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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

いちや、ひとよ

作者: 池上さゆり

 単純バカな女子高校生は憧れの背中を追うまま、マネージャーを務めていた部活の先輩が進学した大学に入った。だが、四年間なんの進展もなかった彼女は諦めきれず、同じ会社に就職した。人生の中で一番胸が高鳴っていた。辞めることがなければ、半永久的に毎日先輩と会えるからだ。入社式当日に見かけることはなく、所属している部署を訊いていた訳でもなかったのですれ違う人の顔をすべて確認していた。

 ところが、入社してから一ヶ月経過しても会うことはなかった。おそるおそる上司に尋ねると、年が明ける前には辞めていたという。その事実を知ってからというものの、仕事は疎かになり、辞めてしまおうかとまで考えていた。

 それを見かねた同僚の美穂が飲みに誘ってくれた。


「あぁ!もうっ!意味わかんないぃ……」

「確かな情報を持たずに後を追ったのが悪い」

 正論にぐうの音も出ず、生をもう一杯注文した。立ち込める酒とタバコの煙、それに油の匂い。居心地がいいわけではないが、やり場のない感情を鎮めるにはここが最適だった。

「それで?先輩ってどんな人だったのよ?イケメンだったりすんの?」

 ほんのりと頬を赤くさせながら、にやけついた顔で訊いてきた。酒が入ると決まって元カレの愚痴をこぼす美穂が話し出す前に答えた。

「イケメンだよ。女の人だけどね」

 驚きのあまりむせ返ってしまった美穂におしぼりを差し出した。そんなに驚くことなの、と尋ねるがどちらとも答えられないような表情で首をかしげていた。

「あんたってそっちだったんだ」

「違うって言いたいけど、どうなんだろう。自分でもわかんないや」

 ずっと憧れてきた。マネージャーになった同学年の女子は先輩の誰々がかっこいいとか、笑顔がかわいいとかそんな話ばかりをしていた。見学のときもなんとなく友達に付き添っただけだった。その時に私はまっさきにマネージャーを務めていた先輩の方に目がいった。かわいいとか、きれいだとかそういった言葉で表すことができなかった。汗をかきながら、ボールを集め、選手には飲み物やタオルを渡し、休憩している間にモップをかけたりまでしていた。一番動いて見えるのも先輩だった。誰よりも周囲のことを見ていて、状況に応じた判断ができて、気遣いの細かい人に思えた。

 だが、実際にマネージャーとして入ると案外そうでもなかった。確かに周囲のことをよく見ていたが、時折魂が抜けたかのようにボーと立っていることがあった。状況に応じた判断だと思っていた行動は、先輩なりに立てていた計画だった。部長から預かる練習メニューを確認して、この時間にこれをやると前日に決めていた。本人曰く、臨機応変が苦手だからさ、と。

 どうしようもなく愛しくなった。

 理系コースに進んでいた先輩は先生に勧められるまま大学に進学した。コース選択では迷わず理系を選んだ。生まれてこの方、数学の成績が良かった試しはない。ただ、なんとなくだが先輩と同じ道を辿っていくことでなにかしら共通の見えるものが現れると思っていた。就職も同じ理由だ。


「同性への恋愛感情ってどう区別つけたらいいと思う?」

 美穂はそんなの私に訊かれてもと困ったような顔をして届けられた唐揚げを頬張っていた。

「追うものが急にいなくなって今虚無状態なんでしょ」

 虚無感ということばがもやもやっとしていた感情にピッタリと当てはまった気がした。

「そう!それよ!いまただひたすらに虚無感に襲われてるの!」

 残っていたビールを一気に飲み干し、口元を拭った。名前のなかった感情が急にくっきりと姿を現した感じがして気持ちが悪かった。この次にやらなければならないことは、この虚無感をどうするか考えなければいけないからだ。

「で、どうすればいいと思うよ?」

「知るか」

 そろそろめんどくさくなってきたのか、自分も愚痴が言いたいのか、徐々に苛立ちを見せるようになってきていた。幸い明日は休みである。この後、はしごでもしていくらでも語り合うことはできる。

「そうだ」

 なにかを閃いた美穂は焼鳥の串で私の携帯の方を指した。

「どうせなら先輩の写真見せてよ。顔も知らん誰かの話を聞き続けるよりマシ」

「残念、携帯には入ってないんだな」

 少しで鼻で笑ってやった。

「家にならある」

「えっ、今どき現像した写真で持ってんの?」

 部活の顧問が撮った集合写真を配ってくれたものしかないと説明した。毎日近くで顔を合わせておきながら、連絡先すらも聞き出せなかった。高校の卒業式も、大学の卒業式でも会って2人で会話をする時間はあったのに写真の一枚も撮れなかった。家に帰ってから泣いたのも今では思い出の一つである。

