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短編物語

好色不能男の女難

作者: 0


「――あ、あなたさまが噂の聖女レンマ様ですか?」


 数日前に辿り着いた村で、俺たちは朝から魔王城の聞き込みを行う。

 ”聖女”の名前は偽りではなく、旅の先々で何かと話題になる。


 今生の聖女レンマは、女神教で初の男の聖女であるのだから。


 こんな風に旅の先々でちやほやされるのは気持ちがいい。

 ――あぁなんて、快感。


 集まった村人たちへ、

「そうだ。俺たち聖女パーティーはいま、魔王城の情報を集めているところなんだ」

 聖女パーティーを代表して俺が口を開いた。


 そのすぐ後ろではパーティーの三人の仲間がつまらなそうに立っていた。


 聖女の名前を耳にすると、好奇心に負けた人々が集まってくる。

「ま、魔王城ですか? は、はい、それはもちろんこの村の民なら子どもでも知っていますよ」

「この村を出てしんばらく走った先に魔王のお城がありますだ」

「だけど、おっかない怪物たちがうじゃうじゃしていて、魔王城に挑んで帰ってきたものはいないんです」

「危ないよ聖女さま!」


 集まった村の人々の表情は浮かない。

 魔王城に挑むと聞いて心配の表情が浮かんでいた。


 それでも俺たちは魔王城に行かなければならない。

 魔王を倒すことが俺に与えられた使命。だが――


「魔導禁書、誰かこの名前に聞き覚えはないか?」

「まどーきんしょ?」


 少女が首を傾げた。

 他の大人たちも口々に話し合う。


 ――俺にとっては魔導禁書を手に入れることこそが俺の使命。


「あぁ。それを魔王から奪い返すことが俺たちの使命なんだ」


 俺は敬虔な女神教の教徒でもなければ、正義感に溢れた男でもない。

 俺は俺の欲望のために、魔導禁書が必要だった。


 ざわざわと話し合う村人だが、

「す、すみません……」


 誰もその名前に聞き覚えがないようだ。

 魔導禁書に限らず、魔導書自体が魔法に携わる者以外、馴染みのない代物。

 無理もない。


 俺は村人に感謝を述べるとその場を後にする。

「こればっかりは行ってみないとわからない、か……」


 これまで黙っていた二人の美女が俺に身を寄せた。

 二人の柔らかい肌に、心臓がどきんと胸を打つ。

 聖女として選ばれた役得である。


 俺より長身で女性にしては短めの金髪碧眼の美女、

「ふふ、レンマ。その前に私とイイとこ行かないか?」

 それに張り合うのは、低身長だがグラマラスな緑髪黄瞳の美女、

「レンマレンマ。わたしとイイことしよう」


 美女二人を侍らすのは実に気持ちがいい。

 ――あぁ、なんて、快、感。


「……だそうだ。話せよ。魔法バカ」

「……相変わらず手癖が悪いね。これだから教養のない盗賊(こそどろ)は」


  ――あぁ、なん、て、

「千切れる千切れるッ! ロキオン! デネブ! 離せ!」


 二人とも実力で聖女のともに選ばれた実力者。

 早い話が腕っぷしが強い――俺よりも。


「――だそうだが?」

「――お前に言ってるんだよ?」


 バチバチを火花を散らしていた。


 そこに加わるのは、

「ぐるるる……!」

 俺と同じ背丈の獣人の美少女。


「あっ! ばかスピカ、お前までくるな! はうす! おすわり! まてまて、うわあああああ!?」


 聖女レンマ、両肩脱臼および尾てい骨打撲。


「こんな聖女パーティーはあんまりだ!」


 悲鳴が昼下がりの村に木霊した。


 ◆


「さっきは悪いな、この陰気魔法使いが」

「さっきはごめんね、この脳筋盗賊が」


 外された両肩を入れ直し、治癒魔法で後遺症が治らないように治すと、物資の補給を済ませた俺たちは村を出た。

 こと俺に関しては、旅で出会う魔物や山賊なんかより、仲間であるはずの三人絡みで怪我を負う回数が圧倒的に多い。


 三頭の馬がパカパカと進む。


 スピカを抱え込むように抱いた俺の馬が少し前を歩き、ロキオンとデネブの馬が左右に分かれて続く。


「いい加減に仲良くしてくれ。これから魔王城だっていうのに」


 馬上で治療を終えた腕を回しながら、背後の二人に自重を促す。

 抱えるように座ったスピカは俺の胸の上で無防備に寝ていた。


