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Odd :Abyss Revengers  作者: 珠積 シオ
無窮の記憶編
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小話イチ:心の隙間

「ヤバい、騎士団来たっ」


 商業乗合馬車(キャラバン)で立ち寄った街『カロンド』。


 そこで、人攫いに誘拐された私―――シュケリとヴェールは、現在、ヨミヤ様に救出してもらったところだった。


 所々に、人攫い達が昏倒する地下室で、天井にできた大穴から、多くの人間の声が聞こえる。


 私を支えるヨミヤ様は、それが騒ぎを聞きつけてきた騎士団だと思っているようだった。―――実際に、何かを調べているような声も聞こえるため、その予測は正しいように思う。


「シュケリさんは抱えるとして………ヴェールっ、オレの背中に捕まって!」


「う、うん!」


 ヨミヤ様は帝国から指名手配を受けている。そのため、変装しているとはいえ、騎士団には会いたくないのだろう。


「ごめんシュケリさん………先にここから脱出する!」


 背中のヴェールに気遣いながら、ヨミヤ様は軽々と私を持ち上げ、穴が開いた天井まで行き―――


「ヴェール、しっかり捕まって」


 次の瞬間、猛スピードで天井から飛び出した。


「ッ!!」


 室内には、何人もの甲冑を着た男―――騎士たちが居た。


 全員が突如飛び出してきたヨミヤ様に困惑しているようだった。


 ヨミヤ様は、そんなこと、お構いなしに建物の屋根を風の魔法で突き破り外へ脱出する。


「お、おい!! 不審人物だ!! 追え!!」


 続いて、我に返った騎士たちが声を上げる。が、すでに遅い。


 ヨミヤ様は騎士が声を上げたころには、風を使って加速。建物の屋根伝いに走り出していた。


「病院………いや、この世界に病院ってあるのか………? でも、あったとしてもどこに………」


 全身が痛くて仕方ない。


 でも、ヨミヤ様の言葉から迷いが見て取れる。―――だから痛いのを我慢して、彼の胸元を必死につかんで、語りかけた。


「ダメ………です。馬車がおそらくもう、出発して、おります。………急いで追いかけましょう」


「ダメだよ!! 先におねえちゃんの手当しないと!!」


「そうだよシュケリさん。馬車ならまたどこかで拾えばいい。―――最悪、歩きでもいいんだ」


 正直、二人が私の心配をしてくれるのは、とても嬉しかった。


 でも………それでも、ダメだ。


 私は二人の言葉を、首を振って否定した。


「ダメです………時間をかければ、ヴェールのお母さまの行方がまた、わからなくなる可能性が高い………あの馬車は逃しては………いけません」


「シュケリさん………」


 ヴェールを守るだけで、救うことの敵わない私には………せめて、彼女の母を探す旅を急かせること以外、できない。


「私は、平気です………馬車に戻れば、きっと………ハーディ様が魔法をかけてくれますよ………」


 心配がにじみ出る表情で私をのぞき込む二人に、私は精一杯笑って見せる。


「おねえちゃん………」


 ヴェールは賢く、人の心を敏感に感じ取れる子だ。―――現に今、私の笑う顔を見て、その奥の苦痛を感じ取ってしまったのだろう。心配そうな表情に拍車がかかってしまう。


「………」


 一方、ヨミヤ様は私の顔をしばらく見つめたあと、フッと表情を緩めて―――


「わかった」


 頷いたあと、ヴェールへそっと声をかけた。


「ヴェール。大丈夫。すぐに馬車に戻って―――ハーディさんに診てもらおう」


「でもっ………」


「ヴェールは優しいから、シュケリさんが心配なんだな」


「………うん」


「でも、こうゆうとき、本人の気持ちを汲み取ってあげるのも………いいんじゃないかな」


「気持ちを………汲み取る………」


 ヨミヤ様は諭すように言葉を紡いだあと、『幸い、すぐどうこうなるケガじゃない』と私の状態をヴェールに伝える。


「そこの不審者! 止まれぇ!!」


 すると、大通りを走って追跡してくる騎士団が、大声でヨミヤ様に静止の声を上げてきた。


「………結構なスピードで振り切ったと思うんだけどなぁ」


 少しだけゲンナリしているヨミヤ様。


「止まれと言っているだろう!!」


「げっ………」


 しかし、次の瞬間、屋根の上に登ってきた騎士を確認して、その表情が驚愕に変わる。


「その少女たちをどうする気だ! ―――まさかお前も人攫いの一味か!!」


「んな訳ないでしょッ………」


 あの場に転がっていた人間が『人攫い』の一味だとわかっていながら、まったく見当違いなことを宣う騎士。


 ヨミヤ様は、心底うんざりした表情を浮かべつつ、跳躍。


