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『口笛』  作者: kachan
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#10 再会

 真夏が、男鹿半島を離れて、5ヶ月が経とうとしていた。僕達は、六年生になり、真夏がいなくなって確かに寂しい想いはしたが、所属していた少年野球チームで、毎日野球漬けの日々を過ごしていた。


 野球の練習が休みでも、僕らは友達と集まり良く遊んだ。そうやって時間はどんどん過ぎていた。


 夏休みのある日のことだった。僕らはいつものように、市役所の裏手にある中川公園に集まり、野球に興じていた。僕達が、守備に付き、相手チームのバッターは和也だった。


 ピッチャーが何球か投げたとき、和也が驚いた表情で打つ仕草を止めてしまった。


「何やってんだよぅ、早く構えろよ」


 そう僕が叫んだ時だった。


「ひゅーぅ、ひゅっ」


 聞き覚えの有る口笛の音が、公園に鳴り響いた。驚いて後ろを振り返ると、そこには、白い綺麗なワンピースを着た女の子が立っていた。カンカン照りの日差しを、右手で眩しそうに遮りながら、笑って手を振る真夏がいた。


 そして、二塁の守備についていた僕を手招きしている。


「真夏でねーが!」


 和也がそう叫んだ。


「よっ!」


 真夏は、元気良くその問いかけに応えていたが、また僕に小さく手招きしてきた。


「わり、おらちょっとぬげるわ」


 僕は、面倒な突っ込みを仲間にされるのが嫌で、皆の了解を得る前に、既に走り出し、公園を後にしていた。


「野球ぬけて大丈夫?」


 そう問いかける真夏に、僕は、気にすんな、とばかりに、大袈裟に手を振った。僕はドキドキしていた。真夏が横にいる。


「・・本当に久しぶり。もう私の事なんて忘れてたでしょ」


 真夏は、僕をからかうように、顔を覗き込み、そう話し出した。


「あぁ、すっかり、忘れでたよ」


「あっ、そうですか。私も忘れてたけど」


 僕の切り返しに真夏は口を尖らせながら、でも笑ってくれた。


 忘れているわけは無かったし、来てくれたことが、とても嬉しかった。


「どこ行く? 少し話、したいな」


「うーん、そうだな、真夏が東京に行った後、うちの近くに、西が丘公園っていう新しい公園が出来たんだ。前に真夏が住んでたところの近くだべ? 小さいけど眺めが良いんだよ。そこにいこう」


 その公園は、僕の家の前を通って行く事になる。僕は、家の傍で少し真夏を待たせ、一旦家に入っていった。そして、すぐに外に戻り、二人で西が丘公園に向かった。


 そこは、うちから歩いて十分程の距離にあり、キャッチボールも出来ないほどの小さな公園だったが、僕らの住む町が一望できた。近所に子供が少ないせいか、いつ行っても誰もいない公園で、時折犬を連れたおじさんが来るくらいだったが、眺めが良いのが好きで、僕は一人でも度々訪れていた。


 僕らは、一番眺めの良いベンチに並んで座った。


「まぁ、良い眺め。私がここを出る前に、もう工事はしてたけど、こんな公園ができるなんて知らなかったよ。良いとこにつれてきてくれてありがと」


「東京は楽しいが?」


 やっかみを半分込めた僕の質問に、真夏は少し困った表情を浮かべた後、さらりと答えた。


「楽しいよ。この間もクラスの男子と、『としまえん』に行ったし」


 僕は、としまえんがどんな所なのか全く知らなかったが、判りやすく動揺した表情を浮かべていたのだろう。


(あなたが変な質問するからでしょ)


 そうとでも言っているかのように、彼女の頬は少し膨らんでいた。


「そっちは、楽しい?」


 真夏も質問を返してきた。


「楽しいよ。野球も忙しいし、皆と海に遊びに行ったりもして」


 僕のつまらない、反撃にもならない答えに彼女もまた、機嫌を損ねだしていた。特に、『海』と言う言葉に反応していたのは、ある意味嬉しくもあったが、自分も本意でない言葉を発して少し後悔していた。


 少しの沈黙の後、真夏が口を開いた。


「まだ、好きですか」


 真夏は僕の答えを聞くのが怖かったのか、不安そうに下を向いていた。真夏が、秋田を去ってから約5ヶ月。僕は、自分の気持ちが良く判らなくなっていた。


 真夏がいなくなって、とても寂しかったのは確かだった。でも、女の子と付き合ったことが無かった自分は、真夏が、今いたら何を共有できていたのか、真夏の転校で、自分が失ったものが何であったか良く理解できないでいたのだ。


 まだ好きか、と聞かれた僕は、改めて真夏の顔を見た。喧嘩の時に助けてくれた真夏、遭難しかけた僕を助けてくれた真夏、そして夕日が沈む海を、一生忘れない、と呟いた真夏。僕は、あの時の感情を完全に思い出していた。


「今でも真夏のことが好きだよ」


 少しの沈黙の後、ホッとした表情を浮かべた真夏がポケットから、東京の住所が書かれた紙切れを差し出した。


「有り難う。まだ、両想いだね。すごくうれしい。良かったら手紙くれる?」


 そう言うと、彼女はベンチから立ち上がり、白いワンピースのお尻をパンパンはたいた。


「もう、行かないと」


 叔母さんの家は秋田市内に引っ越していて、四時の汽車に乗らねばならないのだという。そして明日の特急で東京に帰るのだということも僕に告げた。


「そうだ、これ」


 僕はポケットからなまはげのキーホールダーを差し出した。


「なに、これ?」


 真夏は、受け取ったキーホールダーを眺めて、驚いていた。


「真夏が転校するときに、渡そうと思ってたんだ。ほら、真夏がおらに誕生日プレゼントだ、ってくれたなまはげのキーホールダーがあったべ。それを二つに分けたんだ。だから、お揃いだよ」


「…ありがとう、すごくうれしいよ、ほんとにうれしい。秋田に来てよかったよ」


 キーホルダーを見つめる真夏は、本当にうれしそうだった。


 あっと言う間に時間は過ぎ、僕は、一人男鹿駅の改札から彼女を見送った。次に、いつ秋田に来れるのか尋ねたが、判らないと言う。自分の力では何ともならない子供にとって、それは仕方が無いことだった。ただ、その時は、何となく、また直ぐに会える様な気がして、僕は笑顔で手を振り、いつまでも汽車が行き過ぎるのを見つめていた。


 また、真夏に会える、その時の僕は、漠然とそう信じていたんだ。



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