 スピカはこうして黙っていれば、たいへん可愛らしい美少女だった。


 癖の強い黒と見まがう赤髪を、前髪を残してくくったパイナップルヘアー。

 大きな切れ長の深紅の瞳は黙っていれば理知的だが、口を開けば野生児のそれへと変わる。

 俺と肩を並べる身長は女性にしては長身の類。

 言葉すらまともに喋らない彼女だが、その容姿は美しかった。


 ロキオンが口を開く。

「女神教は聖女にわざわざ魔導禁書を盗ませてどうするんだ?」


 ロキオンはイケメン美女という言葉が何よりも似あう女性。


 うなじが見える長さの外跳ねした金髪。

 側頭部に垂れる編み込まれた一房の三つ編み。

 勝ち気で意思の強さが伺える大きな碧眼。

 平均身長の俺より高い背。それに女性にしてはハスキーな声。

 それでいて女性らしい胸部の膨らみも主張しているのだからもてないわけがない。

 事実、旅先では俺を差し置いて性別を問わずアプローチされていた。


 それに答えたのはデネブで、

「魔導禁書は読んで字のごとく禁書。それはそもそも使われることがあってはならないの。それは世の乱れを招く。だから、封印する――というのが建前」


 デネブは反対におっとりしたダウナー系の美女。


 腰まで伸ばした長さを首筋で緩くまとめらた深い緑髪。

 少したれた大きな黄色の瞳は庇護欲を駆り立てる。

 瞳の下の二つ連なった泣きほくろが色気を放っていた。

 女性の中では平均的な身長だが、聖女パーティーでは相対的に小さく見える背丈。

 それでいて、出るところは出てる色気のある体。

 異性からの人気という点では群を抜いていた。


「そんなとこだろうな、それでその本音(こころ)は?」

「政治よ。私たちは立派に魔王退治に協力しています! って言うね」


 ロキオンは眉を顰め、

「反吐が出るな」

「あら、珍しく意見が合うわね」

 デネブは肩を竦めた。


「お前ら仮にも聖女の前でよくもまぁズバズバと……」


 だが、その裏で俺には秘めた野望があった。

 誰にも知らせていない魔導禁書を使った野望が。


 それこそが信者でもない俺が”聖女”という外れ役を引き受けた理由。


「かわいそうにレンマ。男だてらに聖女へと任命されて、こんな犯罪者たちと魔王城へ向けて送り出されるなんて……」

「……てめぇもその犯罪者の一人だろうがボケ」


 よよよ、と泣き崩れる演技をするデネブにロキオンがツッコミを入れた。

 ほんとにどの口が言ってるんだ。


 彼女たちは皇都で牢に繋がれていた犯罪者。

 聖女を任命する女神教との司法取引で、表社会(シャバ)に出ることを許された札付きの悪。


「守銭奴のあなたと一緒にしないでくれる? 聖女と魔導禁書を無事に皇都へ届けた暁に貰える、釈放の権利の他に(すめらぎ)の名の下で貰える報酬。どうせあなたは金でしょう?」


 それこそが札付きの彼女たちを俺が従う唯一の理由。

 加えて、彼女たちの首に巻かれたチョーカーの魔具が脱走を防いでいた。


「金だ、と言いたいところだが――」

「あら、違うの?」

 デネブが目を丸くした。


 ロキオンの反応には少し驚いた。

 正直俺も、金だと思っていた。


 ”盗賊王”の名を欲しいままにしていた彼女は、パーティーの財布を管理していた。

 宿代ですら値切り倒す姿は、盗賊というよりむしろ熟練の主婦だった。

 一度そのことを本人へ揶揄(からか)ったら、無言でグーパンチが飛んできたのも懐かしい思い出だ。


 などと過去を思い出していたら、悪戯な笑みを浮かべたロキオンが馬を横に並べた。

「――レンマが欲しい」

 童話の王子様のような顔面から放たれる笑み。


 ロキオンとは反対側にデネブが馬を並べ、

「ダメよ。レンマはわたしのだから。ね?」

 (たお)やかににこっと微笑んだ。


 期待した視線が左右から注がれていた。


 俺は馬上で一つため息を吐くと、


「俺にも選ぶ権利はある」


 左右から飛んできた裏拳に、俺は意識を持っていかれそうになった。


 鼻血が出たが、今回は誰も治療してくれなかった。

 俺は渋々自分で治癒魔法をかけた。


 極上の美女である二人。

 しかし、一夜の関係ならいいが、残りの生涯を共にするには二人とも性格が尖り過ぎていた。

 

