魔法都市メフェリト ニ
「あそこからですね」
コンクリートのような石畳。
その上に直立する真っ白なビル。
『異世界』とは思えぬ光景の中で、ヨミヤは視線を下げ、隣を歩くハーディに小さく言葉を投げかける。
「………あそこね」
スーツやら、ワイシャツを着る市民の中で、ハーディは少し疲れたように息を吐いた。
ヨミヤはシュケリの居場所を『探知』した。
『探知』の結果、示された場所は、街の中央にそびえる『塔』だった。
それは、あまりに高い塔だった。壁よりも高いビルたち。それらよりも尚高い。
形も他の建物とは違っている。
三角錐の上に平たい円が乗ったような真っ白な塔。
それだけではない。
三角錐の周囲にはまるで『幕』のように、三角錐を囲む建造物があるのだ。―――よく見れば、三角錐と『幕』は細い通路でつながっている。
「………あの建物、知ってるんですか?」
ヨミヤは塔を意味ありげに見つめるハーディにそんなことを問う。
「………」
そして、ヨミヤの言葉にハーディは少し黙る。
しかし、しばらくして口を開く。
「アレは、『賢者の柱』。―――この街に最も貢献した研究者に、あの塔の研究施設を使う許可が下りる。研究者にとって最高の環境が用意されている場所」
「『賢者の柱』………」
人々は讃える。―――あの塔こそが賢者を支える『柱』だと。
故に『賢者の柱』。―――この街の住人にとって、あの塔は街の象徴であり、誇りなのだ。
「………なんでそんな所にシュケリさんが?」
「………わからないわ」
ハーディは『賢者の柱』の影に隠れる建物へ視線を移しながら、首を振った。
「でも、もしかしたら少し………いえ、かなり面倒なことになりそうね」
「………」
『メフェリト』に妙に詳しいハーディに視線を向けるヨミヤ。
「………ぶっ!?」
そんなヨミヤの視界を、飛んできた紙切れが覆った。
「くっそ………!?」
「締まらないわねぇ」
毒気を抜かれたようにつぶやくハーディをよそに、ヨミヤは慌てて紙切れを顔面からはぎ取った。
「………?」
紙切れの正体は、一枚の新聞だった。
見出しは、『魔法都市襲撃戦争から二十年。無益な戦争の犠牲者を悼む』というものだった。
「『魔法都市襲撃戦争』………」
気になる単語を口の中で転がすようにヨミヤはつぶやく。
「ほら、行きましょう」
しかし、ハーディに先を急かされたヨミヤは意識をそちらに向け―――
「あ………」
次の瞬間、新聞は紙切れのように再び風に攫われた。
※ ※ ※
『賢者の柱』一階ロビー。
「………どうしようか?」
ガラス張りのドアをくぐり、塔の中に入ったヨミヤとハーディは、最初、妙に薄暗いロビーを怪しんだ。
というのも、魔法都市を代表する研究者が集うと言われている塔のはずなのに、人の気配が全くしないのだ。
しかし、すぐに、守衛と思わしき制服に身を包んだ男達が現れ、二人は咄嗟に身を隠したのだ。
「………『ランスリーニ』でオレの泊まった宿の主人は『フォーラム』の構成員でした」
痛みだしたような錯覚を覚える腹部を手で押さえ、ヨミヤは自身の予想を語る。
「仮面集団はいいとしても、一般市民にまで構成員が居ると想定すれば、下手に接触するのは不味いかもしれません」
「そう。なら話は早いわね」
そういうと、ハーディは本を取りだし、小さな声で魔法を唱える。
「隠匿」
その瞬間、二人の姿がほんの少し透過する。
「これは………」
「認識阻害の魔法。私達の存在を認識しずらくなる。姿はもちろんのこと、私たちが立てる音も認識できないわ」
「………ほんと、いろんな魔法が使えますね」
「魔法の研究が趣味なだけよ」
ハーディは自虐的にそう告げると、『コッチよ』とヨミヤを先導し始めた。
「ごめんねぇ、昇降機はさっきの守衛がいるからさぁ」
「どれだけ登ればいいかわかりませんけど………見つかるよりはいいですよ」
それから二人は上に向かう非常階段を上り始めた。
「………」
「………」
沈黙が二人を支配する。
………五階ほど登った頃だろうか。
「………詳しんですね」
不意に、ヨミヤが口を開く。
「………何がかしら?」
「この街についてです」
「………そうねぇ」
先導するハーディの背中から聞こえる声はどこか悲哀を秘めていた。
「………『どうして』なんて聞くのは不躾ですかね」
「………いーえ。今の私たちに必要なのは信頼関係。―――ヨミヤ君には聞く権利があるわ」
「………」
「………聞かないの?」
「………はい。ハーディさんには恩があります。―――あなたが言いたくないことを言わせたくない」
「………バカねぇ」
「はい、お勉強はできる方ではありませんでした」
「………ふふっ」
ヨミヤの言葉に微笑むハーディは、
「私、この街の研究者だったの」
おもむろに、自身のことについて語りだした。
「………」
『言わなくてもいいのに』という喉まで出た言葉を無理やり押さえつけ、ヨミヤは彼女の言葉に耳を傾ける。
「手紙の送り主はイアソン・スライ。―――私の教え子」
一つ一つ噛みしめるように言葉を紡ぐハーディ。
「私はイアソンと一緒にこの街で『魔工具』の開発を進めていたの」
「『魔工具』………!?」
ヨミヤは自身の右腕に装着された義手―――『魔工義手』へ視線を落とした。
「そうね。ヨミヤ君の腕についてるのも『魔工具』―――その腕にアタシは一切関わってないけどね」
「いや………でも、『魔工具』の技術のおかげでオレは何度も救われてるよ………」
日常生活でも勿論義手を大いに活用している。―――しかし、今、ヨミヤの脳裏を駆け巡るのは激闘の数々。
特に、勇者との戦いでは、この腕による一撃が決定打になった。
「ふふっ、感謝は私じゃなく、開発者になさいな」
『話が逸れたわね』とハーディは言葉を続ける。
「でもね、ある時―――アタシ、失敗しちゃったの」
「………失敗?」
再びハーディの声色が低くなる。
「とある『魔工具』の開発を止めようとして………『魔法都市の発展の妨げになる』って街を追い出されちゃった」
「それって………追放………」
「………」
無言で頷くハーディ。
「でも………ハーディさんは『魔工具』の開発をしたんじゃ………」
「そうね。実際に、私とイアソンは『魔工具』の開発を成功させた。………でもね、どんな発明をしても、『未来の発明』を妨げるの人間は、『発展』にとって邪魔にしかならないの」
「そんな………理不尽すぎる………」
その時だった。
二人が九階に差し掛かったあたりで、『カツン』と足音が非常階段に響いた。
「………!?」
「………!」
咄嗟に身を低くして、周囲を見渡すヨミヤとハーディ。
カツンカツンと響く音は、どうやら上階―――十階から聞こえているようだった。
「誰かいるのかね」
足音が目の前まで迫り、二人は息を殺す。
「………」
「………」
現れたのは白髪交じりの短い黒髪の男性だった。
ここの塔の研究者なのだろう。白衣を着ている。
「………誰かの話し声が聞こえたような気がしたが」
中年と表現するには少し年のいった男性。―――その男は頭を掻きながら来た道を戻ろうとして、
不意にハーディと目があった。
「………」
その瞬間、男の動きが止まり―――
「貴女は………!?」
男がハーディを認識した。
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