事件を追うもの ニ
「リーディス殿」
会議の後、静まり返った会議室でザバルは、一人、目を瞑り座り込むリーディスに声をかけた。
「何でしょうかザバル殿」
ゆっくりと目を開き、前方を見つめるリーディス。その瞳はザバルを見てすらいない。
「先ほどの発言の意図は何でしょうか。―――もしあの場でセンマ・ヨミヤのことが露見すれば、勇者達はおろか、陛下にまで疑念の目を向けられることになるのですよ」
語気を強めるザバル。
しかし、リーディスはそんなザバルに、相変わらず視線を向けぬまま言葉を紡ぐ。
「別に、陛下に反感を抱いているわけではありません。―――あの場で勇者達がボロを出してもフォローする気ではいました」
「………なら何故」
「私はね」
言葉を区切り、リーディスはザバルを見ることもせず立ち上がり―――彼に背を向けた。
「彼ら彼女らに苛立ちを覚えているだけですよ」
「………そんな理由で」
「『子どもじみた理由』だと思うでしょう。―――しかし、『自分達を嫌っている人間がいる』ことは知っておくべきだと考えたまでです」
そういうと、リーディスはその落ちくぼんだ目を少しだけザバルへと向けた。
「いつまでもお客様気分で居られては困ります。―――帝国のため、少しでも考えた発言をしてもらわねば」
「………」
「先ほどの発言していた彼女。―――表面上は騎士団への捜査方針への意見でしたが………その真意は想い人へ懸想する世間知らずの子どもそのもの」
「………あの子らを勝手に呼び出したのは我々。その世間知らずの少女に要らぬ重荷を背負わせてしまっているのは我らなのですよ」
ギュッと拳を握りこみ、ザバルはまるで人外のような瞳のリーディスを睨み返す。
しかし、リーディスは怯む様子もなく淡々と言葉を続けた。
「その言葉が事実だとしても………私は彼ら彼女らには帝国のためになるような発言・行動を求めますよ。―――それがいかに理不尽なことだとしてもね」
リーディスはそう告げると、ザバルに背を向け、会議室からゆっくりと立ち去った。
「………」
ザバルは暗くなった会議室で、己の手をじっと見つめた。
思い出すのは、最後まで敵わなかった前筆頭のエイグリッヒの顔だった。―――勇者を『ただの子ども』だと接し、守ろうとした師の顔だった。
※ ※ ※
会議から数日後。
「お前たちに、陛下から指令が下った」
ザバルの執務室。
まだ少し、整理のついていない執務室。部屋の中央の机に座るザバルは、横一列に並ぶヒカリ達を見つめた。
「北にある『ランスリーニ』の騎士団支部より昨夜緊急伝令が入った」
ザバルの言葉を引き継ぐように、今度は、ザバルの後ろに控えるフェリアが、手元の資料を見ながら話を続けた。
「何者かが街の中で暴れ、街の住人や鎮圧に入った騎士を次々殺害し逃亡したそうです。貴方がたには、解析した転移の魔法で、先んじて現場に行き―――調査、および犯人の追跡をお願いしたいです」
「私たちに指令ってことは………殺人犯は魔族の可能性が?」
茶羽がフェリアに疑問を投げかけると、彼女はゆっくりと首を振った。
「『可能性がある』というだけの話です。―――なにせ、伝令を入れた騎士もパニックになっていてまともに会話ができない状況なの」
「騎士の様子から、尋常ではない被害が想定される。―――そして、そんな真似事をできるのは、犯人が魔族である可能性がある。陛下はそう判断してお前たちに指令を下した」
ザバルとフェリアが簡潔に状況を伝えると、ヒカリは大きく頷いた。
「分かりました。―――準備が出来次第、すぐに出発を」
「待て」
しかし、そんなヒカリへザバルは声をかけた。
「ヒカリ、お前は別件で、他のことに当たってもらう」
「………は?」
ザバルの言葉に、ヒカリは耳を疑う。
「………なんで、俺だけ別行動なんですか」
不満そうなヒカリの言葉に、ザバルは少しだけ息を吐き………答えた。
「………その答えは、自分のしたことをよく考えれば分かるぞ」
「………!」
ザバルの言葉に、ヒカリは周囲の人間の表情を見た。
タイガは、しかめっ面でザバルを見つめていて、茶羽は心配そうな顔でみんなの顔を見ていた。
