旅路:馬車とエルフと少年少女 イチ
『バーガン』乗合商業馬車の待合所。
ヨミヤ達が入ってきた入り口とは反対側にある、大通りと垂直に交差している比較的大きな道だ。
道の端には、停留所がいくつも立ち並んでおり、その停留所ごとに植えられている小さな木に、行先の書かれた看板が張り付けられていた。
「ヴェール。お母さん、見つかるといいね」
「うん………」
ヴェールに話しかけるヨミヤ。
出会ったころのシュケリの発言で、ヨミヤに警戒していたヴェールだったが、さすがに、この数日で目の前の少年が自分に危害を加えないと理解したのか、今では普通にコミュケーションを取るようになっていた。
「ヨミヤ様、なんだか髪も白くなって………片眼鏡までかけてると………まるで別人ですね」
『ネラガッタ商会』をでてから、今までジッとヨミヤのことを凝視していたシュケリは不意に、そんなことを言い出す。
それはひとえに、今のヨミヤが普段の姿とは違い、ウラルーギにもらった変装アイテムで変身しているからだろう。
今はシュケリの言う通り、白い髪に片眼鏡をかけている。
「そうだね。………でも、髪が白くなると、なんだかおじいちゃんみたい!」
「え”………そんな老けて見える?」
「うん!」
「大丈夫ですよ。………ぎりぎりイケメンなおじさん程度かもしれません」
「オレ、まだ十代なんだけど………」
そんな会話をしていると、通りの奥から何台も馬車の連結した乗り物―――乗合商業馬車がやってくる。
目的地が目的地なだけに、三台の馬車が連結している車両?が後ろにいくつも控えていた。
「スゲー………」
「うわぁ………」
「これが乗合商業馬車………」
元の世界には存在しないものに、ヨミヤがさすがに感嘆していると、先頭の馬車より、一人の男性が下りてくる。
「どうも。この馬車は『ランスリーニ』行きですが、お間違いないですか?」
男性の言葉にヨミヤは頷き、目的地までのお金を支払う(料金の中には、護衛代や、食事代も含まれているので、結構なお金がかかる)
「では、この馬車にお乗りください」
お金を払うと、ヨミヤ達は男性の乗っている馬車のすぐ後ろの馬車に通される。少し視線を回せば、ヨミヤの乗る馬車の後ろにも、馬車が連結されており、他の街から来た乗客が見えた。
「先にヴェール、シュケリさん乗って」
「ありがとうございます。では失礼して………」
「ありがとう!」
ヨミヤがそうやって二人を先に馬車に乗せていると―――
「まってぇぇぇぇ………」
「………」
妙にフラフラした―――千鳥足とでもいうべきか………そんな足取りの女性がどこからともなく現れた。
腰までの栗色のボサボサの髪に、短パンタンクトップの上に真っ白なローブを羽織った女性だ。
しかし、ヨミヤの目を引いたのは、彼女の耳。
「………エルフ?」
そう、千鳥足の女性の耳は、元の世界の創作物でよく見た形。―――耳がとがっていたのだ。元の世界の創作では『エルフ』と呼ばれていた種族の特徴そのものだった。
「エルフ!?」
ちなみに、先ほどまで冷静に接客してくれていた男性は、エルフの女性の登場で腰を抜かしていた。
その反応から、この世界ではエルフは珍しいものだと認識するヨミヤ。
「アタシもぉ、らんふりーににぃ、行きたいんですけどぉ、いいですかぁ」
「え、えぇ………こちらとしては、料金さえ払っていただければ………」
「んーん。お金ぇ………持ってない!」
フラフラの女性は、妙なテンションで手を元気よく振り上げる。
そんなエルフの女性に男性は、若干冷ややかな目を向ける。
「では、馬車に乗せることは―――」
「あぁ、でもぉ、これあるよぉー」
女性は男性の言葉を遮りつつ、ポケットから高そうな指輪や宝石類を一杯取り出す。
「さっきぃ、変な奴らがいたからぁ、懲らしめたらくれたの!」
女性は、そういうと、男性の手に、その宝石類を適当に渡す。
一方、男性はそれをすべて受け取ると、目を輝かせる。
「では案内いたします!!」
「あ、ちょっとまって―――」
しかし、女性は突然真面目な口調になり、その場で立ち止まる。
「急に走ったから………吐き気が―――ウォロロロロロロ」
吐いた。
路上に、たくさん。
「………」
何となく成り行きを見守っていたヨミヤ。流石の少年でも、目の前の嘔吐エルフにドン引きしていた。
「うはー! すっきりした!」
「ご案内します………」
心なしか声のトーンを下げる男性。
エルフの女性はそんな男性の様子に気づくこともなく、相変わらずフラフラな足取りで歩き始め―――
「わっ………」
「え………」
路上の石に躓き―――ヨミヤの方へ転んでくる。
「あぶなッ………」
少年は慌てて受け止めようとして、
ゴンッ!!!!
という鈍い音と共にエルフの女性と頭をぶつけ合った。
「ぎっ………」
そして、女性の下敷きになるように倒れる。
エルフの女性の控えめな胸部が少年の身体に触れて―――
「くっさッ!!??」
「ヒドイッ!?」
ナニを意識する間もなく、嘔吐の独特のニオイと、酒臭さが鼻を刺激した。
思わず飛び出た率直な言葉に、エルフの女性も涙目であった。
「お客様!! 大丈夫ですか!?」
「あ、あぁ………大丈夫です。―――立てます?」
「うぅ~………ヒドイこと言われたぁ………」
手を差し伸べるヨミヤ。女性の方は、文句を言いながらも、しっかりというか、ちゃっかりというべきか、少年の手を取り立ち上がる。
「って、アタシくさっ!?」
「「………………」」
ヨミヤと男性は、共に半眼で酒臭嘔吐エルフを見つめた。
「ちょっとやだなぁ………」
女性は、そんな呟きを落とすと、腰に差してあった鉄の本を取り出して、ページをめくる。
「『清流』」
ページをなぞりながら、魔法名を口ずさむと、キラキラとした光の粒子が彼女をつつみ―――女性を覆っていた激臭がウソのように消え去った。
「魔法………」
今まで何度か目にしてきた、『呪文』を使わぬ魔法の発動。
それを目にしたヨミヤは、少しだけ目を見張る。
「じゃあね少年。―――また迷惑かけたらごめんねぇー」
エルフの女性は、そういうと、男性に連れられ、後方の馬車へ乗り込んでいった。
閲覧いただきありがとうございます。
ダメですよ。初対面の人に『臭い』なんて言ったら。