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『口笛』  作者: kachan
15/42

#14 倉敷へ

 僕達家族一同は、午前中の早い時間に男鹿駅を出発し、上野へ到着したときは、もう夜7時をまわっていた。その日は、埼玉の叔母さんの家にそのまま向かい、一泊した。


 そして次の日、生まれて初めて乗る新幹線に、僕はワクワクしていた。


 岡山までは、東京からおよそ4時間半だった。途中、大阪や京都などにも停車し、テレビでしか見たことのない都市を、猛烈な速度で次々と通過していった。


 長旅のせいか、心地よい揺れに、いつのまにか僕は浅い眠りに入っていた。


 町の風景が、物凄く速い速度で、僕の脇を駆け抜けて行く。


 振り返ると、住み慣れた町は、もう遥か彼方に霞んでいた。


 不意に、轟音を立てながら、トンネルに突入した。


 真っ暗で、そのトンネルは、出口がなく何処までも何処までも続く、そんなふうに思えて、急に猛烈な不安に襲われた。

 

 泣き叫びたい衝動に駆られ、前方に目を凝らすと、小さな、小さな灯りが見えた。


(出口だ!)




「二郎!」


 不意に、母の声がした。


「二郎、もうすぐつぐよ。起きて準備してちょうだい」


 はっ、として、僕は目を擦りながら外を見た。そこには、晴天の空が広がっていた。程なくして、まもなく新倉敷に到着するとのアナウンスが流れた。僕達は慌しく荷物を纏め、新倉敷駅のホームに降り立った。


 まず驚いたのは、その暑さだった。もちろん、秋田よりも暑いことは承知していたが、気温にして20度は軽く超えていたように思えた。


 秋田を出るときは寒の戻りもあり、家族一同、厚手のセーターなど着ていて、防寒具を持ち歩く僕たちは、ホームで完全に浮いていた。


 後から聞いた話だが、その日は、岡山でも季節はずれの陽気だったらしかった。


 倉敷に来て、一週間が過ぎ、ようやく新学期が始まった。新しい中学校は、家から自転車で約七~八分分の所にあり、一学年が9組もあって、市内では比較的大規模な学校と言うことだった。


 初日、朝一番で職員室に入り、新しい担任となる先生に挨拶をした。その先生は、社会科を担当しているということだったが、何かぶっきらぼうな感じで、ハッキリ言えばやる気の無い感じだった。


「渡辺二郎君か? ここの学校は、人数がでれぇ多いけぇ、毎年クラス替えするんじゃ。新学期からじゃけぇ、転校生ゆうても別に挨拶せんでええじゃろ」


 僕は、まずその言葉使いに面食らっていた。真夏が話す広島弁と似てはいたが、少し違うようにも聞こえた。


 それに、真夏と話をする時は、当たり前だが周りは、みな秋田弁だったので違和感は感じていなかった。岡山弁でも、さすがに何を言わんとしているのかは理解できたが、この時点で、僕の気持ちはかなり萎え始めていたし、


「挨拶せんでもええじゃろ」


との言葉にも、酷く落胆した。


 僕はその『挨拶』を考えるのに、この二週間を費やしてきたのだ。キョトンとしている僕に、その先生はさらに追い打ちをかけて来た。


「なんじゃ、転校してきました、ちゅうて挨拶したいんかい?」


「いえ、そんなことはないです」


 僕は慌てて否定した。そして、その担任の先生は、職員室の窓から指さして、新しい教室とトイレの位置を僕に教え、教室の適当な席に座っているように指示した。


 朝早かったせいか、教室に行くと、真面目そうな女子が一人いるだけだった。僕は、おもむろに教室に入ると、一番後ろの窓側の端の席に座り、窓から見える中庭を眺めていた。


 その中学校は、廊下が建物の中ではなく、外廊下になっていて、北国ではあり得ない構造になっていた。


「去年は何組じゃったん?」


 突然、その女子が話しかけてきた。


「あ、っと、俺、転校してきた」


「なんじゃ、ほんまぁ、なんかみちょらん顔じゃ思うたわぁ、どっから来たん?」


「秋田」


「あきたぁ?でれぇ遠いのぅ」


 僕は、真夏の時には許せたはずであったのに、女の子がそんな言葉使いをする事が、どうしても我慢ができなかった。恐らく僕が感じた違和感が顔に出ていたのだろう。


 それから彼女は、僕にプイと背を向けて、話しかけるのを止めた。


 僕は、また窓の方に目を向けた。校舎内には、徐々に生徒が増えて来ていた。


 やがて、自分の教室にも、少しずつ生徒が入って来ていた。


(人数が多いけぇ、挨拶せんでもええじゃろ)


 そう先生は、言っていたが、教室に入って来た生徒同士は、皆顔見知りのようで、それなりに挨拶をしつつ、


「あれ誰じゃ?みん顔じゃのう」


 なんて指さしながらの会話が、聞こえていた。


(なんで挨拶させてくれないんだ?)


