閑話:勇者の目覚め イチ
目が覚めると、俺―――剣崎ヒカリは帝宮の医務室に居た。
「………」
しかし、なぜ自分が帝宮の医務室で寝ているのか思い出せず、ボンヤリと天井を眺めた。
「………確か、馬車で一緒になった医者の所に荷物を運びこんで………それで、アサヒとあって、それで、えっと………それで―――」
スムーズに思い出せるところまで、声に出して記憶を想起して………そこで、俺は動きを止めた。
「………―――ッ!!?」
脳内にあふれ出す、死んだはず―――否、殺したはずのクラスメイトが俺を殺しに来る光景。
俺はあの時、死ぬことを受け入れた。
憎しみの感情の………度し難さは俺自身がよく理解していたから。
そして、自分のしでかしたことの大きさを理解していたから。
『―――ヨミを………止めてッッ!!』
それでも、俺は千間と戦った。―――あの子が、それを望んだから。せめてもの罪滅ぼしになるならと思って、千間を止めるために戦った。
なのに――――――
「俺っ………能力に飲まれて………………ッ!?」
結局俺は、暴走した。
『千間を止める』という目的すら忘れ、アイツを殺そうとした。
原因は明白だった。
能力『深き光』。
能力の詳細はアンチ『領域』能力。しかしその実、俺の中にある『負の感情』を増幅させる効果も併せ持つ力だ。
能力のデメリットである『負の感情を増幅させる』能力に見事に打ち負けた俺は、負の感情を暴走させ、再び千間に牙を剥いた。
「っ………………!!??」
途端に、視界が回り始める。
ベッドに寝ているはずなのに、足元がふらついている感覚がする。
胃の中の物がこみ上げてくるような嫌悪感がして―――
「―――ぉエッ………!!」
咄嗟にベッドの脇に顔を持っていくことで、何とか真っ白なシーツを汚さずに済む。
「はっ、はっ、はっ、はっ………」
奈落に架かるあの大橋でも、俺はあの力に飲まれた。―――何にも学習していない、なんにも学んでいない、また同じ過ちを犯した。
「あぁ………屑だなァ………」
幸い、千間は死ななかった。
無様に俺が殴られて、それで終わり。
なぜ自分が生きているのか不思議ではあったが、力に飲まれた自分に嫌悪感が止まらず、顔を伏せてシーツを力いっぱい握るのみで、もう思考は正常に動いていなかった。
「起きたか」
そんな俺に、一つの声がかかる。―――何度も聞いた声だ。
「ぁ………タイガ………」
「はっ………今にも死にそうなツラしてんな?」
「………あぁ」
親友の顔も碌に見れないまま俺が短くそう返すと、タイガはゆっくりとベッドの傍まで歩いてくる。
「それで? 体調はどうだ? フェリアさんや救護班のみんなが頑張ってくれてたが」
「あぁ………もう、どこも、痛くない………」
「そーかい。人間木炭かってくらい黒焦げだったらしいからな。死ななくてよかったな」
「………………………あぁ」
「………」
「………」
「………」
「………」
長い沈黙。しかし、それを破ったのは、やはりタイガだった。
「千間が言ってた。『お前に殺されかけた』って」
「………」
「答えろ。―――本当か?」
「………………本当だ」
「………そうか」
タイガは息を吐き、目を伏せ首を振り―――そして、俺の胸倉を掴み、俺の体を持ち上げた。
「せめてものケジメだ」
次の瞬間、強烈な拳が俺の頬を貫いた。
「ッ!!」
部屋の反対側までぶっ飛ばされた俺は、盛大に医療器具をひっくり返し、冷たい床に転がった。
「お前のしでかしたことのせいで、千間は今や指名手配犯だ」
「………………」
「それだけじゃない。今回の戦いのせいで帝都の住宅街は甚大な被害が出た。死者が出なかったのが不思議なくらいにな」
ゆっくり、ゆっくりとタイガは俺に向かって歩を進める。
「お前は、これからどうする?」
「………………」
「千間を探して殺すか? はたまた、住民に媚びへつらって『勇者』のおままごとでもするか?」
「………」
「答えろォッ!!」
タイガの怒号が室内に嫌に響く。
それでも、俺はタイガに目を向けることもできないまま、そっと口を開く。
「俺に、できることなんて………もう、何もねぇよ………」
医療器具だったものの上で―――残骸の上で俺は身を縮こませる。
「ふざけんじゃねぇッ!! 迷惑かけた奴らに目を背けて引きこもるのかよ!!」
「お前に何が分かる!? いつ自分の中の気持ち悪い奴が暴れだすのかも分からない!! 気づいたら誰かを傷つけてる!! ―――なら、そんな奴、何もしない方がいいに決まってんだろッ!!」
薬品の入っていたであろう瓶の破片を握りしめ、俺は乱暴に床を殴りつける。
「だからって引きこもってたら何も進展しねぇだろッ!!」
タイガは俺を見下ろし、声を荒げる。
「………ッ!! じゃあ、どうしろってんだよ………また俺に誰かを傷つけろってか?」
「そんなこと言ってねぇよ」
タイガはガリガリと後頭部を掻くと、俺の目の前にしゃがんだ。
「覚えてっか? 『帝都前決戦』の前の晩、『少しずつ俺に吐き出せ』ってヤツ」
「………おう」
それは、初めての戦いに赴く前夜のこと。
異世界に来てから、自分の中の『負の感情』が強くなっているとタイガに相談した時のことだった。
タイガはその感情が表面化する前に、少しずつ自分に向かって発散するように話していたのだ。
「でも、俺は結局お前が苦しんでいるときに近くに居なかった。―――約束守れなかった俺も悪いんだよ」
「は? そんなわけ―――」
「そんなわけあるんだよバーカ」
タイガは俺のガラス片を握っていた手を持ち上げ、無理やり手を広げさせて、手のひらの破片を払う。
『お前、よくこんなこと出来んな?』なんて顔をしかめながら、タイガは近くに転がっていた包帯を俺の血だらけの手に巻き付けた。
「お前のしでかしたこと、擁護はしない」
包帯を巻きながら、タイガはゆっくりと口を開く。
「―――でも、俺はお前を『否定しない』。それだけは約束する」
「………………」
包帯を巻き終えた目の前の親友は、その手を掴み、俺を立ち上がらせた。
「だからよ、その力と向き合って、自分のできることやって、やらかしたことの責任、とって行こうぜ。―――今度こそ手伝ってやるからよ」
「………わかった。自分のこと、もう嫌で嫌で堪らないけど………お前がそこまで言ってくれるなら………頑張ってみる」
破片を握りしめ、血が出ている手で、俺は精一杯タイガの手を握り返した。
閲覧いただきありがとうございます。
最近にじさんじの切り抜きしかみてないので、YouTube君それしかお勧めに出さなくなりました笑