「そもそも魔導禁書を盗み出すなんて私ひとりで十分だ」

「そう? じゃあ、よろしくね。私はレンマと待っているから。ね、レンマ」

 回復したばかりの腕を取って甘えた声を出すデネブ。


 ロキオンは鼻を鳴らすと、

「あぁ、いいとも。役立たずのデネブには荷が重い話だからな。帰ってきたら結婚しような、レンマ」

「は? レンマと結婚するのはわたしよ?」


 再び火花を飛ばすのは盗賊であるロキオンと、魔法使いのデネブ。


 二人の殺気に腕の中のスピカが目を覚まして殺気立つ。

「ぐるるる……!」


 野生児の彼女は殺気や悪意には人一倍敏感。

 その特性を活かした斥候(スカウト)の役割が彼女の役割。

 それがこの場でも遺憾なく発揮されていた。


 馬が怯えたように左右によれる。


「二人とも、スピカが興奮するからもうそれぐらいで」


 はうす、と言いながら撫でまわすことで大人しくなる。

 話の通じない彼女の存在がある種の二人の喧嘩の枷になっていた。


 話が通じないということは、冗談が通じないということである。

 ここに来るまで、俺たちは身をもってそれを学んでいた。


 スピカは純粋な身体能力だけで言えば、パーティーで抜きんでていた。

 そんな彼女と好き好んで殴り合いをしたい者はいない。

 

 左右から馬上で器用に体を傾けた二人の体が再び俺に触れる。

「レンマはどうだ?」

「私たちに興奮しないの?」


 二人の手が俺の下半身を艶めかしく撫でる。

 心の弾道はビクンビクンである。


「……俺には聖女の役目がある」

 そう言って俺は、髪を逆立てるスピカを宥めすかす。


 だが、悲しいかな。

 体の弾道はシナンシナンであった。


 俺の下半身に伸びていた二人の手もそれを悟ったらしい。

「レンマはお固いな」

「えぇ、相変わらずレンマはお固いわ」


 俺の息子が硬かったらどれだけよかったか。

 フニャフニャもいいとこだ。


 それも魔法禁書を魔王城から盗み出すまでの辛抱だ。


 ――魔法禁書で俺の下半身にかけられた呪い(ふのう)を解いたら、お前ら覚悟しておけよ……!


 という表情を押し殺しながら、

「女神さまが見ている」

 決め顔を作ってそう天を指を差した。


 俺から男の尊厳を奪った女神が死ぬほど嫌いだが、こう言うと角が立たない。


「レンマは男で初めて”聖女”だもんな」

「他の男どもと違ってレンマは紳士的だから好き。でも、たまには、ね?」

「おい、私のレンマに気持ちが悪い色目を使うな陰気女」

「あら、色気がない女は黙ってて」


「ははは、はは……」


 女神に自尊心(おとこ)を奪われてから十年。ようやくだ。

 これこそが俺が男にも関わらず”聖女”の役目を背負って、魔王城へと向かっている原因。

 

 それは悪夢。


 十年前のあの日、

 《真実の愛に気がつくまで、あなたにソレは不要です》


 愛の女神とか言うふざけた存在に、俺の男としての機能は奪われた。

 俺は(よわい)十歳にして、一人の男として死んだ。


 精通を迎え、この世の春を謳歌しようとした矢先の出来事だった。


 その日以来、下半身にいいとされることはすべて試した。

 高額な怪しい薬も試したし、常食ではない魔物の肉だって食べた。


 ――でも、ダメだった。


 俺には時間があった。

 周りの奴らが恋愛や性欲に(うつつ)を抜かしている間も、

 俺は死に物狂いで勉強をした。体も鍛えた。


『レンマくん好きです! 付き合って下さい!』

 そう言う声も山のようにかけられた。


 だが、俺は付き合うわけにはいかなかった。

 俺の下半身(ヒミツ)を隠し通すために。


 学園を卒業後に、この呪いを解く手がかりを得るために、皇国内で最も魔法や呪いを専門的に扱う魔法管理局へと入った。


『レンマ。このあと一杯付き合わない?』


 学生時代と異なり、上司や取引先の誘いは無下に断ることはできなかった。

 それでも俺は(ヒミツ)を守り切った。


『あん、あ、あ、あ、あ、あ、あっ……』


 鍛えぬいた愛撫(マッサージ)で。

 学生時代に読み漁った文献で、愛撫が下半身にいいという情報を得た。

 俺は七年をかけて会得した。数多の犠牲者(モルモット)の犠牲の上に。


 そのおかげで、このスピカとかいう言葉が通じているのか怪しい少女を手懐けることができていた。


 世間の男は俺を羨んだ。

 

