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Odd :Abyss Revengers  作者: 珠積 シオ
無窮の記憶編
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復讐 ー 報復

 オレの恋人だった真道アサヒは、幼い頃、父親に虐待を受けていた。


 母親の勇気ある行動によって、アサヒが小学四年生の頃、父親は児童虐待の容疑で起訴された。


 しかし、結果は、逮捕まで行かず、数百万の罰金と接近禁止処分のみで終わったそうだ。


 当時、アサヒの母親は不服ではあったそうだが、アサヒのために、一刻も早く父親とは縁を切ることが肝心と考え、控訴は取りやめ、遠く離れた土地で暮らすことを優先したそうだ。


 そんな話を付き合い始めてから半年後に打ち明けられた。


 アサヒは高校生になってから、時折、虐待を受けていた記憶がフラッシュバックするようになったらしく、『また父親が自分の前に現れるんじゃないか』と、過去の恐怖と未来の不安に苛まれていた。


 なんの取柄もないクセに、感性のみは一般人だったオレは、いっちょ前に、


「オレが守るよ」


 なんて、歯の浮きそうなセリフを言ったのをよく覚えている。


 今にして思えば、なんの力もない、誰も守ることのできない人間が、何を言っているのだろうと過去の自分に呆れてしまう。


 そんなある日、突如として、アサヒの父親はオレとアサヒの前に現れた。


 今でも、脳裏に刻まれている。アサヒの―――好きだった女の子の、かわいそうな程の恐怖に侵された表情を。


 オレは、勇気を振り絞って、アサヒの父親の前に立ち塞がった。―――人生で初めて、喧嘩紛いのことをした。



 結果は惨敗。



 ありえない程顔面を殴られ、右腕を折られた。


 そして、アサヒの父親は、泣き叫ぶアサヒを連れて、その場を去った。―――『連れて行くな』と叫ぶオレを無視して。


 オレはアサヒの家に直接向かい、アサヒの母親に事件のことを伝え―――アサヒの母親がすぐに警察に通報したことにより、父親はアッサリと逮捕された。


 後日、アサヒの母親に礼を言われたのと同時に、その場でしっかりと通報と救急車を呼んでほしいと諭されたのは、これまた別の話だ。


 アサヒの父親は傷害罪、誘拐罪、その他様々な罪で逮捕された。しばらく刑務所から出ることのできない懲役を言い渡された。



 ※ ※ ※



―――あぁ、昔から何にも変わってねぇなぁ………


 ガージナルが起こした爆発に巻き込まれたヨミヤは、真っ赤な湖に沈みながら、ぼんやりと在りし日の出来事を思い浮かべていた。


―――何にも守れない。恋人も、仲間も、約束も、何もかも。


 暗い水底に引きずられ、死に際の心は影に覆われる。


 その時だった。


 ぼやける視界の中、上の方に見える水面が()()()ように見えた。


 そして、薄れゆく意識の中、確かに、ヨミヤの腕を、誰かが引っ張り―――



「プぁっ!!」


 血のような湖から、()()()()()ヨミヤを引っ張り上げた。


「ちょっと、久々の、運動は、きつい、わね………」


 息を切らしながら、ハーディは横たわるヨミヤへ視線を向ける。


「裂傷に、火傷に………酷い………」


 飛び込む前に脱ぎ捨てたローブと、その横にある本を拾い上げ、ハーディはページをめくる。


「失った血までは取り戻せないけど………………天よりの雫(ヒール)


 すぐさま、回復魔法をかけるハーディ。しかし―――


「一回じゃ治りきらない………」


 傷も深く上に負傷箇所も多いため、一度の回復魔法では治しきれない。


「仕方ない………」


 一度の消費魔力の多い回復魔法。ハーディはそれを何度も繰り返し発動し、ヨミヤの身体の傷をすべて治しきった。


 回復魔法使用回数十五回。脅威の使用回数だった。


「はぁ………魔力欠乏で死んじゃいそうねぇ………」


 生涯を、魔法の研究に―――魔力増幅に費やしてきたエルフは、疲れたように地面にへたり込んだ。


―――ま、やることはやったし………あとはこの子の生命力次第かしら………


 目を細め、ハーディはヨミヤの額に手を置く。


「シュケリちゃんと、ヴェールちゃんはどうしちゃったの………?」


 ここに来るまでに、湖上での戦いは見えていた。


 遠すぎて、射程が届く魔法が上級魔法しかなかったため、援護を諦め、近くにいるであろうシュケリとヴェールの所を目指していたハーディだったが、到着した頃には、ヨミヤが変な男の自爆に巻き込まれたところだった。


