旅路:旅の隙間 サン
「遅いなぁ………」
既に、服屋に入って三十分程経っている。
ヨミヤは時間が経ちすぎていることに疑問を覚えながら、それでも、服を眺めながら二人を待つ。
ちなみに、ヨミヤが『遅い』と思っているのは、ショッピングが長いことなどではない。―――少年は、アサヒと地獄の六時間アパレルショップ巡りに付き合わされたことがあるので、これしきで音を上げたりしないのだ。
少年はシュケリとヴェールが、店員の女性に勧められて、試着室に入ったことを知っている。………だからこそ、服を着るのに、そんな十分もかかるのかと思っているのだが―――
「この世界の服って、なんか複雑だし………そうゆうこともあるのかな………」
そんな独り言で自分を納得させ、ヨミヤは仕方なく二人を待つことを決める。
のだが―――
「………」
さらに待つこと二十分。
「さすがに遅すぎる」
全く出てくる気配がなかった。
「………仕方ない。―――覗き見たいでやりたくなかったけど」
ヨミヤは静かに探知を再現。試着室の二人の様子を探ることにした。
「………いない?」
が、目の前の試着室という名の部屋に人の反応はない。
むしろ、今この建物には、ヨミヤともう一人の反応しかない。
「………いや、違うな」
何かに気づくヨミヤ。
とりあえず魔法を収め、ヨミヤは会計を行うカウンターまで赴く。
「すいません。他の二人が試着室から出てこないんですけど。―――何か知りませんか?」
声をかけるのはカウンターに腰を掛ける恰幅のいい男性だ。―――二人を試着室に案内した女性店員の姿はヨミヤには確認できなかった。
「知らねぇな。先に出て行っちまったんじゃねぇか?」
暇そうにカウンターに頬杖を突きながら、男性は鼻の頭を掻く。
「そうなんですね」
ヨミヤはそんな男性の様子を確認して―――
男の首を掴んで、引き寄せた。
「嘘をつくなら相手を選べよ」
「がッ………あッ………」
男は苦しそうに、ヨミヤの手を掴む。しかし、万力のような少年の手は、男を放すことはしない。
「待ってたんだ。二人が出てくるのを見逃すはずないだろ。それに―――」
力を緩めることもないまま、ヨミヤは男をカウンターから引きずり出し、今にも相手を射殺しそうな眼光で男に顔を近づけた。
「なんでこの店の地下に人間の反応がある?」
「ッッッ………!?」
刹那、男の顔が驚愕に彩られる。
「吐け。―――二人はどこだ」
「じ、じらな―――」
「嘘はやめた方がいい。―――黒焦げになりたくなければな」
必死に呼吸をする男の顔………その真横にヨミヤは巨大な火球を浮かべて見せる。―――それだけで、男の顔は見る見る青ざめていく。
「正直に話す気になった?」
先ほどの怒気をサラリと隠したヨミヤは、男へ問いかける。男も、そんなヨミヤへコクコクと首を振る。
※ ※ ※
「ん………」
ヴェールは、妙に冷たい床の感覚に目を覚ました。
―――私は………
直前の記憶を辿り、霧がかかる脳内を晴らす。―――そして、自分が何者かに捕まったことを思いだす。
「ッ!!!!」
ヴェールは飛び起きる。
「邪魔だこのクソ女ァ!!」
そして、ヴェールの目覚めと共に、彼女の元に、シュケリが飛んでくる。
「!? お姉ちゃん!!?」
立ち上がろうとして、すぐに両手が拘束されていることに気が付くヴェールだが、鎖につながれていないことをいいことに、すぐにシュケリに駆け寄る。
見れば、シュケリの顔は、いくつもの傷が出来上がっており、奴隷経験のあるヴェールはすぐにその傷が殴られてできたものだと理解する。
「ヴェール………起きましたか………危ないので私の後ろに………」
「何言ってんの!? お姉ちゃんだってボロボロじゃん………ッ!!」
シュケリは口元を拭いながら、フラフラと………それでも立ち上がる。
「おう、やっと起きたか魔族のガキんちょ」
そこへ、腹の出ている禿頭の男が現れる。
「聞いてくれよガキんちょ。そこのねぇちゃん、お前を連れて行こうとしたら散々邪魔すんだよ~。お前から『邪魔すんな』って言ってくれねぇかぁ?」
禿頭のデブは、甲高いふざけた口調でヴェールへ話しかける。
そんな男に、苛立ちを隠せないヴェールだったが………そこで初めて、自分の帽子と眼鏡がないことに気が付く。
「………ッ!」
賢い少女はそれだけで状況を理解してしまう。
つまりは、ヴェールが『魔族である』と気づいた誘拐犯が、ヴェールを奴隷商か何かに売ろうとしたところを、シュケリが必死に庇っていたのだ。
「わ、私は魔族じゃない!! だからお姉ちゃんにこれ以上手を出さないでッ!!」
必死の訴え。
実際に、高魔族でなくとも、ヴェールに近い髪色にする人間もいるだろう(少数派ではあるだろうが)。瞳の色がオッドアイになる人間もいる。しかし―――
「関係ねぇな」
「っ!?」
禿頭のデブは、ヴェールの言葉を一蹴した。
「たとえ『人間』だろうと、『魔族』って言って売っちまえば関係ねぇんだよ。―――俺らは金が欲しいだけさ」
禿頭の男は、口が裂けたように笑みを作る。
「………………ッ」
ヴェールはこの瞬間、確かに、自分の背中に悪寒が走るのを感じた。
悪意。
底のない悪意が再び少女を襲う。
「あ、ぁぁぁぁ………」
ヴェールの手は、足は、身体は、過去の傷を想起し、震えをきたす。―――そして、次第に身体を支えることが出来なくなって、少女は後方の壁によりかかった。
「おいおい、ガンダが脅すからビビっちまったよ!」
「お~お~、可愛いでちゅね~」
そんなヴェールを見て、禿頭のデブの後ろに居た男たちは笑い出す。
「自分がどうなるかわかっちまったんだなぁ、かわいそうに………まぁ、知ったこっちゃないがな」
禿頭のデブも笑い出し、冷たい石造りの部屋は悪意の笑いに支配される。
しかし―――
「そうですね。『人間』でも『魔族』でも関係ありません」
シュケリは、男たちの笑いの中でも、確かに通る声で、ハッキリと告げた。
「ヴェールはヴェールです。―――貴方がたのような野蛮人に………彼女は渡しません」
フラフラと、それでいてしっかりとした足取りでシュケリは禿頭のデブの前に立ち塞がる。
「………お、ねえ………ちゃん………」
その背中は、薄暗い部屋のなかでも、確かに光を背負っていた。―――その事実に、現実に、ヴェールの瞳は次第に潤みだす。
冷たい石造りの部屋は、すでに一人ではなかった。
「うっ………う、うぅぅ………」
少女の瞳に涙が浮かび、そして、温かな雫が少女の頬を撫でた。
「はっ………別に、魔族一匹売れれば大金は手に入るし………一人殺しても問題ねぇよなぁ!!」
『興覚め』だと言わんばかりの男は、首を鳴らし―――勢いよく手を振り上げた。
刹那、部屋の後方が爆裂した―――
閲覧いただきありがとうございます。
今日はいつもと違う場所で書いてるため、腰が超絶痛いです。