事件を追うもの ゴ
「あとは騎士団に任せてもらって大丈夫です。サバネ殿はタイガ殿達を合流を」
帝都から大勢の騎士を転移させた茶羽は、連れてきた騎士の部隊長にそう言われ、タイガ達と合流した。
「大丈夫か茶羽?」
「う、うん………ちょっと大勢運んで………魔力を使いすぎただけ………」
エイグリッヒ印の霊薬(エイグリッヒの残したレシピを元に茶羽が作ったもの)を飲みながら、茶羽はぐったりと加藤におんぶされていた。
現在、タイガ達は湖のほとりを探索していた。
というのも、宿屋の騒ぎから、虐殺事件までの出来事が繋がっていると仮定した一行は、宿屋を調べた。
しかし目ぼしい手がかりがないことを悟った一行は、湖を直接調べることにしたのだ。
「ストップ」
歩を進める一行は、タイガの言葉に立ち止まる。
「加藤。茶羽を下すんだ。―――アサヒは茶羽を頼む」
「了解」「わかった」
タイガの視線の先に見えるものに気づいたアサヒと加藤は、彼の言葉に素直に従う。
臨戦態勢に移るタイガの視界の先には―――
「あれは………『ウーズ』?」
流動体のような、『動く液体』のような何かが居た。
「『ウーズ』………? 茶羽、知ってんのか?」
「うん―――魔獣の一種で、魔力を多分に含んだ汚水から生まれる魔獣。私達の認識で分かりやすく表現するなら………『スライム』だね」
アサヒに肩を支えられている茶羽は、帝宮の図書館で見た情報を戦闘に生かしてもらうため言葉を紡ぐ。
「私が見た情報とは少し色合いが違うけど………理由はわかる」
今もゆっくりと動いている『ウーズ』の色は赤。―――茶羽は近くの赤く染まった湖に目をやりながら言葉を続ける。
「『ウーズ』は餌を体液で溶かすか、丸呑みして捕食するから気を付けて。それと、『ウーズ』は液体の中心にコアがあるはず。それを壊すか取り出すかすれば倒せるハズ!」
「わかった。―――休んでろ」
鉄の手甲を打ち鳴らし、構えを取るタイガ。
加藤も鉄の脚甲を装着した足を踏みしめ、いつでも走り出せるよう構える。
「「「「!?」」」」
―――その時だった。
『ウーズ』は突如としてその形を変え―――やがて、人間の形をとった。
体皮は変わらず赤。しかし、その内側は半透明で、中で血のような赤い液体が流れているのが見て取れる。
そして、なにより目を引くのが、顔の位置にある、下半分がない仮面だ。
「………スライムって変身したっけ?」
「さぁな。ゲームだと雑魚だが………」
『ウーズ』のまとう雰囲気が一変したのを感じ取り、下手に動くことのできないタイガと加藤。
「二人とも気を付けて! その『ウーズ』、何かおかしい!!」
茶羽の叫びの直後、『ウーズ』はその腕の形を変形させ―――
「―――ッ!!」
目にも止まらない速さでタイガに肉薄した『ウーズ』は、巨大な刃と化した腕で彼の首を狙う。
「………くっ!?」
上半身だけを全力で後ろに倒し、紙一重で刃を回避するタイガ。―――彼はそのまま地面に手をつき、バク転で『ウーズ』から距離を取る。
「タイガ君!」
「平気だ加藤!」
すぐに『ウーズ』を視界に捉えながら、タイガは叫ぶ。
「俺が正面からやる! 加藤、サイドからぶっ叩けッ!!」
「―――わかった!!」
先ほどの『ウーズ』の動きに、加藤は迷いを見せるが、すぐに大きく声を返した。
「いくぞ!」
タイガと加藤は同時に動き出す。
タイガは真正面から『ウーズ』に向かう。
『ウーズ』もタイガを向かい打つため、腕の刃を勢いよく横なぎする。
「動きがデカすぎだ!」
タイガはその一撃を手甲で受け止め―――手甲と刃を擦過させながら『ウーズ』の懐に飛び込んだ。
「オラァッ!!」
刃を受け止めた左腕とは反対の腕で『ウーズ』の腹へ一撃。
赤い体皮は、結晶化しており、想定以上に硬度があったが………タイガには関係ない。
「まだまだァ!!」
そこから左右の拳でのコンビネーションの連撃。
しかし、『ウーズ』はそれでも動く。―――ゆっくりと刃を持ち上げ、
「させるかッ!!」
刹那、加藤の蹴りが刃へ炸裂し、巨大な刃を粉々に砕いた。
「これでも―――っ!」
加藤はそこから地面を蹴り、跳躍。
「喰らえッ!!」
空中で身を捻った加藤は、上から全体重を乗せたつま先を『ウーズ』の顔面に落とした。
あまりの威力に、『ウーズ』の顔面は爆発したように粉々になり、仮面が弾かれるように大地に転がった。
※ ※ ※
「まさか今の『ウーズ』が犯人?」
タイガと加藤にケガがないかを調べながら、アサヒはたった今退治した『ウーズ』のことを全員に問いかけた。
「いや、あの程度の速さで千人以上の人間を殺すことは出来ねぇだろ………アレは犯人じゃない」
言葉を返すのはタイガ。彼は右腕の手甲だけ外し、腰に吊るしながら自分の疑問も口にした。
「けど、今のヤツが変身したのは気になった。―――何か事件と関係あるんじゃないのか?」
「だね。俺もそう思った。―――『ウーズ』って普通は変身しないんだよね?」
加藤はタイガに同意しながら、地面に足を広げて座り込む。
「うん、少なくとも、私が見た本にはそんなことは書いてなかった」
茶羽は、加藤の言葉に頷きながら、魔力の回復した身体で、『ウーズ』が最初に居た地面を観察し始めた。