「よっ………」


 立ち塞がる騎士の肩を踏み台に、さらに大きく跳躍した。


「ヨミヤっ………アレ!!」


 遠くなった大地を指さすヴェール。


 その視線の先には、たった今、魔獣除けの外壁を通過する商業乗合馬車(キャラバン)の姿があった。


「遅かったか………っ!」


 再び屋根に着地するヨミヤ様は、改めて商業乗合馬車(キャラバン)が出て行った街の北門を目指す。


 が………


「人攫いの残党だ! 捕まえろッ!!」


 着地した先で騎士が待ち受けており、ヨミヤ様を確認するや否や、騎士は剣を振り下ろしてきた。


「っぶな!!」


 咄嗟にヨミヤ様は、相手の剣………その柄を蹴り飛ばして剣を弾き飛ばす。


「邪魔するなッ!! ってか、人攫いじゃないからッ!!」


 そのままヨミヤ様は相手の顔面を踏みつけ、隣の建物に着地する。


 そのあとも、次々と迫る騎士団を躱し―――


「ヨミヤ、どうするの!! 門には騎士が一杯だよ!!」


 北門のある外壁付近が見えてきた。


 しかし、門には検閲のための騎士が大勢おり、正面突破するのはとても現実的ではなかった。


「―――ホントはやりたくないけど」


 走りながら、私を抱えなおし、ヨミヤ様はヴェールへ声をかける。


「ヴェール、力いっぱい………捕まってなよ?」


「ちょ、ちょっと………ヨミヤ………ど、どうする気………?」


 ヨミヤ様の言葉に、何かを察したヴェールは、口元を引きつらせながらヨミヤ様へ問いかけている。


「さぁ………いくよ―――」


 しかし、帰ってくる言葉はなく、刹那―――



 今日一番の跳躍を見せた。



「ヨミヤぁ!! まっ―――」


「さぁ、どんどん行くよ!!」


 魔獣除けの外壁は優に三十メートルを超えている。そのため、いくら身体能力のある人間が跳んでも届くわけがない。


 そのため、ヨミヤ様がとった方法は、()()使()()()空を飛ぶことだった。


 風を切る圧力が身体全体を襲う。―――が、ヨミヤ様がギュっと抱きしめてくれるおかげで、その圧力も最小限に抑えられる。


「外壁を………ッ!!」


 おそらく、この日のことを私は忘れない。


 人の温もりの中、大地を遥か眼下にして、目の前に広がる大空。遠くの地平には大地と青空の境界線が見える。


 短い『生』の中で、初めて見る景色。


 圧倒的な光景の中で私は痛みも忘れ、その風景を瞳に刻んでいた。


「綺麗だね」


 ヨミヤ様はその中でも、変わらず笑顔を私に向けてくれた。


「―――はいっ!!」


 私は、生涯忘れない。


 大きく離れた大地の様子も、


 私を包み広がる大空も、


 初めて見る空と大地の境界も、


 ―――その中で微笑む彼と、彼に必死に捕まるヴェールの顔も。



 ※ ※ ※



「ん………」


 気が付くと、暗闇の中にいた。


 部屋は正方形。


 暗すぎて何も見えないが、手が自由に動かないことだけはわかった―――感触からして手錠でもしてあるのだろう。


 その中でも、光源はあった。


 そちらを見やれば、扉についている格子から光が漏れていることは容易に理解できた。


「………私は」


 ぼんやりとする頭で、前後の記憶を思い出し―――


「そうか………私は捕まって―――」


 思い出せるのは宿で捕まったこと。


 現状から考えるに、私は組織に捕まったのだ。


 組織―――人魔統合機構フォーラムに―――


「せめて、フォーラムの名前だけでも………」


 私は後悔した。


 自分の秘密をどうやって明かすのか。―――それのみに執着してしまった結果、客観的に見ても重要な組織の名前をヨミヤ様に伝えることが出来なかった。


「いや、そもそも………」


 その言葉の先を呟きそうになって、口を押えて、必死に身体を丸めた。


 今の言葉―――その続きを言ってしまえば、きっと私は自己嫌悪で何もできなくなる。


 ダメだ。それだけはダメだ。


 きっとここにはヴェールも捕らえられている。―――今ここで何もできなくなれば、ヴェールを連れ出す機会がなくなる。


「―――ヴェールだけは絶対………」


 ヨミヤ様がここを突き止める保証はない。


 なら、私がチャンスを伺って、再びヴェールを連れ出すしかない。


「………」


 自分に待ち受ける仕打ちは理解している。


 けれど、()()()―――私が大切な人を助けなければいけないのだ。

閲覧いただきありがとうございます。

前半のエピソードは、本来少し違う形で本編に入れる予定でしたが、進行スピード的にカットした場面でした。

少しでも皆様の記憶に残るシーンになれば幸いです。

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