湖上の血闘 イチ
「『受容』というのは、受け入れること」
暗い部屋。その中には魔工具の技術で作られた『外の様子を映し出す』板が、何枚も壁に貼り付けられていた。
「今、魔族と人類が争う時代に、もっとも欠けているモノ………」
そんな暗い部屋にて、男は一人薄く笑っている。
「どうした? そんな『頭痛が痛い』みたいなこと言って」
一人暗がりで笑う男に、かかる声が一つ。
「シルバー。ほんの少しだけ私をバカにするような発言は控えなさいと日頃から言っているでしょう。他の機構員が動揺します」
男に声をかけた、『シルバー』と呼ばれた男は、『はいはい』と適当な返事を返す。
「それで? 何かあったんだろ?」
「………そうですね。『何か』というわけではなく、今、任務に出ているガージナルのことが少し気になっただけですよ」
「お前の勘はよく当たるけどなぁ………でもガージナルに何かあるってのか?」
『私にも分かりません。漠然と『気になる』程度ですし」
男の言葉に、シルバーは少しだけ考えたような仕草を見せて、
「わかった。俺が様子を見てくる。残った部下のことを頼むぜ」
「貴方はいつも頼りになりますね。部下のことは任せなさい」
そんなやりとりを経て、シルバーが闇の中に消えていった。
※ ※ ※
「おい、『本部』ってあんま行ったことがないんだが………どのくらいかかる?」
月が頭上に煌めく湖畔。その岸辺を粗末な馬車が走る。
馬車を駆るのは、ヨミヤを撃った男・レゲルと、悪魔族の男・シェベルだ。
「あぁ、魔族の方々は外の任務が多いですもんね。―――ここからだとおそらく一日とちょっとでつきますよ」
人間と魔族の奇妙な関係がそこにはあった。
「なんだ、一日もかかるのか………『メインプラン』の輸送なんて………責任重すぎて嫌なんだが………」
「しょうがないですね。潜入員のいる宿のうち、『メインプラン』が入ってきたのが、私の宿で、近くに身を潜めていたのが貴方なんですから」
暗闇の周囲には、魔獣の影もなく。ただ、二人の会話が聞こえるだけであった。
―――この瞬間までは。
「見つけた」
その時、風の鳴る音がした。―――レゲルがそう感じた時には、御者台で隣に乗っていたシェベルの頭は撃ち抜かれていた。
「ッ!!?」
すぐに周囲を見渡すレゲルは、しかし―――
「二人は返してもらう」
「ガっ―――!?」
上空から降ってきたヨミヤに、剣で心臓を貫かれた。
あまりの衝撃に、馬車を引っ張る馬は吹き飛ばされ、馬車は粉々に砕け散る。
「………」
ヴェールとシュケリが空中に放り出されたのを確認したヨミヤは、すぐに跳躍。
レゲルの胸に刺さった剣など捨て置き、二人を抱えてゆっくりと着地した。
「………」
意識のない二人をゆっくりと地面に下すと、二人の顔へ手を近づけて息を確認する。
「………息はある」
呟きながら息を吐き、身体の弛緩を解く。
―――いや、まだアイツがいる。
少年は、ガージナルの存在を思い出し、緩んだ身体を起こして、思考を回す。
―――きっと、アイツはすぐに居場所を突き止めてくる。―――一般人に見える敵まで出てきた。ならもう街にいることはできない。いっそこのまま『サール』に………
この時、少年は自身が重大なミスをしていることに気が付かなかった。
『ランスリーニ』には三つの出入り口がある。
湖とは反対の南口。
湖の岸辺を東に沿って進める東口。
―――そして、ヨミヤがガージナルを吹き飛ばした西口。
そして、シュケリたちを連れ去った男たちは、西口から出て、逃亡していたのだ。
つまり―――
「みぃつけたぁ」
刹那、どこからともなく跳んできたガージナルが、ヨミヤに向けてナイフを突きつけながら突進してきた。
「っ!? クソッ!!」
咄嗟に剣を構え、ナイフを受け止めるヨミヤだったが、あまりの力に、地面を削りながら後方へ。
―――止まらないッ―――!!?
そして、ついにカージナルとヨミヤは湖上へ突入し―――
「お前ぇ、器用だなぁ? さっきの風といい、サーカスでもやった方がいいじゃねぇかぁ?」
ヨミヤは、自分の足元に『結界』を展開し、水に沈むことなくガージナルを受け止めていた。
「―――ふざけるなクソ野郎」
閲覧いただきありがとうございます。
早いもので9月も終わりに近づいてきました。
つい一か月前まで年始だーなんて騒いでたのに…早い…