 成績、評価、名声を手に入れた俺を。


『同じ男として羨ましいよ』

 学生時代を共に過ごした級友たちは言った。


 世間の男を俺は羨んだ。


 友人、彼女、家族を手に入れた彼らを。


 本当に欲しいものは失われたままだった。

 同じ男として羨ましいのは俺の方だった。



 俺は不能だった。



 これは俺にとっては、俺が俺を取り戻すための旅だ。

 

 彼女たちはその踏み台。


 踏み台、のはずだったんだが、俺たちもここに来るまでに随分と打ち解けた。


 そう思っているのは俺だけじゃないはず、きっと……。

 スピカ(こいつ)は知らないが。


「――にしても、つくづく変なパーティーだよな。私たち」

 ロキオンの言葉に意識が引き戻された。


「ロキオンがね。わたしは違う。ね、レンマ?」

「う、うーん」


 ――はっきり言って同類だバカたれ。


 俺が嘆息していると、

「ん」

 腕の中のスピカが動いた。


 そのすぐ後に道の茂みからわらわらと人が出てくる。

「おい、にーちゃんねーちゃん、見せつけてくれるじゃねぇか?」


 背後を振り返ると、既に武器を手にした集団により囲まれていた。


 山賊か盗賊か。

 いずれにせよこの辺りのごろつきたちの集まりである。

 魔王城への供物を狙うある意味での勇者たちのようだ。


 牛刀を手に一歩前へと進み出て男に、

「痛いしたくなかったら大人しく――ぶべらぁッ!?」

 スピカの膝蹴りが突き刺さった。


「頭ッ――ふぎぃッ!?」

「な、なんだおま――おげッ!?」


 いつの間にか馬を降りたのか、ロキオンとデネブも飛び込んでいた。


 今代の聖女パーティーには三つ特徴がある。

 一つ、男の聖女が率いていること。

 二つ、犯罪者(レッド)パーティーであること。

 三つ、近接戦を好むこと。


 このことから”あべこべパーティー”とも言われているらしい。


 聖女パーティーという神聖な雰囲気を醸し出しながら、その実態は四人中三人が犯罪者。

 さらにはその三人の斥候、盗賊、魔法使いが正面切って殴り込む戦闘作法。

 そして、それを指揮するのが男の聖女。

 たしかに、あべこべもいいところである。


 ロキオンは”盗賊王”の理屈は簡単だ。

 捕まらない盗賊だから盗賊王。

 では、なぜ捕まえられなかったか。

 ――それは彼女が強すぎたからである。

「捕まりたくなかったら、捕まらなければいい」を体現した警察泣かせ。

 それが彼女だ。


 ”宣狂師”と呼ばれていたデネブ。

 魔法狂いの彼女は、その魔法への好奇心のあまり、禁術に手を出し、大罪人になった。

 一流の魔法使いである彼女であるが、

「近接攻撃の方が安定しているじゃないですか?」

 とかいう理由で強化した体で、敵へ突っ込むと至近距離で魔法をぶっ放していた。


 スピカはもう……ただの狂暴な野生児。

 突如として皇都に現れた彼女は、白昼堂々と暴れても彼女が昼寝をするまで、誰も捕まえられなかった麒麟児である。

 牙を剥きだしにした彼女の瞳孔は開いていた。


 三分もしないうちに、賊たちは壊滅状態である。

 逃げ出す者も現れたが、()ル気になった彼女たちは甘くない。


「おーい、あんまり遠くに行くなよー」


 俺はと言えば、俺たちの馬が逃げ出さないように手綱を握るばかりだ。


 視線の先では朝陽を浴びる魔王城がすぐそこまで見えていた。


 ◇


 侵入した魔王城の敷地。


 魔王の討伐は俺たちの使命じゃない。

 ただ、魔導禁書を盗み出せたらそれでいい。


 無駄な争いは俺の望むところではない。

 不能を直して残りの人生を謳歌するために、死ぬなんて本末転倒だ。



 物陰に隠れながら周囲を窺う。

 積み上げられた資材をつたって、二階の開け放たれた窓から侵入できそうである。

 

