少女の告白
『ランスリーニ』。そこは、帝都が丸ごと入ってしまいそうなほど巨大な湖『リーニ湖』に隣だって栄える街。現在は、そんな綺麗な湖を月が静かに照らしていた。
時刻は夜。街の喧騒も少しづつ収まりつつある時間。
ヨミヤは簡素な石造りの部屋のベッドでぼんやりと天井を見つめていた。
「うーん………今度は二日の足止めかぁ………」
ハーディとの別れの後、次の乗合商業馬車を調べた結果、イルの向かったという街・『サール』へ向かう次の馬車は二日後だった。
そのため、現在は『ランスリーニ』にある、湖に近い宿屋で部屋を二部屋借りていた(シュケリとヴェールは隣の部屋)。
「………早くヴェールをイルさんの所に帰さないと」
ここのところ、何もない時間があると、ヨミヤが考えるのはヴェールとシュケリのこと。
よく考えれば、ヨミヤは人二人分の命の責任を負っている。―――自分の失敗が二人の不幸に繋がりかねないこの状況に、腹の奥底に重圧を感じるのだ。
「………」
そうなると、少年はジッとはしてられない。
たまらず探知を行うと、自分の部屋の前に反応があった。―――それに気づくと同時に部屋のドアがノックされる。
「ヨミヤ様………入ってもよいですか?」
「どうぞ」
ヨミヤの声に、訪問者―――シュケリはおずおずと扉の影から顔を出した。
「どうしたのシュケリさん? ―――なんか珍しいね?」
ヨミヤは入ってくるよう合図を出しながらベッドから立ち上がる。
一方、シュケリは、ヨミヤの合図に、ゆっくりと入室し、ヨミヤに誘導されるままそっと部屋に備え付けてある机に座る。
「―――…………実は、お話ししたいことがあって」
「………聞こうか」
シュケリと同じ机に座るヨミヤは、彼女のその言葉に、確かに耳を傾ける。
「…………………」
「………」
しかし、薄暗い部屋は、静寂に包まれる。
「………」
ヨミヤは知っている。―――シュケリは言いたくないぐらいの事情を………おそらく抱えている。
『何か』を知っているにも関わらず、今まで彼女は頑なに秘密を話さなかった。―――そこになにか『言えない』ほどの何かがあるのだろう。
「………………」
「………」
少年は彼女の顔をしっかりと見つめ、待つ。―――そして、
「………ヨミヤ様は、『魔獣』について、どれほどのことをご存知でしょうか?」
「………へっ?」
少女から出た話題は、まさかの『魔獣』に関することだった。
「え、えっと………魔族とは別の、『人類と敵対する存在』って程度の知識かな。―――正直、よくわからない」
いきなりの話に、動揺を隠せないヨミヤだったが、とりあえずシュケリの質問に答える。
「左様でございますか………………」
どこか迷いのある感情を滲ませながら、シュケリは俯きながら言葉を続ける。
「彼ら『魔獣』とは、『大気中の魔力により、突然変異したもの』の総称でございます」
自分の手と手を合わせながら、まるで祈るようにシュケリは顔を上げた。
「『魔力の塊として突然出現するもの』、『野生動物が濃い魔力に充てられて突然変異するもの』、『死体や、無機物が濃い魔力に晒され、動き出したもの』………その種類は様々でございます」
「えっと………それは知らなかった………教えてくれてありがとう………」
シュケリの真意がよく分からないヨミヤだが、それでも、頑張って彼女の話を聞き続ける。
「…………………」
「………」
「………………」
「………」
そして、彼女の長い長い、沈黙が再び部屋の空気をせき止める。
やがて―――
「…………………そして、『汚らしい泥水』から生まれる魔獣。それが、『ウーズ』でございます」
「『ウーズ』………?」
この世界の魔獣について、『スケルトン』という名前だけは、ヨミヤも聞いたことがある。―――しかし、少年の知識の中に『ウーズ』という単語はなかった。
聞き慣れなかった。
少女は、その時のヨミヤの困惑の表情を見て、少しだけ驚愕―――否、絶望したような顔をして、やがて、目を伏せて言葉をひっそりと続けた。
「わ、わたし………わ、た………し………は………」
必死に、懸命に言葉を紡ごうとして、―――けれど、少女は言葉を紡げなかった。
「うっ………うっうっ………ううぅぅぅぅぅぅ………」
想いを堰き止めた少女は、涙を流す。
想いの、真実の、―――その代わりと訴えんばかりに、雫をポタポタと机にはじけさせる。
「………無理はしなくていいよ。―――オレ、シュケリさんを守るから」
ハンカチなど持っていない気の利かない少年は、それでも、嗚咽を漏らす少女の背中をそっとさする。
「なぜ、です………」
そんな少年に、少女はボソッと呟きを漏らす。
「なぜ、こんな得体の知れない私に………ここまで優しくなれるのです………」
「………」
その声は、少しずつハッキリと大きくなっていく。
「私があの屋敷に居なければ、私が貴方について行くと言わなければ、私が最初からすべてを話せれば………私が、私が、私が、」
戻れない過去に、少女は言葉をつなげる。
「私が居なければ、あの人は不幸になんてならなかったのにッ!!!!」
ヨミヤには、シュケリがいつ、どこの、誰の話をしているのか理解はできなかった。
でも、きっと、少女は自分の存在が許せなくなっているのだろう。―――それだけ、たったそれだけは少年にも理解できた。
「シュケリさんが、誰の話してるのか分かんないけどさ、」
ヨミヤは、自身のイスを、シュケリに近づけて、その隣にゆっくりと座る。
「オレ、この旅さ―――楽しかったよ」
少年は、流れる涙に、人差し指を添えて―――彼女の涙をぬぐう。
「シュケリさんに会って、何度もご飯を勝手に食われてさ………そのたびにちょっと申し訳なくなってるシュケリさんも面白かったし」
「ぁ………」
「ヴェールなんて、シュケリさんにべったりじゃん? ―――オレとヴェールだけだったら、もっと暗い旅になってたよ」
「………」
「ハーディさんも言ってたじゃん? 『アタシから会いに行く』って」
それは旅の記憶。
二週間にも満たない旅。―――けれど、その日々は確かに充足していた。
互いが、互いに、『想い』を刻む程度には。
「過去に何があって、何が言えないのか分かんないけど………シュケリさんが『居ない方がいい』なんて思ってる人間なんて、どこにも居ない。その事実は誰であっても否定させない」
ヨミヤの言葉は、視線は、まっすぐにシュケリを射抜く。
「………なんでですかソレ」
そのとき、泣き崩れていたシュケリが、相変わらず涙を浮かべたまま、―――ほんの少しだけ微笑んだ。
「………」
そして、少しだけ下を向き―――やがて、少女は前を向いた。
「私―――――――」
その時だった。
突如として、部屋の窓が割られたのは。
閲覧いただきありがとうございます。
週刊誌掲載されてるマンガの最後のページって、めちゃめちゃ続きが気になりますよねぇ。




