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『口笛』  作者: kachan
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#17 絶望の淵で

 思いがけなく、熊谷と倉敷駅前のアーケードで会い、一緒に昼御飯を食べることになった日曜が終わり、次の日から、また学校が始まった。


 熊谷は、その日曜日の後、特に学校では、僕と親しげにする事もなく、僕を気遣ってか、一定の距離をおいているようだった。僕は、相変わらず、孤立はしていたが、クラスメートと話す機会は、徐々に増えてきていた。特に、その週から、一週間後にあると言う文化祭の準備が始まっており、その準備をきっかけにして、少しずつ周りともコミュニケーションが取れ始めていた。


 そんな矢先に、事件は起きてしまった。僕らのクラスは、教室で、お化け屋敷をやることになっていて、放課後に、皆で集めた段ボールで、迷路や、お客さんを驚かす仕掛けを作っていた。


「このクラスは、何作っとんじぁ、あぁ?」


 突然、教室のドアが開き、例の番長格の男と、このクラスのツッパリ二人組が、冷やかしに来た。それまでガヤガヤとしていた教室が、シーンと静まり返っていた。僕も、早く出ていけよ、と心の中で祈りつつ、段ボールをガムテープで止めていた。


「なんじゃ、秋田弁の転校生もおるやんけ。こげんつまらんもん、やめーや」


 そう言うと、隣で作業をしていたクラスメートの段ボールを、クラスのツッパリが蹴り上げた。そのクラスメートが、地道に、数時間もかけて造り上げたモノだったのに。僕は、その瞬間に、頭の中で我慢していた何かが切れたようだった。


「てめぇら、手伝いもせんと、ジャマばしよって、何様のつもりじゃ」


 僕は、放課後の校内中に響いたんじゃないか、と言うくらいの大声を出していた。


(な、そうだろう)


 そう同意を得ようと後ろを振り向くと、教室のクラスメートは、僕の口上に賛同する所か、なんてバカな事をするのかと、皆、絶望的な表情を浮かべていた。


 一瞬あっけにとられたツッパリ三人組は、それでも、瞬時に戦闘状態に入っていた。


「なんじゃ、こらぁ」


 ツッパリの一人は、さらに迷路となるはずの段ボールを蹴り上げた。最初に向かって来たのは、同じクラスのツッパリだった。完全にキレていた僕は、胸ぐらをつかまれたまま、さらに追い打ちをかけるように叫んだ。


「一人じゃなんもできん腰巾着が、殴れるもんなら殴ってみぃ」


 腰巾着なんて言葉が出たこと自体、自分でも驚いたが、相手の怒りは頂点に達していた。そして、まさに殴りかからんとしたその時に、騒ぎを聞きつけた先生達が、教室に駆け込んできた。


「何しとんじゃ、こらぁ、やめんか」


 そう言うと、僕の相手と僕の間に割って入り、何とか、その場は事なきを得る事が出来た。 それから、事後を案じた先生が暫く教室の周辺を警戒していたが、しばらくして、辺りは妙な静けさ取り戻していた。


(ヤバイよね…)


 周りのクラスメートは、明らかにムチャをした僕と距離をおいていた。しかし、そんな静けさも、かえって、これから起ころうとしている嵐を予感させた。


 突発的だったとはいえ僕も、もう少し冷静になれなかったものかと反省していた。


(このままじゃすまんなぁ)


 程なくして、教室に資材の調達から戻ってきた熊谷は、僕がしでかしたことは見ていないようだった。そして、周りに事情を聞いたのか、ツカツカと僕の方へ歩いて来て、僕の側に立ち、小声で呟いた。


「このままじゃすまんけぇ、今日は早う帰り」


 精一杯の彼女から僕への忠告だった。


「覚悟しとるけぇ」


 僕は、逃げたいのもヤマヤマだったのに、何故か、そう宣言してしまっていた。呆れた様な顔をして、肩をすくめながら離れて行った彼女と入れ替わりに、クラスでも一番大人しい、目立たないクラスメートが、そっと僕に近づいてきた。今度は何か?と思っていると、彼が耳元で、かすれるような小さな声を震わせながら、話しかけてきた。