 先生の言葉を思いだすと、僕は、益々気分が悪くなって来ていた。先生からは、トイレの場所しか教えてもらっていない。この学校の事も、人も、何も僕は知らない。


(なんてこった)


 僕は、これから始まる新しい学校生活に希望を感じることが出来ないでいた。


(こんなとこ、イヤだ。帰りたい)


 そんな、絶望感が頭の中をぐるぐる回り始めていた。


「おぃ、前にいかんか」


 僕は、肩を軽く突付かれ、そう後ろから声をかけられた。


「はっ?」


「はっ、じゃなかろう、前に行けゆうとんじゃ、ちばけとんか?」


 振り向くと、そこには、ダボダボの制服を着た、頭はリーゼントで、ソリ込みも入った男子が立っていた。この学校のツッパリの一人のようだった。僕は、もう頭の中が真っ白になっていた。


 僕は黙って、その席から教壇のまん前に移動したのだが、後ろで椅子を蹴ばす音がした。


 その後、先生が教室に来て、出席を取り、改めて席替えをした。


 僕は、教室の中程の中庭が見える、窓側の席に移動となったが、先生が説明したその日の予定や、明日からの時間割については、全く頭に入らなかった。


 僕はただひたすらに、ここに来てしまったことを後悔していた。


(もっと、秋田に残るって強く言えば良かった)


 そう、何度も呟いていた。


 その日は、午前中に学校が終わり、帰宅する事になった。特に、誰かに声を掛けられることもなく、僕は、一人帰宅した。家に帰ると、引っ越しの荷解きが終わった段ボールを、母が纏めていた。


「ただいま」


「おかえり、学校はどうだった?」


「あぁ、別に」


 僕は、学校の愚痴さえ口にするのも嫌で、母の問いかけには、適当に答えていた。


「例の手紙、来てるよ」


 僕の胸が高鳴った。岡山に来て初めての真夏からの手紙だった。



『わたなべへ



久しぶり。


元気ですか?


引っ越しでバタバタしてるかと思い、少し時間をあけました。


返事が遅くなってごめんね。


もう新しい学校が始まった頃だよね。


どうだった?


最初が肝心なので、ちゃんと挨拶はしないとだめだよ。


友達は沢山出来そう?


可愛い女子はいた?


大変だと思うけど、頑張ってね。


私は、ソフトボール部の練習に明け暮れる日々です。


毎日、朝練でくたくただよ。


でも、がんばるからね。


わたなべも。頑張って!


お落ち着いたら、そちらの学校の様子も教えてね。


困った事があればどんどん相談して!


それでは、返事待ってます。



               転校経験者の真夏より』      



 僕にとっては、涙が出そうな程、嬉しいはずの手紙だったのに、読むうちに切なくなって来ていた。新しい学校では、ロクに挨拶も出来なかったし、友達も出来そうに思えなかった。僕はそれまで感じたことの無い程の孤独感を感じていた。


(真夏に会いたい)


 僕は心からそう願った。



『真夏へ


手紙さんきゅう。


岡山で初めて受け取った手紙、すげえ嬉しかったよ。


ソフトボール部の練習、大変そうだな。


でも、真夏は運動神経が良いから、きっと大活躍出来るよ。


頑張れ。


おれの方は、学校が始まって、初登校してきたんだ。


最初なんで、まだ、友達はできて無いけど、そのうち出来るかな。


それよりも、言葉が全然違うんで、参ったよ。


友達が出来るか、と言うよりも前にそっちの方が心配トホホ


真夏が話していた広島弁と似ているけど、ちょっと違う感じがするよ。


これから、この岡山弁を自分が話さなくちゃいけないかと思うと、気分が落ち込んじゃうんだよなぁ。


真夏が転校したときは、どうだった?


やっぱり大変だった?


今度、早く友達が出来る方法を教えてくれ~。


おれ達、次に会えるのはいつになるのかな?


早く真夏に会いたいよ。


埼玉に叔母さんが住んでいるので、夏休みに遊びに行けたら会えるかな。


では、返事待ってるよ。


バイバイ


                わたなべより』      



 僕は、新しい学校にかなり失望していたことは、手紙には書かなかった、と言うより書けなかった。情けない僕を、手紙に書くのが嫌だったからだ。そして、孤独な僕の岡山の生活の中で、真夏の存在が、益々大きくなって来ているのを感じていた。


 僕には、真夏しかいなかったんだ。


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