しかし、加藤は怪訝な顔でヒカリに視線を送っていて………―――アサヒは冷たい瞳でヒカリのことを見つめていた。
「………そうゆうことだ」
「………はい」
罪を償う、信用を取り戻す。―――それらの重さ、難しさを突き付けられたヒカリはザバルの言葉に静かに従った。
「まぁ、だが別件ってのも、実際厄介な案件でな」
空気を入れ替えるように、ザバルは言葉を紡ぎ、フェリアへ詳細を伝えるように合図した。
「帝都から北西にある『ムスカリ』という農業都市で魔族の動きがみられました。―――『ムスカリ』は国内でも屈指の食糧生産都市です。帝国の『食糧生産の要』といっても差し支えありません」
「奴らはそこを叩いて、人間どもを兵糧攻めする気らしい。―――魔族も働き者で困っちまう」
「ヒカリさんにはザバルさんや私と共に『ムスカリ』へと向かい、魔族の動向調査、および殲滅に協力してもらいます」
「………」
ヒカリは無言でゆっくりと、大きく頷いた。
「魔族にとっても重要な作戦のはずだ。第一階級が出てくる可能性もある。―――頼りにしてるぞヒカリ」
「………はい」
出発時間や、細かな指示をザバルとフェリアが伝えると、その場は解散となった。
「………」
ヒカリも、タイガ達が指示を受けたあと、部屋に残るよう告げられ、そこで個別の指示を受けた。
その後、ザバルの執務室を出たヒカリは、廊下で壁に寄り掛かるタイガと、彼と話をしている茶羽を見つけた。
「おっ、来たな」
「………どうしたんだ?」
「剣崎君に渡したい物があるから二人で待ってたの」
「渡したい物………?」
首をかしげるヒカリに、茶羽は近寄り、あるものを手渡した。
それは、水晶を平たく加工した物―――平水晶と、手のひらに収まる程度の革袋だった。
革袋の中には小さいクリスタルが収められており、平水晶には『図形表現法』で、クリスタルには『ルーン表現法』で術式が刻まれていた。
「これは?」
「それはどっちも魔廻石を加工した物で、クリスタル型の方には『通信』、平たいほうには『転移』の術式が込めてあるの」
「転移の魔法を………?」
茶羽の言葉にさらに首をかしげるヒカリ。そんな彼を見かねて、茶羽はさらに解説を重ねた。
「転移の魔法、それを改良したの。―――正確に発動できれば、この魔廻石を持ってる人の所へ転移ができるよ」
茶羽の言葉に、ヒカリは絶句する。
『転移』の魔法は、エイグリッヒが二十年ほど前に考案した魔法だ。
しかし、現代にいたるまで転移の魔法を使える魔法使いは非常に少ない。―――理由は三つ。
一つは、帝国が『転移』の魔法を帝宮の魔法使い以外に公にしていないこと。
一つは、そもそも、術式が複雑で構築から解釈までが難しい点。
一つは、誰も『転移する』という明確なイメージが出来ないことだ。
それを先日、解析して茶羽は使えるようになってしまったのだ。―――今回の指令も、茶羽が『転移』の魔法を使えるため下されたようなものだ。
そして、エイグリッヒが発案した転移は、『登録した地点に飛ぶ』というもの。
目の前の少女は、この世界に来て一か月足らずで、エイグリッヒの魔法を改良してしまったのだ。
「す、すごいな………」
「すごくなんかないよ。―――ただ、私は目の前のことに全力で取り組んでるだけ」
謙遜する茶羽は、『それに』と言葉を続ける。
「これ作ったのも、そもそもタイガ君から頼まれたからだしね」
「タイガが?」
「あぁ。―――今度は、お前がヤバくなった時にオレが助けに入れるようにな」
『帝都前決戦』での転移干渉から始まった悲劇。―――今度、そんなことが起こっても乗り越えるための手段。
「………ありがとう。―――これがあれば、俺も………みんなを助けられる」
親友の言葉を噛みしめ、ヒカリも自身のやるべきことを言葉にする。
「術式の解釈や、イメージの仕方、細かい説明とか色々あるから、タイガ君も併せて、少し練習しようか」
茶羽の提案で、三人は帝宮の中庭で転移の練習をするのだった。
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