事件を追う者 イチ
帝宮・会議室。
半円状の部屋で、一番奥の台座から、外側に向けて、一段ずつ高くなっているのが特徴的な部屋だ。現代人がこの部屋を見れば、大学の講義室などを思いうかべる人間も少なくないはずだ。
現在、この部屋には帝宮魔導士団、帝国近衛騎士団、有力な帝王の側近貴族―――それと、異世界の勇者として、ヒカリを除いた勇者一行も座っていた。
会議室で行うことは一つ。
「では、次の報告」
二週間以上前になる『帝都前決戦』を皮切りに、活発化する魔族の動きの報告会と対策の共有のため、こうして会議を開いていた。
「なぁ、寝ていいか?」
「学校じゃないんだよ?」
あくびをかくタイガは、目をこすりながら右隣の茶羽に寝る許可を伺うが、あっけなく拒否されてめんどくさそうに報告のために声を張る騎士に目をやる。
ちなみに、加藤はタイガの隣の隣で、何度も睡魔に首を折りながら、頑張って話を聞いていた。
「………」
タイガの左隣では、目の下に隈を刻むアサヒが座っている。
『帝都前決戦』で負傷した兵士のほとんどが復帰し、回復魔法が使える人間としての仕事が落ち着くと、アサヒは突如として剣を握り、鍛錬を始めた。
ほとんど寝ずの鍛錬。わずかな休息中には回復魔法を行使し、体力の回復と共に魔法の訓練も行っている。
最近では、その『異常』とまで呼べる頑張りを見た帝国近衛騎士団副長に剣の指導をしてもらっているほどだ。
幸い、ヒカリと話をした日から、少しは鍛錬の密度も減った。―――彼女の心境の変化など、タイガたちには理解する術もないが………それでも、タイガにも、茶羽にも、加藤にもわかることがある。
訓練の密度が減ったとしても、このまま身体を酷使し続ければ、そのうちに良くない影響が出始める。
そのため、少しでも身体を休めてほしくて、茶羽が『会議に呼ばれている』とわざわざ嘘をついてこの会議に連れてきたのだ(会議にはヒカリ以外の勇者誰か一人が参加すればよかった)。
「一週間ほど前、『フレースヴェルグ』が魔族に襲撃されました。魔族は民衆には一切目もくれず、統治貴族であるボウジェン・リアスリーニ様の屋敷を襲撃。帝宮魔導士筆頭補佐フェリア様の部隊の到着により、何とか制圧されました」
前方の台座に上った騎士が報告を上げる。
「しかし、捕らえた魔族はその場で自害。魔族の目的が不明のまま事件は終息しました」
『自害』というワードに、にわかに会議室がざわつく。
それもそうだ。魔族といえど意志をもつ生き物。今まで捕まることを恐れて自殺する魔族など見たことがないのだから。
そんな会議室のざわつきを受けながら、騎士は続けて報告する。
「しかし、ボウジェン様の証言により、事件後、帝都に護送予定だった『勇者襲撃事件』の犯人が脱獄。屋敷のメイド二名を誘拐し逃走とのこと」
「「「「!!!!」」」」
その報告に、アサヒ、タイガ、茶羽、加藤が硬直した。
「この事実から、魔族はこの犯人との接触が目的だったと騎士団では予想しています」
『勇者襲撃事件』。ヨミヤがヒカリを襲った事件のことだ。
死者が出なかったとはいえ、たった一人の犯行でありながら帝都に甚大な被害をもたらした犯人が裏で手を引いてる可能性が出てくると、会議室は先ほどにもましてざわつき始めた。
「魔王とまで噂された犯人が………」
「これでは、犯人を捕まえたとてまた同じように襲撃されるのでは」
「いや、そもそもこの犯人は何者なのだ」
ちなみに、ヨミヤの存在は、フェリアやザバル、帝王グラディウス、召喚直後から勇者たちと訓練を行った騎士、側近貴族の数名しかしらない。
