湖上の血闘 ゴ
ヨミヤがシュケリを追い、宿屋を後にした後。
少年たちが襲撃された現場に足を運ぶ人物がいた。
「なんかおっきい音があって来てみたけど………」
栗色の長い髪に、白いローブ、とがった耳が特徴的な女性―――ハーディは、まだ騎士も到着していない現場に、なんとなく嫌な予感がして立ち寄っていた。
「ずいぶん派手に戦ったわねぇ………壁もこんなに壊れて………」
窓側の大きな破損、至る所にある焦げ跡が残る穴………『何か』に襲われて魔法で迎撃したような現場だった。
「………あら?」
そんな現場で、ハーディはあるものを見つける。
「真っ赤な鞄………これってヨミヤ君の………」
部屋の隅、戦闘の余波で飛ばされたであろう鞄は、肩から掛けるショルダーバックだった。―――それは、ここに来るまでの馬車で魔法を教えた少年のものだった。
「………ッ」
その瞬間、部屋のあちこちに散る血痕がハーディに嫌な想像をさせてしまう。
「―――大丈夫よ………あの子は強いもの………」
ハーディは大きく頭を振る。
そんな時、破壊された壁の向こう―――湖の上で微かに光るものがハーディの目に映った。
「………あれは」
それは、少年がよく使っていた魔法―――熱線の火球だった。
「………………」
『ヨミヤが誰かと戦っている』。それだけを確かに理解すると、ハーディは、破壊された壁から勢いよく外へ出た。
※ ※ ※
「………この野郎っ!!」
「ハッ………惜しかったなぁ、クソガキぃ」
ヨミヤの放った特大の熱線。―――それは、同程度の血水に真正面から防がれている。現在は、熱線が血水と競り合っている状態だった。
「ほらほらほらぁ! ここだけに集中してると死んじまうぜぇ!!」
嬌声のような声をあげるガージナルは、熱線に魔力を注ぎ続けるヨミヤに向け、複数の逆巻く血水をけしかける。
「ッ………邪魔、だッ!!」
ヨミヤは横目で迫る血水を確認すると、熱線を同時展開。すべての血水を迎撃する。
―――しかし、
「今度はここがお留守だぜぇ!!」
ほんの少しガージナルへ向ける熱線へ魔力の供給を怠った。それだけの隙をガージナルは許しはしなかった。
「ぐッ………」
熱線を防いでいた血水の勢いが勢いを増し、熱線はたちまち飲み込まれ―――
―――負け………ッ!?
次の瞬間、少年の身体はあっけなく血水に飲み込まれた。
「ハハハハハハハッ!! 今度こそ挽肉だなァ! クソガキィ!!」
ガージナルの笑い声が血に染まる湖上に響く。
―――危なかった………
血水に飲み込まれる中、ヨミヤは周囲に球体状の結界を展開して、難を逃れていた。
「―――でも、時間の問題か………」
ヨミヤの結界は完璧ではない。
『領域』の魔法再現には、『魔法を等間隔にしか再現出来ない』という制限があるらしく、まだ結界を一枚単位でしか再現できないヨミヤには、『密閉した結界』を作り出すことができないのだ。
故に、わずかに開いた結界と結界の隙間より、今も血水が浸入してきているのだ。
「魔力が心配だけど………やるしかない………」
少年は膝を曲げ、跳躍の姿勢をとる。―――そして、
「はッ!!」
結界の解除と同時に、血水を散らすほどの突風を展開。
蛇のようにヨミヤを呑み込んでいた血水は、その半ばから破裂する。
「チッ………しつこすぎだよガキが………」
そして、破裂した血水の中より、少年が飛び出し―――ガージナルの頭上へ現れる。
「………」
月を背に、少年はガージナルを見下ろし………なぜか不動であった。
「見下してんじゃ―――ねぇッ!!」
すぐに、ガージナルは逆巻く血水で少年に追撃を仕掛ける。が―――
「………」
少年は一歩も動くこともないまま向かってくる血水を熱線で撃ち落とす。
「なぁ」
そして、少年はガージナルを見下ろしたまま口を開く。
「お互いに、疲れたでしょ。―――次の一撃で終わりにしないか?」
「はぁ? ―――なんで圧倒的に有利な俺がそんな提案に乗らなきゃならないクソガキ」
提案されたのは、最大最後の一撃での決着。
しかし、ガージナルからしてみれば、このまま攻め続ければ確実にヨミヤを殺せる。―――そんな提案に乗るはずもなかった。
「言ってたじゃないか『しつこい』って」
ガージナルは問答無用で血水を投げかける。―――ヨミヤはそれらを冷静に迎撃する。
「この提案が、互いに早期決着につながると思うけど」
「………………」
その時、ヨミヤを襲っていた血水がピタリと動きを止め―――そして、操作している主のもとへ引っ込む。
「………いいぜ。確かに長引くのも手間だ。―――その提案乗ってやるよ」
「いいね。わかりやすくて」
「後悔すんなよクソガキ」
「言ってろよ」
ガージナルは、指を掲げ………そして、ゆっくりとヨミヤを指さした。その動きと同調するように、今までで一番巨大な蛇のような血水が出現する。
ガージナルの背後で配下のように待機する血水は、ヨミヤにも聞こえるほどに激しい水の音を立てて渦巻いている。
「準備はいいのかぁ? クソガキ」
対して、ヨミヤは、直立不動のままガージナルを見下ろしている。
「―――いつでも」
「はッ、生意気な野郎が」
ガージナルは、口元を愉快に曲げると―――砲声した。
「死んでけクソガキィィィィィィィィィィィィ!!」
「………」
逆巻く血水は、さしずめ、ウォーターカッターのような勢いでヨミヤに肉薄。
少年はすぐに熱線を展開。極大の光が大気を切り裂く血水を迎え撃つ。
光と水流はぶつかり合い、周囲を覆っていた赤き霧が霧散した。
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