湖上の血闘 サン
生まれて間もないころから、俺は『血』で遊んでいた。
能力の影響で、ケガした箇所から出た『血』で遊んでいた。
でも、最初は自分の『血』で遊ぶだけだった。他人の『血』で遊んだことなんてなかった。―――でも、きっと、予感はあった。
『もっとたくさんの血で遊んだら?』『生き物の血を丸ごと使えたら?』そんな危うい思考は、確かに存在していた。
※ ※ ※
「オラァッ!!」
カージナルは、血液を右腕に凝固させ、巨大な刃を作る。
そして、そんな巨大な刃を掲げながら、先ほどより数段上の速さで突進してきた。
「ッ!?」
大ぶりの薙ぎ払い。
ヨミヤは、それを背中を大きく後ろに反らすことで回避するが、その態勢を維持することができずに落下を始める。
「『血』を、だせェェェェェェェェェェェ!!」
ガージナルは、少年を逃すことはしない。………今度は、血の刃を掲げながら、ヨミヤを追うように落下を始めたのだ。
「しつ………こい………ッ!!」
ヨミヤは、突風を自らに当てることで、ガージナルの射線から逃げおおせる。
「血、血血血血血血チチチチチチチチちちちち………」
一方、最早まともな様子には見えないガージナル。
驚異的な反射能力でヨミヤに追いすがり、出鱈目に刃を振るう。
―――もう、身体が………動かないって………いうのに………
ヨミヤは、息を切らし―――そして、歯を食いしばりながら動き続ける。
時に、風で無理やり自分の身体を動かし、時に、身体を少しだけ反らして回避をしたり、時に、相手の刃に剣を重ねて攻撃を受け流したり―――
「………………………?」
ヨミヤはそこで、ある違和感に気が付いた。
―――身体が………?
そう、ガージナルの攻撃を凌ぐたびに、身体の痛みや疲労とは裏腹に、最小限の動きでガージナルの攻撃を裁くことができ始めていたのだ。
「………」
今や、自身の展開した結界の足場から一歩も動かずに、ガージナルの血の刃と相対していた。
「ガァッ!!!!」
それは、傷と疲弊の先にヨミヤの脳が導き出した『適応』の結果。―――しかし、同時にカージナルが正気を失った結果でもあった。
動きも剣閃も、一直線過ぎたのだ。
結果として、経験の浅いヨミヤにも適応される程度の動きになってしまう。
「………遅い」
脳天を割らんとする上段の一撃。それを、ヨミヤは剣で受け止め、その刃の上を滑らせることで受け流す。
「今なら、避けらんないだろ?」
刹那、体勢を崩したガージナルへヨミヤの作り出した火球が当った。
「ガッ………アァ………」
「ビンゴ」
どういう理由でガージナルがヨミヤの魔法を回避していたのかは、少年にはわからない。―――しかし、今のガージナルには、確かに当たった。
その事実が判明すると、少年は口元を釣り上げた。
「返してやるよ。今までの分」
ヨミヤは、魔法をまともに食らい、のけ反るガージナルの胸倉をつかんだ。
瞬間、ガージナルの周囲に無数の火球が展開された。
「じゃあね」
そして、少年は仮面の男を手放して―――火球が殺到した。
「ガァァァァァァァァァァァァァァ!!」
爆炎の花が、暗い湖上に咲き乱れた。
それは約数十秒にも及んで光輝いたあと、最後に、特大の火球が目標めがけて飛んで行って―――
「ふざけるナァァァァァァ!!」
ガージナルは最後の火球が当たる直前に、その場で大きく跳躍。
特大の火球は、湖にぶち当たり、巨大な水柱を上げた。
「………勘弁してくれもう」
ヨミヤはもはや疲れた様子でガージナルと再び相対する。
「俺ばっ、俺ばっ………あの方の『刃』だッ!! 何があろうと死ぬことはできないぃぃぃぃぃぃ!!!!」
少しだけ正気に戻ったのだろうか。ガージナルは甲高い声でそう宣言すると―――『ランスリーニ』のある方角へ一目散に逃げた。
「は………?」
まさかのガージナルの行動に唖然としていたヨミヤだったが―――
