。


 それから、僕は家に帰ると筋トレに明け暮れることになった。


 僕とツッパリグループのトラブルの後、番長グループに対して、先生達から厳重注意がなされた事を聞いた。そして、僕も、今度トラブルが起きそうなときは、すぐに先生に一報入れるようにと、きつく言われた。そんな先生のアドバイスは有り難かったが、一方で、今ひとつやる気の無い先生の態度に信用がおけず、その後も先生に相談しようなどとは、思ってはいなかった。


 そんな騒ぎの後、クラスメートはあからさまに僕を無視するようになっていた。どうも、申し訳なさそうに無視するところから察するに、番長グループから指令が出ているようだった。それからまた、数日が経ったある日の事だった。


 僕は学校に行くのが億劫になっていて、始業時間ギリギリに登校していた。朝学校に着いて、教室に入ると何やら嫌な臭いが漂っていた。机の上を見て、僕は思わず吐きそうになった。机一面が痰と唾だらけだったのだ。


 僕は出来るだけ表情を変えずに、机を肩に担いで廊下に出た。そして廊下の外にある洗面所で机を洗った。こういう手で来たか、と、僕は嫌な気分になっていた。


 そして、それだけでは終わらない気がしていた。案の定、帰りには、下駄箱の僕の靴がビショ濡れになっていた。僕は、屈辱感で一杯の帰り道、電柱に一枚の張り紙があるのに気がついた。


『柔道練習生募集 倉敷武道館』


 その下に、詳しい場所や連絡先等が書いてある。


「強くなりたい」


 そう思って、毎日筋トレしても、ケンカが強くなるとは思えなくて、ちょうど思案している所だったし、何より場所が学校の学区から外れているのが好都合に思えた。


 いじめられている自分を、道場生達に見られなくて済む、そう考えたのだ。その夜、早速、母に柔道を始めたい旨を伝えた。母は、なぜ学校の部活ではなく外の道場なのか訝しがったが、僕にとって学校の部活に入る事は、もう選択肢には、入っていなかった。


 その晩に、母の了解を取り付けた僕は、翌日の放課後には、もう見学に出かけた。倉敷武道館は、試合場が三面取れる柔道専用のフロアがあり、真剣に柔道に取り組もうとする、市内の柔道家が集う、本格的な道場だった。


 初心者の僕には、明らかに、過ぎた選択であったが、強くなりたい一心だった僕にとっては願ってもないことだった。その日のうちに僕は入会の手続きを済ませ、自分で新しい道着を買うまで、と言うことで道場の道着と帯も借りた。その日からは、益々筋トレには力が入るようになった。


 僕は、真夏への手紙の中に柔道を始めた事を書いた。



『真夏へ



こんにちは。


二週間ぶりだけど、元気にしてた?


おれの学校生活は、少し問題はあるけど何とか毎日を過ごしているよ。


でも、皆と溶け込めるようにと努力はしているつもりなんだけど、今ひとつ受け入れてもらえていないなぁ。


もっとがんばらなきゃだね。


それが最近の悩み。


そう言えば、柔道の道場に通うことにしたんだ。


おれは、もっともっと強くなりたいんだ。


いつか、真夏のそばにいることができるようになって、そのときに何かがあっても、真夏を守る事が出来るよう

に、練習して強くなろうと思うんだ。


もうすぐ夏休みだなぁ。


残念だけど、東京方面には行けそうにないよ。


今年も会えないのかな。


とてもつらいけど、真夏だけを見てるから。


じゃ、また!



            わたなべより』     



 数日後、いつも返事が来るまで2週間近くかかっていた真夏からの返信が、早々に届いた。



『わたなべへ



こんばんは。


元気ですか?


柔道始めたなんて言うから驚いたよ。


武道なんて、似合わない気がするけど(苦笑)…


でも、スポーツをやることは良いことだよね。


あたしも賛成だよ。


所で、学校生活はうまくいってる?


手紙を読んで少し心配になったよ。


いじめられたりしてないよね?


あたしが側にいたら、体張って守ってあげるんだけど。


ごめんね、それは出来ない相談だよね。


大変だと思うけど、少しずつ仲間を増やして行けばいいんだよ。


わたなべなら大丈夫。


いい友達が出来るから。


柔道も学校もガンバレ!



じゃ、またね



                 真夏より』      



 僕は短い手紙を読んで胸が熱くなっていた。真夏には、僕の不安やつらさが伝わっていたのかも知れなかった。


『体を張って守ってあげる』、そう言ってもらえただけで、僕は大きな勇気をもらった様な気がした。あらためて自分には真夏が必要だと強く感じた。ただ、力強い真夏からのエールはあったものの、学校での嫌がらせは毎日続き、僕はかなり参っていた。


 椅子には毎日のように画鋲が置かれ、上履きや外履きが濡れていたり、自転車の空気が抜かれていたり、時には学校にとめてあった自転車が自転車置き場の屋根の上に置かれていたりもした。



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