「渡辺君、番長が君をグラウンドの部室棟の裏に、誰にもバレんように連れてこいって。連れて来なかったら、僕がフクロにされるんよ。悪いけど、そっとグラウンドの方に行ってくれん?」


 僕は、情けなくもなったが、逃げるつもりも無かったので、そいつの肩を軽く叩き、教室を出た。ただ、バレないように、と頼まれたものの、皆、僕がどうなってしまうのかと注目の的になっている中で、それは出来ない相談だった。


 部室棟は、グラウンドを突っ切った所にあるテニスコートの、さらに奥にあり、ちょうど職員室から陰になって、見えないようになっていた。


 テニスコートに差し掛かると、その奥には、既にスタンバイ宜しく、十人近くのツッパリ達が勢ぞろいしていた。さっきは強がってみたものの、一人だけ相手にした所で勝てそうな相手もいない。僕は、軽い目眩を感じた。


「さっきは、ようけぇ偉そうにしてくれたのう。しかし、よう逃げんで来たがぁ」


 番長が、うれしそうに一番奥で笑っていた。


「なんじゃ、一人ボコにすんのに、こげな人数集めんといかんのか。情けないのう」


 僕はもう、やけくそだった。どうせ、ただでは帰れない。同じボコボコにされるにしても、逃げ回って、情けない姿になるよりは、おもいきりやられようと思ったのだ。


「いけや」


 まずは、番長のかけ声に、最初に反応した3人が立ち上がった。


 僕は、その時、何かのマンガで、集団とケンカをする時は、一番弱そうな奴を集中して攻撃しろ、なんて書いてあったのを思い出していた。


 それにどんな意味があるのかは、まったく判らなかったが、よく見ると、3人の中には体格が僕と大して変わらなく、最近ツッパリに成り立て、と言う感じの男が一人混じっていた。僕は、彼を集中攻撃することにした。後ろから横から、誰に攻撃されても、彼の顔面だけを狙った。


 案の定、彼はケンカは不慣れだった様で、集中攻撃される事に戸惑い、たじろいでいた。

周りが、僕が一人を集中攻撃している事にようやく気付き、他の2人が僕を羽交い締めにして来た。僕は既に鼻血が出ていて、カッターシャツも破れてきていた。


(もう駄目か)


 そう思った時に、グラウンドの方から、男の先生が数人、何か叫びながら走って来るのが見えた。


「こらー」


 先生達が、現場に到着する頃には、僕以外、皆、三々五々散っていて、僕だけが取り残されていた。


「大丈夫けぇ、一人であんな人数相手にケンカしたら、あかんじゃろう」


(あかんじゃろうって…)


 僕は、別に好きでケンカをした訳では無いのに、なぜかたしなめられた。幸いにも、僕には鼻血以外、大きな怪我も無く、その後保健室で軽い手当を受け、帰ることになった。


 教室に戻ると、その日の文化祭の作業は既に終わっていて、殆んどのクラスメートは帰っていたが、一人、熊谷が残っていた。


 彼女は、僕の姿を見て呆れた様な顔をした。


「じゃけぇ、はよ帰りぃゆうたのに‥」


 僕は、黙っていた。忠告は確かに有り難かったが、一時的に逃げた所で、どうせ今日のおとしまえは、すぐに付けなければならなかったのだ。そう思いながら僕は、鞄を肩から下げて、黙って教室を出た。


 とにかく、その時は、どんな哀れみや、慰めの言葉も忠告も聞きたく無かった。自転車置き場にあった僕の自転車は、前後のタイヤの空気が抜かれていた。


 帰り道、その日のケンカに限らず、何故こんな状況に自分が置かれなければならないのか、ただそれだけを考え、猛烈に悲しくなった。そして、僕は気が付くと、空気の抜けた自転車を押しながら、オイオイ声を上げ泣きながら歩いていた。


 アパートに着いても、すぐに家に入れず、屋上の、さらにその上の貯水タンクがある所に登り、真っ赤に染まる夕刻の景色を眺め、涙が乾くの待った。


 家に入ると、母が僕の姿を見て怪訝そうな顔をし、どうしたのか尋ねてきたが、自転車で転んだのだと言い訳をした。僕の、倉敷での中学生活は、まだ始まったばかりなのに。


 僕の絶望は、頂点に達しようとしていた。



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