湖上の血闘 ヨン
明確な転機は七才のときだった。
魔族が俺の生まれた町に攻めてきた時。見知った人間がどんどん殺されていく中、俺の両親は必死に逃がそうとしていた。
けれど、ただの一般人が、魔族から逃げ切れるわけもなく、父も母も、背後からあっけなく心臓に槍を穿たれて死んだ。
「………生きて」
母の最期の言葉は、ロクでなしの俺にしちゃ珍しくよく覚えている。
当時の俺にはもうセンセーショナルな出来事だったさ。なにせ―――
全身が真っ赤になるほどの『血』に囲まれたんだからな。
そりゃあ、もう歓喜したさ。『誰が』死んだとか、どうでもよかった。
要するに、タガが外れちまったんだ。
俺は『血』を求めて暴れに暴れたさ。殺す中で、どうすれば、効率的に殺せるか、どうすれば『血』が噴き出すか考えながら殺した。
気づけば、俺は血の海に溺れるように、真っ赤になって寝ころんでいた。―――魔族も、人間も、等しく死んでいた。
※ ※ ※
迫る血水の塊を、避けるようにヨミヤは飛び回る。
咄嗟に足場を作り、すぐに跳躍したり、空中を狙い打たれそうになれば風で無理やり進行方向を変えたり、回避が間に合わなければ特大の熱線で血水を消し飛ばしたりしていた。
先ほどまで暗闇に包まれていた周囲は、血水の飛沫が大気中に漂い始め、鮮血色に染まりつつあった。
「クッソ………きりがない………」
相手は巨大な湖を丸ごと操る。どれだけ迫る血水を散らしたところで、相手の血水が底をつくことはない。
「ッ………!?」
対して、宿屋の一戦から魔法を撃ちっぱなしのヨミヤは魔力の底が見え始めていた。―――証拠に、少年は、足に力が入らず、落下を始める。
「んなろッ………!!」
当たれば人間一人簡単に挽肉にしてしまう血水が肉薄するのをみて、ヨミヤは咄嗟に上空に結界を展開―――
「無限鎖ッ!!」
義手に仕込まれた魔法の一つ―――帝都での戦いにて、茶羽を拘束・引き寄せた魔法を発動。義手の手が高速で飛んでいき、遥か上空にある結界の足場をつかみ―――ヨミヤの身体を引き寄せる。
「っ!?」
間一髪。服の一部が巻き込まれたが、少年は何とかミキサーのように逆巻く血水を回避する。
―――身体を無理やり動かせるほどの風より、結界一枚分の方がコスパがいい。でも、もう長期戦は無理だ………
ヨミヤは必死に思考を回し、なおかつ、血水の猛攻を潜り抜け続ける。
―――なら、なんとか本体を………黙らせるしかない………ッ!!
ガージナルは現在、湖の真ん中でヨミヤのことを睨んでいる。―――そこに先ほどのまでの『遊び』はないように少年には思えた。
「遠いけど………行くしかないか………」
少年の現在地は、湖外縁。湖中心には程遠い。中心に向かうようにわかりやすく向かえば、ガージナルは警戒して、守りを固めるだろう。
今のヨミヤにその守りを打ち破るだけの火力を出せるかは怪しい。
―――あくまで、『逃げてるうちに中心に』って流れが自然………
ボロボロの身体に鞭を打ち、目標を定めるヨミヤ。
「………ッ!!」
痛みが全身を蝕む。
疲労が膝を折りそうになる。
それでも、少年は思考を絶やさず、ジワジワと湖の中心に向かって逃げ続ける。
―――死にかけたことなんて、強い奴と戦ったのだって、これが初めてじゃない!!
身体を蝕む激痛は、無視した。
―――この程度、なんてことない!
心を蝕む疲労は、歯を食いしばった。
―――だから、進め! 止まるな!
血の水が、肩を抉った。
血の水が、足を抉った。
血に水が、脇腹を抉った。
「ッ………!!」
血が喉から零れた。
それでも、少年は止まらなかった。
「………あ?」
ガージナルは、そこで気が付いた。
今まで湖の外縁をよけ続けていた少年が、いつのまにか、渦巻きを描くように、徐々に自分に接近していることを。
「今更気が付いたって、遅いから」
気づけば、血水の猛攻をかいくぐり、少年はほんの数十メートル先に存在していた。
「いい加減消し飛べ」
少年が手かざす。
「………クソガキが」
刹那―――特大の熱線がガージナルへ迫った。
閲覧いただきありがとうございます。
高所での戦闘って楽しいですよね。
バイオ6のレオン編、最終決戦は好きでよく覚えています。