ヨミヤの指名手配が決定したその日、タイガ、茶羽、加藤が全員で帝王へ指名手配の撤回を打診した。結果、撤回は出来なかったが、ヨミヤの存在の隠匿と、手配書へ名前と人相の記載をしないと約束を取り付けたのだ。
これは、実質、帝国がヨミヤの逮捕を諦めたのと同義だった。しかし―――
「捕まってた上に………誘拐っ………」
タイガは頭を抱えた。
「何がどうなってそんなことになるんだ千間………」
「ど、どうしよう………」
思わぬ人物の存在が浮上したことで、タイガ、茶羽、加藤へ動揺が走る。
「大丈夫」
そんな三人を一言で諫めたのはアサヒだった。
「きっと何か理由があって逃げたんだよ。………魔族と繋がってることはないだろうし、―――ましてや誘拐なんて絶対にしない」
「真道………」
意外と冷静なアサヒに驚く三人。
そんな三人を差し置いて、アサヒは手を挙げた。
「少し………よろしいでしょうか」
会議室の全員がアサヒへ視線を向ける。
『異世界の勇者が発言する』と好奇の目を向ける者、子どもが発言することに嫌悪感を抱く者、アサヒの発言に心配を隠せない者………様々な目が入り混じっていた。
「今のところ、『魔族が襲撃したこと』と『犯人がメイドを誘拐して逃走したこと』の二点が事実なだけで、この二つには今のところ明確な因果関係は見出せません。―――もう少し多角的な捜査を騎士団の皆さんにはお願いしたいです」
「………………は、はい」
思ったよりもしっかりした発言に、報告していた騎士は思わずうなずく。
その他の者たちも、彼女の意見を聞いて、毒気を抜かれたように視線を外した。
「………はッ」
その中で、吐き捨てるように息をつく者が居た。
「では何か? 犯人はメイドにでも欲情して連れ去ったというのかね?」
『側近貴族』宰相リーディス・ガヴ。
真っ白で豪奢な衣装に身を包んだ男。骨に川を張り付けたような四肢に、異常なほどやつれた顔が特徴的な男だ。
黒く短い髪を揺らしながら、『クツクツクツ………』と不気味に笑う男は言葉を続ける。
「犯人がまだ性欲もコントロールできないような子どもなら………あり得るなぁ」
心底楽しそうに、暗く笑うリーディス。『帝王の右腕』と名高いこの男は、もちろん、ヨミヤのことを認知している。
「………何か私がおかしいことを言いましたか?」
隈の刻まれた瞳で、薄く、敵意を込めて、アサヒはリーディスを睨む。
「いやぁ、失敬失敬。なんだか私には勇者様が『禄でもない犯罪者』を庇っているように見えましてねぇ」
関係者以外、ヨミヤと勇者たちの関係を知る者はいない。
「テメェ………」
「タイガ君、ダメ………っ」
ココでその関係がバレれば、勇者たちは勿論、隠匿を認めた帝王やザバルやフェリアにも糾弾が及ぶだろう。
それを理解している茶羽は、必死にタイガを押さえる。
「………………」
リーディスはそれを理解していながら、アサヒ達を煽っているのだ。
「………まさか。考えすぎですよ」
アサヒは敵意の瞳を向けたまま薄く笑った。
「間違った捜査をしてしまえば時間の無駄になると………そう思っただけです。他意はありません」
「なるほど。―――しかし、捜査には指針が必要。『犯人と魔族に関係がある』そう仮説を立てて捜査を続行。それ以外の捜査は最低限の人員でいいでしょう」
「………捜査に『決めつけ』がなければ何でもいいですよ」
視線を交わす両者はやがて、互いに目を逸らした。
席に着くアサヒは、大きく息を吐き、
「ガイコツオヤジ………」
殺意のこもった言葉を漏らした。
閲覧いただきありがとうございます。
もう11月ですね。涼しくて良き。