「………まぁ、お互いにボロボロだったし………旗色悪くなって逃げたんだな」
そう結論づけて、ヨミヤはその場にへたり込む。
「………きっつい」
シンプルにそれだけ呟き、そのまま倒れこむ。―――そして、どれだけそうしていただろうか。
月も傾き、本格的に夜が深くなる頃。
「………………?」
不意に、ヨミヤの耳が、何かをキャッチした。
それは、『何かが崩れる音』であり、『女性や男性の悲鳴』であり、『液体が盛んに回転している音』のようでもあった。
そして、それらの『異音』は、ガージナルの去った『ランスリーニ』のある方角から聞こえて―――
「………まさか!?」
痛みや疲労のことなど忘れて飛び起きるヨミヤ。彼が目にしたのは―――
天を衝く、巨大な鮮血の柱であった。
「なっ…………………!?」
それはあまりに異様な光景であった。
しかし、少年には悠長に驚いている暇などなかった。
逆巻き、そびえ立つ血の塊が、倒れてきたのだから。
「―――~~~~ッッッ!!」
全力の風を使い、緊急離脱を行うヨミヤ。戦闘に巻き込まないようにシュケリたちの居る岸に下りなかったのは賢明な判断であった。
血の柱は、湖に倒れて、水しぶきをあげながら混ざり合う。
「なんなんだよ………コレ………」
少年は目の前の光景に、盛大に顔を歪めた。
血と、水が混ざり合い、出来上がったのは、血の湖。吐き気を催すほどの人血の水だった。
「この際だから言っちまうが、俺の能力は『血を操る』ってもんでな」
ヨミヤの開けた穴から、相変わらず血を垂らしながら、仮面の男―――カージナルは湖上に血の足場を作り、ヨミヤの前に現れる。
その様子は、先ほどとは違い、どこかスッキリとしたものになっていた。
「他人の血であれ、自分の血であれ、操れる。―――だがな、これはきっと、俺のイメージなんだ」
「うるさい………街で―――何をした?」
「まぁ、聞けって。―――俺は、お前を殺すためにどうすればいいか考えた。『もっと血がいる?』『なら街の人間全員ぶち殺せばその血で殺せるか?』『いいや、まだ足りない』」
仮面から覗く口元は、先ほどから歪みっぱなしだった。
「まさか………お前、オレを殺すためだけに………?」
「あぁ………お前の妄想は大体あってるかもなぁ? ―――あの街で俺は、目につく人間を全員殺してきた」
男の言葉におそらく虚言はない。
なにせ、少年は見てしまったのだから、逆巻く血柱を。人間であっただろう鮮血の塊を。
「お前………なんで、そこまで………」
「当たり前だ。―――お前の力は計画の邪魔になりかねない。あの方の悲願のためにも、何をしてでも殺すんだよ」
今までのふざけた口調はなりを潜め、男は鋭い殺気を放ちながら少年を睨む。
「―――話の続きだがなぁ………能力ってのは、要するに使用者の『認識』………イメージ次第な部分が多くてなぁ………こんなことも出来ちまう」
その時、ガージナルの背後にあった血のような水―――『血水』が一人でに立ち上り、まるで、巨大な蛇のごとく―――ヨミヤへ襲い掛かった。
「ッ!?」
咄嗟に風を使い、大きく後方へ飛ぶヨミヤ。
回避が間に合い、ヨミヤのいた地点には、血水によって大きく抉られた地面があった。
「嘘だろ………あれはあくまで『血の混じった水』じゃ―――」
「馬鹿言えよ。―――俺は、あんな赤い液体、『血』にしか見えないぜ?」
ガージナルは腕を組みながら、ハッキリとそう宣言する。―――そして、男のその発言に、少年の脳内で初めて、ガージナルの先ほどの話と現状が結びつく。
「………ふざけるなって言いたいのはこっちだよ」
要するに、少年の現状はこうだ。
赤く染まった湖全てを武器としたガージナルと戦わなければならない。
「さぁて、今度は全力で殺す」
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ゼルダの時オカ、水の神殿苦手だったんですが、ボスだけは大好きでした。