事件を追うもの ヨン
「なに………これ………」
アサヒはメインストリートに沿って生存者を探し続けた。
しかし、誰一人として生きている者はおらず、時折家の窓から見える住民の顔は恐怖で歪んでおり、アサヒを視認すると、慌てて家の中に引っ込んでいく。
尋常ではない事が起きたことは漠然と理解しつつ、湖の見える高台までやってきたアサヒは、目の前に広がる景色が信じ切れず、一人絶句した。
「赤い………湖………」
そう、まるで人血のように真っ赤な水が巨大な湖を覆いつくしていたのだ。
「………まさか」
アサヒは嫌な想像が頭の中に浮かんだ。
「血の抜かれた遺体………赤い………水………」
脳裏に過った仮説が、自分の妄想であることを必死に祈りながらアサヒは首を横に振った。
「騎士………さまではありませんな」
そんな時、中年の男性がアサヒに声をかけてきた。
「こんな時期に来てしまうなんて、運がないですな」
「………あなたは?」
「これは失礼―――『バンリニ商会』をやっておりますバンリニです」
「商会………商人さんですね」
「小さな商会ですがね」
きっと、アサヒを街の外から来た観光客か何かだと思っているのだろう。男性はアサヒの隣までくると、悲しそうに湖を見つめた。
「………一体なにがあったんですか?」
「昨晩、何者かが暴れ………次々と街の人間を襲ったそうです。私の商会は西門近くの、中心地とは離れた所にあったので、被害はなかったのですが………」
「………」
男性の話す内容は、フェリアから聞いた通り。アサヒは『情報に間違いはなかった』と冷静に分析しながらも、男性の言葉を静かに聞く。
「店で大人しくしていたので私に被害はなかったものの………見たんですよ」
「………みた?」
「ええ。―――あれはおそらく生き残った住民みんなが見たはずです」
「何をです?」
男性は昨晩の光景でも思い出したのだろうか。少し顔を引きつらせながら言葉を続けた。
「巨大な『血の塔』………ですよ」
※ ※ ※
「騎士団は、今回の事件で人員が減ったうえ、住民の遺体の回収に、街の修繕、生き残った住民への対応でてんやわんやだった」
「今回の事件での人的被害が酷いらしくて………野次馬に来ていた住民およそ七〇〇名、止めに入った騎士一五〇名、屋内にいた近隣住人四〇〇名………ざっと一二五〇名の被害者が出たらしいよ」
「そんな被害が………」
「惨い話だな………だが、被害の大きさの割に犯人は一人だ。―――相当殺し慣れてるな」
「だね。話によると犯行に要した時間はほんの数十分。―――一人でやったなら尋常じゃない速さだよ」
湖を見渡せる高台にて、タイガと加藤と合流したアサヒは三人で状況を整理していた。
「今、茶羽がザバルさんに連絡を取ってる。状況の報告と………応援の要請だな。話が進めば、そのまま茶羽が転移で人員を連れて来てくれる」
「そう………セーカ、大活躍ね」
「だな」
忙しい中、事件の調査に来たタイガ達に騎士は事件のことを教えてくれたそうだ。
「事件の直前、商業区の裏路地にある宿屋で騒ぎがあったらしい。目撃証言によると、宿から人間の男と―――魔族の男が宿から西門方面に逃げたって」
加藤が岸から聞いた話をアサヒに伝える。
「魔族と人間が………? 確か、この世界の人達って魔族を………」
「あぁ。『差別』って呼べるレベルで毛嫌いしている」
普段、騎士と行動を共にすることが多いタイガは、アサヒの言葉を肯定した。
「………この目撃証言には続きがあってね、男たちが逃げた数分後に、宿の外壁が内側から壊されて、中から人が飛び出したらしい」
宿から飛び出した影は二つ。
一つは『魔法』と思わしき突風で吹き飛ばされた影。
もう一つは、西門に向けて飛び出した影。
「風の魔法………」
「まぁ、魔法ってのは、話してくれた騎士の予想で、目撃者からは、『ものすごい風で人が飛んでった!』みたいな抽象的なものだったらしいけどね」
「それよりも気になるのは、後から飛び出した方だな。西門っていうと………」
「うん、宿から逃げた魔族と人間のペアが逃げた先だね」
そう、状況だけ見るに、後から飛び出した影は、先に逃げた男たちを追ってるように見えるのだ。
「………それで、その事件が―――この虐殺とどう関係があるの?」
「いや、事件の直前に起きた騒ぎってだけさ。―――それにまだ続きがあるんだよ」
騎士の話では、
宿屋での騒ぎが起こった数十分後に、湖の上で何者かが『魔法』を使っている様子が確認されたという。
「その魔法が確認されたあと、ボロボロになった仮面の男が、野次馬をしに来ていた住民を虐殺し始めたらしい。生き残った騎士が、パニックになりながら教えてくれたみたい」
「「………」」
商人・バンリニが教えてくれた『血の塔』。
おそらく襲撃者の『魔法』か『能力』で集められた『血』の集合体。―――その予測も含めてアサヒは二人に話してある。
「まぁ、宿屋での騒ぎ、湖上での魔法、虐殺事件………多分繋がってるだろうな」
「………仮説として考えるのはアリだね」
タイガと加藤が事件の関連性を主張する中、アサヒは気になることを加藤に問いかけた。
「ねぇ加藤君、湖上で見えた魔法って………」
「ん? なんか夜だったからあんまり見えなかったらしいけど、光線っぽい魔法はハッキリ見えたって教えてくれたよ」
「そう………」
―――風の魔法、光線………レーザー………
アサヒの脳裏には、一人の少年が浮かんでいた。
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