「もうちょっと早く来れれば、手助けしてあげられたのに………ごめんなさい、ヨミヤ君………」


「ん………………」


 その時、少年の意識が少しだけ覚醒し、視点の定まらない瞳でハーディを見つめてきた。


「ハー………ディ………さ、ん………?」


「ヨミヤ君………!」


「………………………」


 しばらくぼんやりと、状況が分かっていなさそうな目をしていたヨミヤだったが―――


「ッ―――!!?」


 何かを思い出したかのように、バッと身体を起こした。


「ハーディさん!! シュケリとヴェールは―――――――うァ………!?」


「ヨミヤ君!」


 しかし、すぐさまふらつき、慌ててハーディがヨミヤの身体を支える。


「ダメよ………ケガは治したけど………多分、血が足りてない。そんなすぐ動ける身体じゃないわ」


「オレ、のことは、どうでもいいんですよ………シュケリと、ヴェールは………!?」


「わからないわ………アタシが来た時には、変な男がヨミヤ君を自爆に巻き込んでて―――急いで助けにはいったから………」


「………ッ」


 悔しそうに歯を食いしばり、拳で地面を殴りつけるヨミヤ。


 感情を隠そうともしない少年の姿に、ただならぬものを感じたハーディは、ゆっくりと少年の肩に手を置いた。


「―――何があったか教えて頂戴」


「ハーディさん………」


 少しだけ目を伏せ、黙り込み………………やがて、少年は今までの事情を詳しく話した。


「―――ということがあって………シュケリとヴェールを奪われました………」


「そう………だったのね」


「襲ってきたヤツも、これまでとは段違いに強かった………明らかにオレより動けて………魔法も簡単に躱すような………」


 死ぬ間際までヨミヤを苦悩させた男を思い出し、ヨミヤは拳を強く握る。


「それに、その男と同格っぽい男もいたんでしょう? 嫌になっちゃうわね」


「はい………」


 そう、ガージナルはともかく、『シルバー』と呼ばれた男―――シュケリとヴェールを攫った張本人。その実力は、カーディナルと同等………もしくはそれ以上だった。


 少なくとも、身体能力は、ヨミヤを翻弄したガージナルより尚速い。


 ガージナルは、『事前に魔法を察知して回避する』ように見えたが、シルバーと呼ばれた男は、『単純なスピードが速すぎて魔法が当たらない』ように感じたヨミヤだった。


「でも………ここまで来ても、敵の正体がわからないわね………」


「いえ、それについては、『ガージナル』って呼ばれてた男が最後にハッキリと言ってました―――『人魔統合機構フォーラム』と」


「ッ!!?」


 『人魔統合機構フォーラム』。


 その名が出た瞬間、ハーディがピクリと反応する。


「でも、名前がわかっても―――『シルバー』の逃げた先がわかりません………追跡しようにも、魔法の圏外まで逃げられたみたいで反応ないし………」



「わかるわよ、『フォーラム』の本拠地」



 不意に、ハーディはそんなことを言い出した。


「………………は? なんで、ハーディさんが………」


 当然、ヨミヤも困惑の表情を見せている。


 そんな少年に、ハーディはゆっくりと口を開いた。


「アタシは元々、『フォーラム』のことを探ることが目的だったの。―――まさか、馬車で乗り合わせたヨミヤ君たちが『フォーラム』に追われてるとは思わなかったけどね………」


「そんな………」


「でもね、『フォーラム』についてはアタシも良く知らない。『フォーラム』にそんな暗殺部隊みたいな連中がいることも知らなかったしね」


 そこまでしゃべると、ハーディは、懐から一枚の紙を取り出した。


 それは、所々に血痕が付いている『手紙』だった。


「半年ぐらい前に、この手紙が届いてね………」


 そこには、殴り書きの『フォーラムを調べてください。娘を』という短い文章が書かれていた。しかし、それは書きかけの手紙であったため、『娘を』の先が書かれていなかった。


「何があって、何を思ってこの手紙を書いたのか知らないけど………この手紙の送り主は―――魔法都市『メフェリト』に居る」


「じゃあ―――」


「ええ………『フォーラム』の本拠地―――ないし、送り主のことを調べれば何か手がかりはあるはずよ」


「なら―――今すぐ行きましょう」


 血が足りない身体を、フラフラな身体を無理やり起こし―――ヨミヤは立ち上がる。


「でも、ヨミヤ君………あなた、休まないと―――」


「オレのことなんてどうでもいいですよ」


 近くに落ちていた剣を広い、腰の鞘に収め―――ヨミヤは天を仰ぐ。


「不甲斐ない自分にもムカついてますけど―――今は、アイツらに落とし前を………報復するのが先です」


 そして、少年は『シルバー』の消えた方角へ視線を向けた。

閲覧いただきありがとうございます。

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