湖上の血闘 ロク
暗闇を月明かりが照らす湖上。普段であれば、幻想的な光景だが。
―――現在は、鮮血のごとき水流と、太陽のごとき光柱がぶつかり合い、周囲を昼間のように輝かせていた。
「………火力が足りない」
ヨミヤは極大の熱線を放ちながら、冷静に分析していた。
―――最大威力の火球は、さっきも防がれた………となれば、この結果も当然………
血水の渦槍は徐々に熱線を押し返し始めている。―――だというのに、少年の表情に一切の焦りはなかった。
「威力が足りなければ、さらに火力を上げればいいさ」
敗北必至の現状に、少年が取った手は―――
「『スォル・イサ・ベルカナ・エワズ』」
呪文の詠唱だった。
それは召喚されて間もない頃。茶羽が改良した呪文。
「―――火球」
その初歩的な呪文を、ヨミヤは最大威力で、血水の渦槍と競り合っている熱線に重ねた。
倍増する熱線。
単純計算で威力は今までの二倍。―――それは、少年が土壇場で編み出した『二重魔法』だった。
熱線は、太さも、勢いも、すべてを倍加させ血水の渦槍を押し返す。
しかし、
「………これでも、威力は互角」
熱戦も渦槍も、互いに威力は拮抗していた。
「おいおいおいおいおいおい、これが奥の手かァ!?」
ガージナルは挑発するように―――滑稽に踊るピエロを演じるように声を張り上げる。
「『決着つけよう』なんて大口叩いておいてこのザマかよダセェ!!!!」
叫ぶガージナル。その実、男は考えを張り巡らせる。
―――『大技で決着をつける』………殺し合いの中で感じたガキの性格からかけ離れた提案。
仮面の男は、狂気に支配される脳内で、されど、冷静にヨミヤのことを冷静に分析する。
―――カラクリは分からねぇが、真後ろからの殺意ある魔法や、被弾覚悟の拘束といい、このガキからは『何がなんでも勝つ』意思を感じる。
それは、ひどく負傷した状態で奈落を生き抜いた経験からか、それとも、自分を殺そうとした勇者へ報復しようとした経験からか。
ガージナルはそんな獣のような意志力を敵対する少年から感じていた。
―――それは、『敵をどんな手を使ってでも殺す』ということ。そんな奴が提案してきたこの勝負………
仮面に隠れていない口元を大きくゆがめて、ガージナルは呟いた。
「ハッ、互いに、汚ねぇケダモノだなぁ?」
現在、湖の水のほとんどを、ガージナルは血水の渦槍や費やしている。―――しかし、この男が馬鹿正直に真正面から勝負に乗るわけがなかった。
「とりあえず、不意打ちだクソガキ」
刹那、ヨミヤの位置から、死角になるように浮かんでいた血水が、弾丸のように撃ち出された。
―――さて、
少年を撃ち抜けていれば、死体が落下する。
が、いくら待てど少年は落ちてはこない。
「だよなぁ? お前ならこうすると思ってたぜぇ?」
そう、ガージナルは―――否、ヨミヤでさえ、この大技勝負に真正面から望む気はなかったのだ。
ガージナルは、ヨミヤが真正面から向かってこないことに感づいた上で少年の提案に乗ったのだ。
「来いよ。―――どうせ、近づいて来るんだろ?」
渦槍と熱線はいまだにぶつかり合ったままだった。
ガージナルは、異様に『魔法』に敏感だった。
最初の接敵時には、背後からの魔法を軽々と避け、複数の熱線の展開ですら全て回避して見せた。
さらには、正気を失う直前の熱線の被弾時も、致命傷を的確に回避していた(ヨミヤは頭部や心臓を狙ったつもりだった)。
極めつけは、不意打ちだった真正面からの特大の熱線も血水で防いで見せた。
―――『魔法』じゃダメなんだ。
おそらくは、『魔法の発動を察知する』もしくは『魔力を察知する』能力の持ち主。
ならば、確実に倒す術は一つ。
―――まぁ、オレの狙いなんて読まれてるかもしれないけど。
『大技の撃ち合い』。それは不意打ちを成功させるためのブラフ。
しかし、それは恐らくガージナルにバレているだろうとヨミヤは感じている。
―――いくらなんでも不自然だもんなぁ。
きっと、ガージナルも、この機会を逃すまいと何かを仕掛けてくる。―――それでも、少年は賭けに出たのだ。
それでも、少年は勝負に出る。
直前に、ガージナルの不意打ちで右足のふくらはぎを撃ち抜かれる。―――が、そんなの慣れっこだった。
周囲に結界を展開し、突っ込んだ。
―――どこから来る………クソガキ………
相変わらず、渦槍の勢いを緩めず、周囲に気を配る。
右方、左方、後方、上方、下方………想定されるすべての方向に意識を傾けて、
「………来ない?」
そして、やがて、熱線を貫いた血水が、はるか上空まで打ちあがる。
「は、ハハハハハハハハハハハハハハハッ!! 逃げたかクソガキぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
狂喜にも、激怒にも似た叫び。
ガージナルの激情は、はるか上空に浮かぶ月まで伸びる血水が表しているようで―――
「誰が逃げるか」
刹那、ガージナルが放った血水の渦槍の中から、ヨミヤが現れた。
「は………………っ!?」
所々に火傷や裂傷を携えながら、ヨミヤが突貫してきたのだ。
「おまっ………熱線や血水の中を………ッ!!?」
「終わりだ」
ヨミヤの構えた剣は、あっけなくガージナルの心臓へ突き刺さる。
「グッ―――ッ!!? こんの………イカレ小僧が………ッ!!」
ガージナルは致命傷を確かに負う。―――しかし、それでも、男は止まらなかった。
すぐさま短剣をを引き抜き、自身の血で作った血刃で少年に応戦しようとするが………
「生憎、自爆には慣れてるんだ」
自由落下の中、ヨミヤはガージナルの短剣を腕ごと切り落とし、血刃を結界で弾き、粉々に破壊する。
「ハァッ!!」
そして、返す刃で、ヨミヤはガージナルの胴体を深く切り裂いた。
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トリコに出てくる食材、おいしそうですよね。