旅路:彼女の夢
「『天よりの雫』」
時刻は夕刻。
ほんの数刻馬車を走らせた乗合商業馬車は、本日の野営場所である『ラエ村』に到着する。
いつもとは違い、村の広場に焚かれている篝火の近くで、シュケリはハーディの治療を受けていた。
「………人攫いなんて、本当にロクでもない話ねぇ」
「はい………オレがもっとしっかりしていれば………」
「ヨミヤは悪くない! 悪いのはアイツらだよ!!」
「そうでございますね。ヴェールも、私も何一つとしてヨミヤ様が悪いなんて思っておりません―――むしろ、助けに来てくれたとき………とても安心いたしました」
フッとヨミヤに微笑むシュケリ。ヴェールも、そんな彼女に追随して、コクコクと頷いている。
「そうねぇ。流石にたまたま入ったお店がそんな場所だなんて想像つかないわよ」
ヨミヤは三人の顔を順に見回し、少し笑い『そっか………』と口にした。
「さてさて、シュケリちゃんの治療も終わったし………『大道芸』でもみる? なんか一緒にその一座が乗ってるらしくて、今夜特別公演してくれるらしいわよ?」
「ホント? 私気になる!」
「よいですね。是非行きましょう」
「………」
女性陣は、そんな話題で盛り上がりながら、大道芸の一座が公演を行う別の広場へ歩き出す。そんな彼女ら後ろ姿を、ヨミヤはぼんやりと眺めた。
「………………もう、どうでもいいって思ってたんだけどな」
町での騒動で、ヨミヤは自身の心情について―――驚いていた。
二人を攫われたことに、シュケリを傷つけられたことに―――なにより、みすみす二人を奪われた自分に激しい怒りを覚えた。
その怒りは、『相手が死んでも構わない』と暴力を振うほど強いものだった。
「………皮肉だねぇ」
帝都での剣崎との戦い。―――あくまで自身に向けられた仕打ちに怒りを見せていた自分を思い出し、ヨミヤは薄く笑った。
「ヨミヤ様?」
ふと、シュケリが自身の顔を覗いていることに気が付いたヨミヤは、ゆっくりと顔を上げた。
「一緒に行きませんか? 私、『大道芸』がどのようなものか、興味があります」
「ははッ………、いいよ。オレも一緒に行く」
『知らぬことばかり』と嬉しそうな桜色の髪の少女に、ヨミヤは素直に追随した。
※ ※ ※
『おのれぇ………勇者めぇ………』
『終わりだ魔王!! 我が伴侶は渡さんぞ!!』
『こうして、勇者の伴侶を奪いに帝都までやってきた魔王は、見事、勇者に打ち取られたのでした』
大道芸一発目は、演劇であった。
内容は英雄譚。―――といっても子供向けのもので、ヴェールや他の子どもたちのみ、大騒ぎしている。
「なんていうかぁ………真正面から敵の本拠地に乗り込んで………間抜けな魔王だったわねぇ」
「ええぇ! 魔王は正々堂々と戦ってかっこよかったもん!!」
『勇者の方が、仲間と一緒になって戦っててズルかった!』なんて熱く語る横で、ヨミヤは一人、額に青筋を浮かべていた。
というのも、この話は事実であると、事前に話があったのだ。
曰く、『実際にこの間帝都であった事件を参考にしている』という。
曰く、『異世界からの勇者を魔族の手先が襲撃』したという。
曰く、『魔王役の暗殺犯は今も逃亡中』とのことである。
それらの話を聞いた観客は、皆が指名手配中の暗殺犯のことを思い出していた。―――そんな中、暗殺犯その人………ヨミヤは苛立たしげに劇を眺めていたのだ。
「『勇者の伴侶』………『打ち取られた』ァ………?」
そんな少年の横で、ほんの少しだけ事情を知るシュケリは『どうどう』と怒りの魔王と化した少年をなだめていた。
「あくまで創作ですので、どうか怒りを収めてくださいなヨミヤ様」
「収められるワケないだろう………? だいたい、あの事件は誰が原因だと………しかも負けてないし………負けてないし!!」
「そうでございますね。事情は深く聞きませんが、ヨミヤ様は負けておりません。ヨミヤ様が負けるハズございませんとも」
「ヨミヤ、なんで怒ってんの?」
そんな怒りの形相の少年をみて、ヴェールは不思議そうに首をかしげる。
「………………………なんでもない」
歯をギリギリとしながらも、ヴェールの前では何とか平静を保とうとするヨミヤ。
「………ヨミヤ様ならば、勇者にも負けないって話ですよヴェール」
「なんで創作の勇者に対抗心燃やしてんのよぅ?」
「うるさいですよっ、別になんでもいいでしょうっ」
『プイッ』と擬音が聞こえてきそうな挙動でそっぽを向くヨミヤに、ハーディは酒を飲みながら不思議そうな顔をしている。
「…………………でも、」
珍しい態度のヨミヤにキョトンとしていたヴェールだったが、不意に満面の笑みを作った。
「ヨミヤだったら間違いなく勇者に勝てるよっ!」
「ヴェール………」
『しゅっしゅっ』とファイティングポーズをとるヴェール。
「………」
「ちょっ―――」
そんな彼女の頭をヨミヤは無言で撫で続けた。
「無言で撫でないで怖いからぁ!!」
ヴェールの叫びをよそに、芸は続く。
『座長』である男が舞台の端に現れ、次なる演目を告げる。
『続いては踊り子達による舞踏でございます。心行くまでお楽しみください』
『座長』が速やかに舞台袖にはけると、今度は座長が消えた袖とは反対側から煌びやかな踊り子たちが現れる。
同時に、音楽隊による演奏が始まる。
踊り子たちは、一様に、ビキニのような服に、くるぶしまである長いスカートを履いている。
子どもには刺激の強い格好であるが、注目すべきはビキニではなく、スカートの方だった。
「うわぁ………キレイ………」
スカートは半透明で、キラキラとした素材で出来ており、その素材の色が踊り子によって違う。
そして、踊り子たちは、そのスカートを指でつまみ、輝く裾を華麗に振り回しながらステップを踏んでいるのだ。
「はぁ………きれいねぇ………」
それは、様々な色の『光』そのものが舞っているような、そんな光景だった。
「………………」
舞い散り、飛び交う『光』達に、シュケリは一人心を奪われていた。
―――私は、知ってる。この輝きを、この舞いを
「すごいねシュケリさん」
「………」
「シュケリさん?」
気づけば、心奪われた少女は、舞台に向かって駆け出していた。
「お姉ちゃん!?」「シュケリさん!?」
仲間の声など、遠く、ただ、心のゆくままに走り、一息で舞台に飛び乗っていた。
―――踊り子達に交じり、舞っていた。
予想外の出来事に驚愕の色をにじませる踊り子の少女達だったが、共に舞い始めた少女が華麗に踊れることを悟ると、彼女を受け入れ―――そして、動き出す。
気づけば、少女は舞台の中心で、誰よりも綺麗に、美しく舞う『踊り子』になっていた。
「………あの子、踊れたのねぇ」
「お姉ちゃん………綺麗………………」
「………」
乱入者であるはずの少女。―――そんな彼女に、確かに、その場の全員が心を奪われた。
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半透明の素材って綺麗ですよねぇ。