 渡りに船であった。

 ――たまには、女神を仕事するもんだな。


 そのためには牛の頭と足に蹄を持った牛頭魔人(ミノタウロス)たち。

 敷地内の彼らの存在が邪魔である。


「ロキオン、陽動を頼む。俺たちはその隙に大図書館を探そう」


 魔王城にあり、古今東西の魔法に関する蔵書が集められたと言われている大図書館。

 俺たちを送り出した女神教の見立てでは、魔導禁書は大図書館に安置されている可能性が高いという話だった。


「頼まれた。陰気女、レンマを守れよ」

「言われなくても」


 俺の視線に応えたロキオンが物陰から素早く飛び出すと、反対側へと駆けて行った。

 それを見た牛頭魔人たちが、ドシドシと鈍い音を響かせ追いかける。


 その隙に俺たちは、城の側面に積み上げられていた資材をつたって、二階を目指す。

 魔法で強化して飛び上がると、窓のひさしを掴み、勢いよく部屋の中へと飛び込んだ。


 とうッ! と窓から侵入した俺の先にいたのは、


 フシュー、フシュー、と鼻息の荒くした、牛の頭と蹄を持った怪物であった。


 城外にいた奴らよりもひと際大きく、その肌は赤みがかかっていた。


 ――とりあえず女神は死ね!


 ◆


 上位種であろう牛頭魔人とは激戦であった。

 俺に関しては、スピカが割り込こんでなかったら間違いなく死んでいた。


 身体能力お化けのスピカでも押され、最後に入ってきたデネブが助勢してやっと互角。


 俺にできることはと言うと、少し離れたところでダメージが期待できない中距離魔法を嫌がらせでチマチマと撃つぐらいである。

 援護しながらも、頼むこっちくんな、と願っていたのは秘密だ。


 二人が牛頭魔人を倒すと、城内がどこか慌ただしくなった。

 俺たちは入って来た窓から外を見ると、牛頭魔人たちが城から逃げ出していた。


 しばらく体を休めていると、

「よぉ、頭を倒したみたいだな。奴ら逃げて行ったぜ」

 ロキオンが部屋の入口から入って来た。

 

 図らずとも俺たちが倒した個体が群れのボスだったようだ。


 群れには二種類ある。

 ボスがやられた際に、次に強い奴がボスになり、徒党を組む群れと、

 群れ自体がなくなる群れである。

 特に独裁的なボスの群れは後者の傾向が強く、今回はそれに当てはまったようだ。


 それより俺が気になったのは、

「なんだよそのお宝は?」

「いいだろ? これは先に見つけた私のものだからな」


 その体にこれでもかと身に着けた財宝だ。

 どうやら一足先に王城を探索していたようだ。抜け目のない奴。


 それはそうとして――

「大図書館は?」

「あー……知らね」


 ――ぶん殴るぞ?


 目を泳がせるロキオンに、俺は大きくため息を吐いた。


 彼女の守銭奴は今に始まったことではない。

 だからこそ、”盗賊王”と呼ばれるようになったのだから。


 少し体を休めた後、気を取り直して城内を調べ始める。


 そして、とあることに気がついた。


 いや、薄々気がついてはいた。

 ただその事実に俺は愕然とした。


「ば、かな……」


 なんてことだ。


「図書館なんてないな」

「ここさ――」



 ――魔王城ちがいなんじゃない?



 俺たちはどうやら来るべきところを間違えていたようだ。


 どっと肩の力が抜けた。


「どうやらここは牛魔王城だったみたいだな」

「さっきのが牛魔王だったのか。道理で強かったわけだ」

「本を読みそうな顔はしてなかったしね」


 俺たちは魔王の勢力圏に明るくない。

 そのため、行く先々で情報を入手しているが、魔導禁書を知るものなどそうはいない。

 俺たちに与えられたのは魔王が持つ魔導禁書を奪取しろ、というもの。


 魔王の勢力圏に入り、今回の牛魔王のように魔王の亜種や、自称魔王の存在を初めて知ったときは、女神教の司教たちの尻を蹴り飛ばしたくなったものだ。


「また振り出しか……」


 俺はそう言って振り返った。


「だな」

「だね」

「ん」


 金の亡者に、魔法狂いに、野生児。

 

 まだ俺の女難の旅はもう少し続きそうである――。


 でもそれも案外悪くない、俺はそう笑った。


 彼女たちがいるのなら――。


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よろしくおねがいします。

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