血だまりで笑う イチ
男の仮面は、口元だけが不自然に割れていた。
おかげで、無精ひげを生やした汚らしい口だけハッキリと視認できていた。
「さぁてぇぇぇ………ここまで来たってことは、俺の出番だなぁ………」
男は、屋根の上で、下劣に笑う。―――その眼下には、宿の室内で、何かを話し合う少年少女の姿が見える。
「へへ………男の方は殺してもいいもんなぁ………」
月光を背に立ち上がる男。足元に血まみれで転がる部下のことなど、欠片も気にもしてない。
「さぁ………お楽しみの時間だぁ………」
※ ※ ※
「殺させろォ! クソガキィ!!」
突如として割られた窓の、その向こうからやってきたのは、口元以外を仮面で覆う暗殺者。赤いタイツの上から、鮮血色の法衣のような衣装を着た男は、涎をまき散らす。
「下がってシュケリさんッ!!」
「は、はい………!!」
すぐにシュケリを立たせて、自分の背後に誘導し、窓から離れるヨミヤ。
―――他の奴らと様子が違う………ッ!!
乱入者であり、侵入者の男の恰好や雰囲気から、何かを察したヨミヤは、男に向け、熱線を発射。
「こんなの当たるかボケぇ!!」
しかし、男はその熱線を首を逸らすだけで回避。
「………じゃあこれをくれてやるよ!!」
続く、ヨミヤの攻撃は、熱線や風弾の嵐。―――乱入者の男ただ一人に向けて、魔法の波を放つ。
「ハッハッぁ!! なんだこれ斬新だなぁ!!」
男は、自身を害さんと迫る魔法を―――そのすべてを回避して見せた。
「ッ………化け物かよ………」
『領域』内にて、四方八方から飛んでくる魔法を避けることは『不可能』に近い。―――過去に、『領域』と戦った宮廷魔導士・ザバルとフェリアですら、対抗することは『できない』と判断し、『領域』外からの魔法の物量でヨミヤを倒そうとした。
だが、目の前の仮面の男はどうだろうか。
『領域』内にて、魔法の脅威に晒され尚、下卑た笑みを崩さない。
「しゃッはぁーッ!!」
肉薄されたヨミヤに迫る側頭蹴り。
「ッ!!!!」
咄嗟に頭部をガードするヨミヤ。
「飛んでけッ!!!!」
「っ――――――」
しかし、その力はヨミヤを遥かに凌ぐ。―――たまらず少年は部屋の壁に飛ばされ、激突した。
「がッ―――」
「ヨミヤ様ッ!!」
衝突した威力がヨミヤの身体を介して壁に伝わり、石造りの壁は網目状の罅を作る。
「いいねぇ弱くて。簡単に殺せる。―――が、先に仕事しねぇとなぁ」
頭部から血を流すヨミヤを確認した男は、首を回しながら―――シュケリへ顔を向けた。
「っ………!!」
少女の顔が青ざめる。
その時だった。
「っと………!」
男とシュケリを遮るように、男の頭上から四本の熱線が降り注ぐ。
それを、男は当たり前のように一歩下がることで回避する。
「どいつもこいつも、『負けた』だの、『弱い』だの勝手なこと言いやがって………」
少年は、頭から流れる血を整髪料に髪をかき上げる。
「………」
「はっ………」
そして、壁に立てかけてあった剣を手に取り、無造作に鞘から引き抜く。
「まだ『負けてない』から」
「チッ………だりぃガキだな」
予想外の少年の復帰に、舌打ちを隠さない侵入者。そして―――
「なら、『負けさせて』やるよクソガキ」
男は、次の瞬間、ヨミヤに一足で肉薄する。今度は、踵をヨミヤの頭に落とす気だ。
「やれるもんなら」
ヨミヤは、その踵を、半身をずらすことで避けて、拳を握る。
「爆発」
握った拳は義手。―――爆発で加速した拳が男の顔面を捉えた。
「ッッッ!!!」
今度は、仮面の男が反対側の壁まで飛んでいき、壁に亀裂を入れる。
「………」
そして、男は沈黙する。
「大丈夫? シュケリさん?」
「私は平気です。それよりヨミヤ様が―――」
「オレはいいの。まだ終わってないから」
「そ、それは………」
再び顔を引きつらせるシュケリを、再び自身の後ろに避難させる。
