閑話:勇者の目覚め ニ
「目覚めたばかりの怪我人をいきなりぶん殴るなんて、いったい何を考えてるんですか………」
「でも、怪我は全部治したんだろ?」
「よく考えてください。何日も目覚めなかったということは、何かしら治しきれてない箇所があるかもしれないんですよ?」
「安心してくれ。ちゃんと『体調はどうだ?』って確認した!」
「そうゆう問題ではありません!」
タイガにぶん殴られてから、何かをひっくり返す音を聞きつけてフェリアさんとザバルさんが駆けつけてくれた。
今は、フェリアさんが瓶の破片を握ったときにできた傷を魔法で治してくれている。
「おい、二人とも。その辺にしろ。病み上がりが居んだから静かにしろよ」
ザバルさんは、俺の目の前でケンカしている二人を諫め、俺の傍へ歩を進めた。
「色々あったが、無事目覚めてくれて助かった」
「………はい」
「これからのことだが―――とりあえず医者に身体を具合を確認してもらい、問題なければ陛下とこれからのことについて指示を仰いでほしい」
あくまで連絡事項を伝えるザバルさん。
フェリアさんも、手のひらの治療を終えると、『安静にしててください』というと、医務室から出ていこうとする。
「あ、あの………!!」
そんな二人に、俺は思わず声をかけてしまった。
「なんだ? こう見えても俺等は忙しんだが」
「まぁまぁザバルさん。―――どうされたんですか?」
よく見ると、目の下に深い隈が刻まれてるザバルは、少しだけ訝し気に俺に視線を向けている。フェリアさんは、そんなザバルを宥めながらも、優しい表情で俺の言葉を待っている。
「あ………えっと………」
思わず声をかけてしまった俺は、言葉を頭の整理が出来ておらず動揺してしまう。
「………」
が、少しだけを間を置いて、ゆっくりと顔を上げた。
「お二人は、俺のやったこと………―――責めないんですね」
「「………」」
二人はキョトンとした顔をすると、俺の言葉の裏を何となく感じ取ったのか、少しだけ呆れたような表情を浮かべた。
「まぁ、お前とヨミヤと、アサヒの関係は聞いた。お前の凶行の理由もな」
出口付近にいたザバルさんは、一歩、俺へ近づく。
「………確かに、『よくもまぁ、痴情の縺れでここまで被害を広げてくれたな糞餓鬼』って気分ではあるがな」
後頭部を乱暴に掻き回すザバルさんは、盛大にため息をつきながら言葉を続ける。
「俺達は不本意ながら『大人』だからな。『やっちまったもんは仕方ねぇ』と切り替えてんのさ」
「そう………ですか………」
『そうだよな』と自分の胸に言い聞かせ、俺はザバルさんの言葉を受け入れる。
「だからよ」
ザバルさんは、うつむく俺を変わらず見つめながら尚言葉を続ける。
「信用を無くした分、働けよ」
ぶっきら棒にそう俺に告げると、ザバルさんは俺の肩を掴み、ベッドにたおして、背を向けた。
「私も概ね同じ意見ですヒカリさん」
「フェリアさん………」
「私たちは自分勝手に貴方達を呼んでしまった立場。おそらく、私たちが貴方達の人間関係をややこしくしてしまったのでしょう。だからヒカリさんを責めることはしません」
フェリアさんはそっと、俺の手に自分の手を重ねる。
「私たちはただ、貴方が自力で周囲の信用を取り戻すのを待っています。―――困ったことがあればなんでも相談してください」
「………はい」
フェリアさんと、ザバルさんはそう言い残し、部屋を去る。
二人の背中に、俺は再び声をかけた。
「ご迷惑をかけてごめんなさい………俺、頑張ります」
「言葉だけ、受け取っておく」
ザバルさんは振り返ることなくそう告げ、
「まずは、よく休んでくださいね」
フェリアさんは軽く会釈して部屋を後にした。
「―――頑張らねぇとな」
「………ああ」
きっと、取り返しのつかない失敗だった。―――誰かの人生を歪めてしまうほどの失敗だった。
周囲の人間、全員に見捨てられてもおかしくない程の罪を犯してしまった俺を、あの二人は責めずにいてくれた。
隣に立つ親友に視線を向けて、ギュッと目を瞑り―――
「ありがとう………」
胸の奥底から、自然とそんな言葉が漏れた。
閲覧いただきありがとうございます。
失敗を責めるのは簡単ですけどね。
相手を責めない勇気も時には大事なのかなって思ったりします。