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Odd :Abyss Revengers  作者: 珠積 シオ
無窮の記憶編
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閑話:勇者の目覚め サン

 帝宮図書館。


 帝宮にある巨大な図書館で、帝国のあらゆる情報が保管されている場所でもある。


 また、様々な魔導書が保管されており、帝国に属する魔法使いが大勢訪れる場所でもある。


 俺は現在、そんな図書館の中を歩き回っていた。


「………」


 目的は、


「………居た」


 柱のような棚、本の森の片隅。


 木製の長机に突っ伏している女子がいた。隣には、それを見守るように隣に座る男子もいる。


「茶羽、加藤………」


 俺が二人の名前を呼ぶと、男子―――加藤フミヤが俺へ視線を向けた。


「………」


 加藤の目は、まるで汚いものを見るかのような暗澹たる瞳をしていた。


「………っ」


 その瞳は、『歓迎されるわけがない』と頭では理解していた俺の心臓に釘を刺した。


「………なんか用か剣崎」


「あ、あぁ………」


 極冷まで下がりきった声色に、俺は気圧され、思わず視線を下げてしまう。


「………はぁ」


 そんな俺にまるで興味を失くしたようにため息をついた加藤は、視線を机に突っ伏した茶羽に戻した。


「今、やっと説得に応じてセイカが寝たトコなんだ。―――起こしたくない。手短にしてくれ」


 加藤の言葉に、俺は、改めて机の上に散乱する本を認識する。―――何か調べものか、作業をしていたのだろうか。


「………茶羽は、何か調べものを?」


 つい、疑問に覚え、そんなことを聞いてしまった。


「………そんなことを聞きに来たのか?」


 途端に敵意を全開にして俺を睨みつける加藤。


「いや………………ごめん」


 千間を奈落に落としたこと、それを隠そうとしたこと………すべて仲間や、フェリアやザバルさんは知っている。


 人として最低なことをした俺を、加藤はきっと快く思っていない。


 そんなことは、俺も自覚している。―――だからこそ、安易に会話を広げようとしたことを俺は素直に謝罪した。


「はぁ………」


 そんな俺に、再びため息をつく加藤。彼は頬杖を突きながら、ぶっきらぼうに言葉を続けた。


「セイカは今、エイグリッヒさんの残した魔法の解析中」


「え………」


 会話を続けてくれたことが意外で、俺は思わず口を半開きにしてしまう。


 が、加藤はそんなことを気にもせず茶羽のことを語る。


「宮廷魔導士の方々も驚くスピードで解析している。―――ゆくゆくは、勇者召喚(ギフト・ブレイバ―)の術式を解析して、元の世界に帰る方法を見つけるんだと」


「そっか………」


 加藤が話を広げてくれたことに、無意識に安堵を覚える。


「………それで? なんか用があったんだろ?」


 しかし、加藤の俺の用事を急かす言葉に、ハッと我に返る。


 『自分の立場を忘れてはいけない』と心に言い聞かせ、今度は自分から口を開く。


「………今回、俺のやったことでみんなに迷惑をかけたから………ちゃんと謝ろうと思って」


「………」


 俺の言葉に、加藤は何も反応を返すことはない。


「………本当に、ごめん」


 それでも、俺は謝罪の言葉と共に、頭を下げた。


「………………」


 そんな俺の謝罪を無言で見つめる加藤は、


「あー………」


 ポリポリと頭を掻いて、やがて口を開いた。


「今回、俺達に掛かった迷惑は、『千間にセイカが暴力を振われたこと』ぐらいだ」


「………」


 俺は頭を下げたまま加藤の言葉を静かに待つ。


「その件については、俺の中で決着ついたんだよ」


 頬杖をやめ、加藤は肘を机に掛けて今度こそ俺に視線を向ける。


「けどな、許せないこともあんだよ」


「………」


「お前が千間にあんなことをしなきゃ、セイカは痛い思いをせず済んだ。―――千間にやったことといい、それを俺達に隠した挙句、嘘までついてた」


 そして、加藤は立ち上がり、頭を下げる俺を見下ろした。


「―――悪いが、俺は許せない」


「あぁ………そうだよな」


 頭を上げ、敵意をむき出しにする加藤の目を―――今度は目を逸らさず、受け止める。


「ただ………『許されない』とわかってても………謝るのが筋だと思ったから………伝えに来ただけなんだ」


「………そうかよ」


 苛立たし気な雰囲気で、加藤は俺から視線を外す。


「う~ん………」


 そのとき、眠りについてたはずの茶羽がモゾモゾと動き出した。


「フミくん………どうしたの………?」


「あ、あぁ………起こしちゃったか………―――セイカ、大丈夫だからまだ寝てな?」


「やだぁ………()()なんだから『セーちゃん』でしょぉ………」