「ああああああああああああああぁぁぁぁぁ………」
刹那、盛大なため息が部屋に響き渡る。
「殺すの面倒なタイプかよぉ………基本的にお前しか殺せないのに………ツイてねぇ………」
むくりと起き上がる男。
「拳が当たる瞬間、首を後ろに回すことでダメージを最小限に抑えた………強い」
剣崎が真正面から迫ってくる『城塞』のような敵だとするなら、目の前の男はさしずめ『霧』。捉えどころがなく、攻撃がまともに当たらない敵。
今まで戦ったことのない脅威に、ヨミヤは苦虫を嚙みつぶしたような表情になる。
その時だった。
「お客様………? どうかされましたか?」
戦いの衝撃で壊れたドアから、宿の店主と思わしき人物がやってくる。
「な、なんですかこれは………!!」
そして、部屋の惨状を見て絶句する。
「………すいません。弁償なら後でいくらでも。―――だからどうか今は逃げてください」
店主に目もくれず、要注意人物である仮面の男に視線を集中させるヨミヤ。
それが良くなかった。
「いえ、それは出来ませんとも」
パァン………
そんな音と共に、ヨミヤの横腹に穴が開いた。
「………ぇ?」
状況の理解が追い付かない少年は、されど、異常をきたした身体は正直に地面に崩れ落ちる。
「ヨミヤ様ぁ!!?」
血だまりを作るヨミヤを、すぐさま助けようとするシュケリだが―――
「おっと」
人間の物とは思えぬ力で引っ張られた彼女は、あっさりとヨミヤの傍から引きはがされる。
「お前はこっちだ」
「っ!? う、ウソ………!?」
シュケリを掴んだのは、頭部に角を生やした種族―――悪魔族だった。
「頼みますよ。肝心の『メインプラン』。くれぐれも丁重に」
「わぁーてるよ。すぐに馬車に押し込んでアジトに戻る。―――それでいいですかカージナル様?」
「おうおう、さっさと連れてけ。―――あとは俺が殺る」
『カージナル』と呼ばれた仮面の男は、プラプラと手を振る。
「ま、魔族と、人間が………!? そ、そんな馬鹿な………」
「おい、行くぞ『メインプラン』。さっさと歩け」
「い、嫌です………!! よ、ヨミヤ様の治療を………!!」
腕を引っ張られるシュケリは必死に抵抗する。―――少年の元に駆けつけようとあがく。しかし。
「おや、『メインプラン』。あまり暴れるのは得策ではないですよ?」
宿の店主と思われた男は、懐から拳銃を取り出す。
「これは、『銃』といってね。『魔工具』技術で作られた最新の武器さ。―――これは、素人でも、簡単に生き物を殺すことができる―――愛しのクソガキが殺されるのを見てただろ?」
確かに、シュケリは目撃していた。用途のわからない筒状のものから、『何か』が発射され、少年の身体を貫くところを。だが―――
「………それで、私を殺すと? そうなれば、『メインプラン』は破綻しますよ?」
「ははっ、ご冗談を」
シュケリの言葉を宿の店主だった男は否定する。
「もちろん、そんなことはしませんとも。―――こんな武器で貴女が死ぬとも思えませんがね?」
「………っ」
男は、拳銃をわざとらしく見せびらかし、魔族の男が抱えていたもう一人の少女に銃を向けた。
「あなたが暴れれば、殺すのは、この『魔族』の少女ですとも」
そこには、長いグラデーションの髪を露わにしたヴェールが居た。
「ヴェールっ!?」
「なんの能力を持たぬ私でも、魔族を殺すことができる。―――技術とは素晴らしいですな」
「『メインプラン』。大人しくついてくる気になったか?」
「ッ………!!」
まさかの事態に、シュケリは歯噛みする。
「ヨミヤ様………、ヴェール………」
少女は、意識を失う二人を交互に見て―――
「めんどくせぇな」
刹那、カージナルがシュケリの腹部に拳を叩きこむ。
「かッ………」
人外の膂力に少女はあっさりと意識を手放した。
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