「そんじゃあ、今日はそっち泊まりに行こ」

 突然の提案、というよりかは既に決定されたような感じもしたが拒む理由はなく、すぐに会計を済ませた。

「そういや、家に行くことは何回かあったけど、泊まりは初めてだね」

 抵抗なく受け入れたが言われてみればそうだ。家に来ても宅飲みして、愚痴を言い合って終わる。

「お酒きらしてるけどコンビニ寄る?」

 そう訊いたが、さっきまで呑んでいたからといって断られた。チカチカと点滅する街灯の下をなぞるように住宅街を歩いた。卒業してすぐに家を出た。親からの援助はなかったため、低家賃のアパートに住んでいる。見た目はさほど古くないが、家の中に入ると年季を感じさせるような畳やキッチンがある。家につく頃には互いに酔いは覚めているようだった。

 お邪魔しますと丁寧な挨拶をしてから美穂は中に入った。わざわざ言わなくてもいいのにと指摘するが、親しき仲にも礼儀ありでしょと返された。

「で、先輩の写真は?」

 早々に急かしたてた美穂に背中を向けて高校時代に愛用していたファイルを取り出した。写真は一番上にしまっていたので、すぐに見せることができた。

「ほら、この人。私の前にしゃがんでいる人」

 指で指し示した先を美穂は眉間にシワを寄せて見つめた。

「なんとなく、きれいな人だということはわかるんだけど画質悪いね!」

「写真の場合は画素じゃないっけ……?」

 訂正を入れたが美穂は特に返事をすることなく、なんとなくさみしげな表情をしてその写真を見つめていた。そこから高校時代の話に花が咲いた。学校祭の話や修学旅行、こわかった先生の話や好きだった人の話までした。お酒のない状態でここまで語り合っているのは初めてだった。高校時代、他校の生徒と関わることのなかった私にとっては新鮮な話ばかりだった。思えば中学時代の友達とも気づけば疎遠になっていたのだった。

「私ね、好きな人いるんだよ」

 唐突に美穂はそう言った。どこの部署の人なのか、どんな人なのかを尋ねても困ったような顔をして笑うばかりだった。まさかと思い、不倫なのかを訊くとすぐに否定した。

「不倫だったらまだいいじゃん。相手にされるんだから」

「いや、相手にされるって言っても人として扱われてないから不倫なんじゃないの?」

「まぁ、難しい会話はよそうよ」

 そう言って、美穂は私のベッドに寝転がった。もう眠たいということなのかと思い、電気をオレンジ色に変え隣に寝転がった。何も言葉を発さない空気になんだかドギマギしてしまっていた。先にその空気を破ったのは美穂だった。私の方に身体を向けなおし、頬にそっと手を伸ばされた。

「私の、好きな人。あんたなんだよ」

 言葉が、出なかった。

「憧れとかじゃない、ちゃんとした恋愛感情で好きなの」

 なにも言えないでいる私に美穂は更に続けた。

「私の方なんか見なくたっていい。ずっと、先輩を追いかけていたっていい。私をその隣にいさせて?」

「意味が、わかんないよ……」

「私を先輩だと思っていてもいいから」

 少しだけ強くなった口調で美穂は唇を重ねてきた。ぽたりと頬に涙が落ちてきた。その表情はどこか寂しいような、嬉しいような、悲しいような、多くのものが混じっているようだった。抵抗できないまま、もう一度唇を重ねた。


 一夜があけ、目を覚ました朝にはもう美穂はいなかった。休みが終わり、仕事に行くとそこにはいつもの通りの様子で働く美穂がいた。自分だけが、悩んでいたみたいで少しバカらしくなってしまった。


 それからの日々は、平然としていた。特別変わったことはなく、普段どおり仕事をこなしていた。だが、2人のこの関係はその後も続いた。一夜限りにはならず「飲みに行こう」がいつの間にか、誘い文句となっていた。それ以上も、それ以下の言葉もなかった。

 私は先輩の影を、美穂は私自身を求めながら、互いに埋まることのない穴を薄い膜で覆うように身体を重ねていった。

 蟻地獄にはまったかのように抜け出せない呪いに2人は静かに沈んでいった。

こちら、小説家を志し始めてから初めて書いた作品です。

およそ、5年前の作品です。

やはり、最初の作品ということもあってかなり愛着があります。

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