 まだ寝てるように促す加藤に、茶羽は寝ぼけながら彼の腰に抱き着く。


 恋仲の男女が繰り広げるケーキよりも甘い空間に、俺は思わず動揺を滲ませる。


「ふ、『フミくん』………? せ、『セーちゃん』………?」


 確か、二人はお互いに、普通に名前呼びしてたはずじゃ………


「ちょっ………セイカ………ッ!!」


 寝ぼけて何も認識できていない茶羽の振舞いに、先ほどの雰囲気など投げ捨てた加藤は、今度は意味合いの違う敵意を俺に向けて声を荒げた。


「忘れろッ!! なし! なしなしッ!! 今のやりとりは忘れろォ!!」


「いや………忘れろと言われても………」


 その時、加藤の腰に巻き付いていた寝ぼけ眼の茶羽と俺の目はバッチリ合ってしまう。


「………」


「え、えっとォ………」


「………………」


「お、おは、よう………?」


「…………………………………………………」


 みるみる内に瞳の焦点が合っていくのが、俺からも観測できた。


 そして、それと同時に、茶羽の顔が見る見るうちに赤くなっていき………


「ッッッ~~~~!!!!!」


 ボンッと擬音が聞こえた気がした。


「………………」


 俺の存在を認知した茶羽は、無言で姿勢を整え、手櫛で髪を整えた。


「け、剣崎君………目が覚めたんだねぇ!」


 そして、今の光景を無かったことにした。


「え、っとぉ………」


「………」


 どう対処するか悩んでいた俺だったが、無言の圧力が加藤から飛んできたため、彼女の言葉を肯定した。


「そ、そう。さっき目が覚めてね………」


「そっかぁ………」


 髪を整えていた手を止め、茶羽はその手を机の上に静かに置いた。


「剣崎君。アサちゃんのことは聞いた?」


 『アサちゃん』。おそらくアサヒのことだろう。


 俺は首を横に振る。


「いや………起きてすぐにみんなに謝らなきゃと思って………タイガが二人の居る所なら知っているっていってたから此処に………」


「そっか………」


 視線を下げたままだった茶羽は、そこで初めてスッ………と俺を細く見つめた。


「それで、ここには何をしに?」


 茶羽の雰囲気が変わったことに気が付いたが、覚悟を持って俺は言葉を紡いだ。


「俺のしたことについて、謝りにきた」


「そっか」


 声色は変わらない。しかし、その瞳は冷たく俺を見据えていた。


「いいよ」


 短く発せられた言葉。


 だが、その言葉は俺を許す言葉などではなかった。


「謝罪は要らない。私はあなたに迷惑をかけられた記憶はない。―――あるのは、剣崎君が人として信用できないって話だけ」


「………」


「………念のため確認するけど、『千間君を殺そうとして、谷底に落としたこと』と、『千間君を殺したことを隠して、嘘をついたこと』。この二つは事実?」


「………あぁ、間違いない」


「………そっか」


 俺の言葉を聞き終えた茶羽は短く息を吐いた。


「そんなことをした理由は色々あるんだろうけど………少なくとも今後、一人の人間として私はアナタを信用することはできないかな」


「………あぁ」


 俺は、彼女の言葉を必死に受け入れる。


「それに」


 茶羽はそんな俺に構うこともなく言葉を続けた。


「『謝る』なら、私達よりもよっぽど謝らなきゃいけない人が居るんじゃない?」


「………」


 茶羽の言葉で、脳裏に浮かぶのは千間と―――アサヒ。


「………そう、だな」


 タイガがアサヒの場所を知らなかったとはいえ、俺自身も意識してアサヒの居場所を探すことはしなかった。


 無意識のうちに、彼女に後ろめたさを感じて避けてしたのだろうか。


 自分自身に嫌気が差しながらも、茶羽の言葉に、俺は深く頷いた。


「………この時間なら、もう自分の部屋にいるはずだよ」


「ありがとう………―――行かなきゃ………」


 アサヒの場所を教えてくれる茶羽の優しさに感謝を述べ、二人を背を向けて俺は歩き出した。


「………」


 しかし、途中で止まり、二人に向き直った。


「「………?」」


 不思議そうな顔をしている二人に、


「ごめん!!」


 それだけ伝え、俺は再び歩き出した。



 ※ ※ ※



「要らないって言ったのに………」


「まぁ、言うだけなら簡単だしな」


「………偉そうなこと言っちゃったけど………その分、私もできること頑張らきゃ」


「………休まなくていいのか?」


「うん。あんな偉そうなこと言って、自分がだらしなかったら恥ずかしいもん」


「そっか。なら俺も訓練してくるかな」


「無理しないでね」


「そっちこそ」


 二人のそんな会話を、俺は知る由もない。

閲覧いただきありがとうございます。


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