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『口笛』  作者: kachan
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#15 新たな火種

 転校して初登校があった後、次の日から早速、本格的な授業が始まった。実は、秋田にいた頃の中学校は、教科書の進みが遅く、やり残している項目が沢山あった。数学でも、理科でも、社会でも、既に授業が終わっている所とそうでないところが、前の中学校と異なっていた


「なんじゃ、何でこげなこともわからんのじゃ?

一年の終わりにやったじゃろが。

ちゃんと復習しとらんからじゃろう」


「いや、前の学校では、まだそこはやってなかったので‥」


「そげなこと無かろう。

知らん思うて、つまらん言い訳しとるんちゃうんか?」


 万事がそんな感じだった。どの先生も、そもそも僕が転校生であると言う認識も無いようで、判らない部分があると、単にさぼっている、とたしなめられた。


 そんなある日の放課後のことだった。


「前の学校でやっとらんのはどこなん?」


 相変わらず、ふて腐れた態度を取り続けていた僕が、帰ろうとしていると、一年の各科目の教科書を抱えて、同じクラスの熊谷貴美きみが話しかけて来た。


 少し冷めた感じのする子で、皆と迎合するタイプではないようだった。そんな熊谷が話しかけてきた事に、僕は驚いていた。彼女は、いつもひょうひょうとした感じで、少し気になっていた子だったが、それまで一度も話はしたことがなかったので、僕は余計びっくりしていたのだ。


 僕は、クラスに溶け込む機会を完全に逃し、話しかけてくるクラスメートも少なく、完全に孤立していたし、話すチャンスがあっても、秋田訛りが出るのが嫌で、僕の方から言葉を発しない事も多く、それが悪く影響していたのも自覚していた。


 僕が、(何でそんな事を聞くのか)、と怪訝そうな顔をしていると、熊谷は言葉を続けた。


「大体、わたなべ君は、なんでみんなと話さんの?それじゃあ友達出来んじゃろ?な?」


 呆れたように、何の遠慮もなく、ズバッと切り込んで来た。


「いや、何か‥言葉が判らないし、訛りが出ちゃうし‥」


 転校して来て、クラスメートに初めて漏らす本音だった。


 彼女は、僕が正直に気持ちを吐露したことで、少し同情するように表情を和らげたが、さらに言葉を続けた。


「そげな事ゆうても、話しせんと、話せるようにもならんじゃろが。違うか?」


 それは、もっともな話だった。僕は、そんな事は百も承知だ、そう言いたかったが取りあえずぐっとこらえ、頭でも掻くしかなかった。


「ほらぁ、またそげな顔して、言いたい事も言わんと、言いたいこと飲み込んどるじゃろ。そんなんじゃけ、いかんのじゃ」


 僕は、余りにズバリと核心を突く言葉に少し凹んでいた。


「まー、それはえぇから、わしにどこやっとらんのか教えてみい?」


 大分慣れてきてはいたが、やはり女子が「わし」なんて言うのには、相変わらず違和感を感じていた。それと同時に、その言葉は、僕に真夏のことを思い出させた。


 その後、彼女が教科書を開き、僕が前の学校でやっていない所を確認させられた。


「結構あるなぁ、まぁええわ、ほなあんたもはよ帰りぃや」


 そう告げると彼女は、教科書をバッグにしまい、教室を出て行った。僕はその時、なぜ彼女がそんな事を聞いて来たのか、理解出来ないでいた。ただ彼女の、


(話さんと話せるようにならん)


と言う言葉は、僕の胸に突き刺さっていた。


 次の日の、昼休みだった。初日の朝に、僕に席を代われと言ってきた自分のクラスのツッパリ含む二人と、番長と呼ばれる他クラスの別のツッパリも合わせて、4人が僕の席にやってきた。


「転校生ちゅうのは、コイツか?なんじゃ、いつも黙っとって、偉そうらしいのぅ」


 のっけから、挑発的な感じだった。


「秋田から来たんじゃろう?秋田弁ゆうてみいや」


 僕が一番気にしていることだった。僕は目を合わさずに、真っ直ぐ前を見て黙っていた。


「『おら、なんとかだべ』、とか言うんちゃうんか?あ?」


 ツッパリの一人が、僕の机を蹴飛ばした。相手は、黙って無視する僕の態度に、明らかにイライラして来ていた。


「そっちだって訛ってるでねーが」


 僕は、初めて教室で大きな声を出していた。


「うぁっ、『でねーが』って、それ、秋田弁?」


 そのうちの一人は、腹に手をあてて笑っていた。


「しかも、うわさどおり、偉そうな事言いよるのう」


 バカにするのと、怒りが両方入り交じった言葉が、僕にぶつけられていた。


「そろそろ、先生来るよ、いい加減止めたら?」


 突然、熊谷が、ツッパリの次の一手が出るのを遮るように、言葉を発した。


「なんじゃこいつ、いつの間に、熊谷を味方にしとんじゃ、秋田弁、大したもんじゃのう」


 そう言った時には、既に午後の理科を担当する先生が教室に顔を出していた。彼らは、時計を見て、舌打ちしながら教室を出ていった。僕は、熊谷の方を見たが、もうこちらの方は気にしていないようだった。


 その日の放課後、熊谷が僕の方へ近づいて来た。


「ほら、これ」


 彼女は、レポート用紙十枚位に、各教科のポイントを、図解付きの文で綺麗に纏められたものを僕の机においた。所々には、マーカーが引いてあり、『重要』なんて吹き出しのようなコメントも付いていた。


「あなたがやっとらん所のノート写しておいたけぇ、良かったらつかいや。ま、それであんたが勉強するかどうかは、あんたの勝手じゃけど」


 そう言うと、少し笑いながら、教室を出ていった。僕は、唖然としながら、そのレポートをめくり、驚いていた。


 恐らく先生が板書した所を写したものに、彼女の言葉で『ここは大事だよ』とか、『ここは〇〇と言う意味だよ』なんて、コメントがつけてあった。やってないところを確認したのは昨日だから、一晩でこれを作ったことになる。


 僕は、かなりの戸惑いを覚えながら、それでも熊谷の行動に感謝した。教室で孤立していた僕に、同情したのか、哀れみなのか理解は出来なかったが、少なくとも僕を気遣ってくれる人が一人でもいる事が当時の僕には嬉しかったのだ。


 それにしても、どうも、僕は教室では相変わらず孤立したままだった。特に、ツッパリグループには目を付けられていた様で、時折校内ですれ違うときには、あからさまに睨み付けられていた。


 熊谷は、希望の光なのか。


 僕は、ツッパリ達との関係が悪化していくのを感じながら、希望と不安が、混沌と入り交じる、複雑な状況に落ち込んで行くのを感じていた。


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