「じゃあ、疑問が増えただけで何も問題は解決してないワケね」
戦闘した二人にケガがないことを確認すると、アサヒは立ち上がり、気だるげに背を伸ばした。
そこでふと―――
「セーカ、何してんの?」
アサヒは何かを調べていることに気が付き、彼女をのぞき込む。
「いや………さっきの『ウーズ』、この仮面をコアにしていたから、なんでだろって思って」
普通の『ウーズ』は魔力が深く浸透した自然物をコアにすることが多い。そして、そのコアを取り除かない限りは無限に再生してくる。
しかし、今の『ウーズ』は仮面が剥がれると、再生することなく沈黙した。
故に、仮面がコアとなって『ウーズ』を形成していたことが考えられる。
「………………」
考え込む茶羽。
タイガも、加藤も、何か茶羽の考えが聞けるのかと、自然に彼女を囲むように輪が形成されていた。
「………えっ!?」
そして、不意に我に返った茶羽は、自分が囲まれていることに気が付き、一人で慌てていた。
三人はそんな茶羽の反応に笑うと、少し距離を取り彼女を解放してあげる。
「それで? 何かわかったセーカ?」
アサヒが微笑みながら茶羽に問いかけると、彼女は少し目を伏せながら小さく頷いた。
「分かったっていうか………ただの憶測になるんだけど」
そう前置きして、茶羽は声を出す。
「みんなは『魔剣』って知ってる?」
「「「魔剣?」」」
突然の単語に首をかしげる三人。
茶羽はまずは単語の説明から始める。
「魔剣はね、能力が武具に染み付いたものを差す言葉」
端的に述べる茶羽は、続いて解説を挟む。
「能力の仕組みはあまり解明されてはいないのだけど、最も有力な説は、人間の中にある『魔力の塊』じゃないかと言われてるの」
茶羽は、タイガの手甲へ視線を送る。
「魔力の塊である能力に長期間晒されて、武具にその魔力が染み付く。そうしてできるのが魔剣なの。―――だから、魔剣は長期間使った人間の能力が使える武具」
そこまで話して、茶羽は話を元に戻す。
「でね、この仮面には、ソレに似た感じで強い魔力を感じるの。―――それが『人間の血』である湖の水と結合して生まれたのが今の『ウーズ』。………多分、ここまでの予想は合ってると思うの」
少し息を吐く茶羽は、やがて言葉を紡ぐ。
「―――ここから先は、本当に確証のない話」
そう前提を置いて、彼女はゆっくりと語り出す。
「能力はね、本人の記憶や体験なんかから形成される能力。それが染み付いた道具をコアとして『ウーズ』が形成されたなら―――その人と似た形態を『ウーズ』がとっても不思議じゃないと………私は思う」
「………なるほど、流体のような魔獣だからこそできる『擬態』みたいなもの」
茶羽のいうことに素直に納得するアサヒ。タイガも、彼女の話に頷きながら何かを考えている。
ちなみに加藤はあまり話を理解できていないような顔をしていた。
「………けどよ、そうだとしたら仮面の持ち主はどこ行ったんだ?」
茶羽の推測に納得していたタイガは、そんな疑問を呈する。
「そうだね。―――だから、今の話を事実と仮定すると」
茶羽はその辺の棒で地面へ文字を書く。
「騎士団の話からするに、『仮面の人物』は『魔法を使う』誰かと戦っていた」
『仮面の人物』の犯行後の動向は大きく分けて二つ。
一つは逃亡。
一つは死亡。
「戦いの結果がどうあれ、結局はどちらかになると思う。―――仮に死亡していた場合はこの近辺のどこかに遺体があると思う。厄介なのは『逃亡』していた場合」
「だよな。―――俺らは警察じゃないし、仮面だけじゃ追っかけられなくねぇか?」
唯一の手掛かりが役に立たないと嘆くタイガだが、茶羽はそこでニヤリと笑った。
「大丈夫。―――この仮面、『追跡』の魔法が掛かってる」
「追跡の魔法? でもそれって術者本人が追えるだけであって、それだけじゃ意味なくない?」
少しだけ魔法の勉強もしていたアサヒは、魔法の概要を思い出しながら茶羽にそんなことを言うが………
「そうだね。でも、多分………逆探知できる」
「………へっ?」
仮面を持ったまま、腰に差した魔導書を抜き、ページを開く。
そこには紙の隅から隅までびっしりと書かれた『ルーン文字』があった。
「まずは付与されたものを浮き彫りにして、探知した形跡を探して………形跡を辿って相手の位置を割り出すために―――」
ブツブツと何かを呟きながら、茶羽はルーン文字の中から抽出するものを選定し―――
「『形跡辿移』」
魔法名を唱えた瞬間、仮面から、白く細い煙のようなものが立ち上がり、不自然な方向に折れ曲がった。
「出た! 距離が遠すぎて正確な位置は出せなかったけど………この煙の先に追跡の魔法をかけたやつがいる!」
「………なんでもアリね」
なまじ魔法の知識があるだけに、茶羽の才能に脱帽するアサヒ。
逆に魔法に詳しくないタイガは、不敵に笑みを浮かべた。
「なるほど、この先に居る奴が持ち主じゃなかったとしても、関係者の可能性は高いな」
「そうゆうことだね」
「じゃあ、旅の支度をして―――その煙の先に行きましょう」
こうして、いつの間にか寝ていた加藤を起こして一行は一度『ランスリーニ』に戻った。
閲覧いただきありがとうございます。
三連休が終わったことに絶望しながら仕事してきました。