旅路:馬車とエルフと少年少女 サン
飛行型の魔獣が襲来した翌日。
「………………」
「………」
「うー………」
ヨミヤの乗っている馬車で、三人は会話もなくただ黙っていた。
―――決して喧嘩をしたわけではない。なぜなら、鼻をつまんでいるヴェールも含め、三人の視線は一か所に集中いるからだ。
「うーん、やっぱり昼間から飲むお酒はさいこぉね」
三人の視線の先には、酔っぱらいのエルフがいた。
「………あなたがなんでココにいるんですか」
「えぇ~? ココのほうが面白そうだったからぁ?」
「………………そうですか」
木製のスキレットのようなもので酒を飲んでいる飲酒エルフ。
慣れないお酒のきついニオイに、ヴェールは顔をしかめている。
「う”~………お酒くさいぃ………」
乗合商業馬車では、連れ同士は一緒の馬車に乗せられる。しかし、そこに他の客が乗ってくることもある。
『乗合』なのだから、そこに文句をいうわけも行かない。
「あの………ヨミヤ様。この方は………?」
「わかんない」
「そ、そうですか………」
若干投げやりになってしまうヨミヤだが、隣で困った顔をしているシュケリをみて、ため息をついて、目の前のエルフに再び視線を送る。
「別に一緒に乗るのはいいんですけど………せめて自己紹介ぐらいしてくれてもいいんじゃないですか?」
「あれぇ~? そっか、まだ名乗ってなかったかぁ! ごめんねー、おねぇさんお酒に頭やられちゃって記憶が定かじゃなくてねぇ」
エルフは、そんなことを言いながらも、相変わらずスキレットから酒を飲んでいる。―――『プハァ』とスキレットから口を放すと、大きく手を挙げて名乗りを上げる。
「はぁーい! アタシはハーディ・ペルションって言いまぁす!」
「はぁ………オレはヨミヤ。シュケリさんに、ヴェールです」
「よろしくお願い致しますハーディ様」
「………」
ヨミヤが二人を紹介すると、シュケリは丁寧にお辞儀をして、ヴェールは少し戸惑ったような顔でシュケリの袖を引っ張っていた。
「それで………一体何が目的なんです?」
『ハーディ』と名乗るエルフの正面で、腕を組むヨミヤはおもむろにそんなことを尋ねる。
「あー………」
すると、ハーディはほんの少し迷ったような顔を見せ、そして、
「あなたのこと、知りたくて………」
ローブを肩までおろし、タンクトップの胸元を人差し指で引っ掛けながら、妙に色っぽい声でそうヨミヤに迫る。
「おー………これは………」
「へっ………? シュケリさん?」
シュケリは、二人のそんな様子に何かを察したのか、少しだけヨミヤとハーディと距離を放し、自分の膝の上にヴェールを乗っけた。
「ねぇ………あなたのこと………教えてくれる?」
「………あのですね」
両目を閉じて、右眉をヒクつかせるヨミヤ。
シュケリは、これから起こることに興味が深々なのか、いつもよりその義務的な瞳に、熱が灯っているように感じるヨミヤであった。
「これから生命の神秘が………」
「ちょっ………シュケリさぁん! 何も見えないし聞こえないよぉー!!」
ちなみに、教育によくないので、ヴェールの目と耳はシュケリがしっかりとガードしている。
「はぁ………」
ヨミヤは、ため息をつくと、胸元に引っかかるハーディの手を元にもどし、ローブをしっかりと着なおしてあげる。
「ありゃ、アタシじゃダメなんだ?」
「初対面でお酒臭くて、ゲロ吐いて、頭突きかましてきた人にそんな気が起こるわけないでしょ」
「………頭突きはお互い様じゃぁん」
ハーディが心なしか涙目になっているように見えたヨミヤだったが、そんなことに構いもせず、『それで』と少年はエルフに先を促した。
「えっとね」
酒が抜けていないながらも、ヨミヤに視線を向けるハーディ。
「ヨミヤ君の能力が気になったから、よければ教えてほしいなぁって!!」
先ほどのふざけた態度とは異なり、今度は子どものような純粋な瞳でヨミヤを見つめてくるハーディ。―――先ほどとは違いすぎる彼女に困惑しながらも、ヨミヤは口を開く。
「他人に能力の詳細を教える………それがどれほどリスクのあることか………理解してるんですよね?」
『身体能力補正』や、『魔力増強』など、比較的保有者の多い能力ならまだしも、ヨミヤの『領域』や、得意魔法をハッキリさせてしまう『適正』系の能力は、その人物の戦い方に直結してくる。
しかし、ハーディもそれは承知をしているのだろう。『それはそうだよねぇ!』なんてふざけながら言葉を紡ぐ。
「もちろん、タダで………とは言わないよ。―――アタシ、これでも魔法には詳しくてね。対価は『知識』ってカンジ」
「魔法の知識………」
その提案は、正直ヨミヤには魅力的に映る。
なぜならば、普段は魔法で戦っているヨミヤは、魔法自体の知識は無いにも等しい。これまでも、使える魔法を『領域』で再現して、その場その場を繋いできた。
しかし、ヨミヤには彼女がどの程度魔法に詳しいのかわからない。
おそらくヨミヤより魔法には詳しいのだろう。それは少年にもよく理解できている。しかし、それが少年に毛の生えた程度の知識量だった場合、それは自分の能力を教えるのに値するのかと、少年はそう考えてしまうのだ。
「………」
顎に手をあてて考えに耽る少年。
ハーディはそんな少年をジッと観察している。
そんなヨミヤだったが………不意に『あるもの』の存在を思い出し、カバンを漁り始める。
「あったあった」
取り出すのはウラルーギより返却された魔導書………『血の一本角』が所持していた魔導書だ。
「これ、魔法に詳しい人が解読しきれなかった魔導書です。―――これが解読できるなら、ハーディさんの取引………乗ります」
「へぇ………古そうな本」
ハーディは本を受け取ると、静かに中身をめくる。
「………」
「「「………」」」
静寂が馬車内を支配する。
ダメ人間のように酔っぱらって人に絡んできたと思えば、子どものようにキラキラとしゃべり始めて―――今はまるで一枚絵のように静かに、優雅に本をめくっている。
そんなハーディの様子に、ヨミヤも、シュケリも、ヴェールですら見とれていた。
「………」
すると、おもむろにハーディが本の表面をなぞり始める。そして―――
「炸裂する長剣」
突然、魔法名を発声。
「!!?」
キィンと魔法が構成される音が響き、ヨミヤが天幕の外へ顔を出す。
「これって………」
そこには、『血の一本角』との戦いで見た、魔法で作られた剣が浮遊していた。
「うーん………コレ、難しいねー………あっ」
次の瞬間、魔法の剣が遥か彼方に射出される。
「………………なんで飛ばしたんです?」
「………ミスった!」
飛ばされた剣は、遠くの水辺に着弾したのだろう。盛大な爆発音と共に巨大な水柱が立ち上がった。
その後、謎の爆発に大騒ぎする乗合商業馬車の関係者に事情を説明するのに苦労するヨミヤであった。
閲覧いただきありがとうございます。
最近、ここに書くこともなくなってきたなぁと感じる今日この頃です。