旅路:桜と変転
「グぇ………」
ガージナルに止めを刺し、湖上へ落ちる直前で、何とか義手で、上空に作り出した結界を掴むことができ、血水に触れることなくシュケリの居る湖畔へ戻ってきた。
しかし、もうまともに着地をできる身体でもなく、ヨミヤは無様に顔面から地面に落っこちて、何度も大地を転がった。
「危なかった………」
地面に大の字で寝ころびながら、直前の一幕を思い返すヨミヤ。
極大の熱線に、呪文を詠唱して発動させた火球の最大威力を重ねることで威力を底上げしたヨミヤは、しかしそれでも、力の押し合いで勝てないと判断した。
それに、少年は知っていた。―――魔法では、あの男は倒せないと。
ゆえに、数えきれないほどやってきた自爆まがいの手法をとった。
それが二重熱線と血水の渦槍の中を通ってガージナルに肉薄するというもの。
しかし、今回は今までの自爆とは訳が違う。
今までは、自分が死なない程度の自爆だったり、勇者を肉壁に使った自爆などではない。何の対策もせずに突っ込めば、間違いなく蒸発ないし、ひき肉にされてしまう程の渦中に身を投じる決断であった。
なので、ヨミヤは、結界を展開したうえで、熱線や血水の中に突っ込んだのだ。
―――まぁ、でもこんなことしてたら、いつか本当に死んじゃうな。
ヨミヤの結界は完璧ではない。血水に飲み込まれたときもそうであったように、『密閉した結界』を作れないのだ。
そのため、今回の無茶な行動の代償として、あちこちに火傷や裂傷が見られた。
「とにかく………ガージナルの仲間やら―――騎士団が来ても不味いし………離れないと………」
ガージナルは言っていた。『目につく全員を殺してきた』と………
立った一人の人間を殺すために、あの男はそこまでしたのだ。
―――自分のせいで見ず知らずの人間が巻き込まれた事実に、胸の痛みを隠せないヨミヤであった。
しかし、現状が今、ここでゆっくりするのを許してはくれない。―――少年はそれを知っていた。
剣を杖代わりに、立ち上がるヨミヤは痛みを無視して、シュケリとヴェールを結界で作ったベッドにのせてゆっくりと歩き出した。
「あちゃ~………遅かったかぁ………」
そこへ、何の気配もなく、何の足音もさせず、何の存在感もなく、
あたかも、最初からそこに居たかのように、一人の男がヨミヤの前に現れた。
「ガージナル………ずっと一緒にやってきたんだがなぁ………」
男は、一九〇センチはある長身だった。天然パーマに、揃えられた短い顎鬚を蓄える中年の男性。
黒のシャツとズボン、ブーツという、黒一色のシンプルな格好でありながら、背中には、身の丈以上もある長剣を背負っていた。
口調から漂う柔和な雰囲気は、ヨミヤにはない落ち着いた大人のような印象を抱くが―――
「お前も、シュケリさんを狙ってきたのか」
男の口から『ガージナル』という単語が聞こえ、ヨミヤは一気に警戒を高める。
「………『シュケリ』ってのは、俺達が『メインプラン』って呼んでる、その娘のことか?」
一方、ヨミヤに問いかけられる長剣を背負う男は、不思議そうな顔を浮かべている。
「『メインプラン』………今まで襲ってきた奴らも言ってた………」
「ほぅ、ならそうだな。『メインプラン』―――シュケリを俺はもらいにきた」
刹那、複数の熱線を男に向け、ヨミヤは発射する。
「おっと………」
しかし、男は熱線を悠々と回避し―――
「報告通り、厄介な能力だな」
ガージナルを上回る速度でヨミヤに肉薄した。
「ッ!!?」
「確かに、これは『抹殺』対象だな」
次の瞬間、男は、背中の長剣を抜剣しながら、ヨミヤに斬りかかる。
「くッ―――!!?」
何とか、剣で男の長剣を防ぐことに成功するヨミヤだったが、あまりの衝撃に何メートルも後方へ後退させられる。
「おぉ、意外と近接もできるんだな」
驚く男は―――けれど、いつの間にかシュケリとヴェールを両肩に担いでいた。
―――いつの間に………ッ!!?
「二人を、返せッ!!」
吠え、そしてすぐに駆け出そうとするヨミヤだが―――
「行かせるかクソガキィ!!」
湖の中より、口の周りを血で濡らしたガージナルが現れ、少年を羽交い絞めに拘束した。
「おまっ………死んだハズじゃ―――!!」
「そうだ!! 俺ぁもうすぐ死ぬ!! ―――だからクソガキッ!! 一緒に地獄に行こうやぁ!!」
死の間際、最後の活力だと言わんばかりに、ガージナルはありえない力でヨミヤを押さえつける。
「シルバァ!! コイツはいいから、『メインプラン』を確実に本部へ届けろォ!!」
「ガージナル………―――任せろ」
シルバーと呼ばれた男は、確かに頷くとシュケリとヴェールを抱え走り出す。
「待てッ!! ヴェールを―――シュケリを返せェェェェェェェェェェェェェェ!!」
力の限り抵抗するヨミヤであったが、ガージナルの力には及ばず―――
「さぁ、クソガキ!! 最後だッ!!」
「クソ、クソクソクソッ!!!!」
「『人魔統合機構フォーラム』ッ!! バンザイ―――!!」
月が照らす血の湖畔、鮮血の爆発が響き渡り―――そして、静寂が周囲を支配した。
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