旅立ち・再会 サン
「おぉ、ヨミヤ様!」
日も沈み始める時間帯。
ハグラに忠告を受けたヨミヤは、彼の案内で、商会内にある客室にシュケリ・ヴェールと共に向かっていた。
そんな彼らが、商会の入り口………販売スペースになっている広間を通りかかると、少年を呼ぶ声が響いた。
「―――ウラルーギさん!!」
手入れの行き届いた茶髪に、汚れ一つない緑のジャケットの男性―――ウラルーギが朗らかにヨミヤを呼んでいた。
ヨミヤも、久方ぶりの再会に、思わず小走りになり、ウラルーギに駆け寄る。
「ご無沙汰してますウラルーギさん!」
「ヨミヤ様こそ。ご無事で何よりでございます」
ウラルーギは飾りっ気のない笑みで少年に右手を差し出す。
少年は、その手に気が付くと、すぐに左手を出し、彼の手をしっかりと握った。
「積る話もあるでしょうが、まずは客室に荷物を置いてゆっくりしてください。―――もうじき夕食ですので、準備が出来次第、お声かけ致します」
「わかりました。………連れのことも気になっていたので………今はお言葉に甘えさせていただきます」
その言葉に、ウラルーギは視線を後方の桜色の髪の少女と、白髪の幼女へ移した。
「………………いつの間に一児の父ですか?」
ヨミヤが異世界に来てからの事情や、帝都でのヨミヤの戦いを知っているウラルーギは、頭の上に『?』のマークをたくさん浮かべる。
「………色々事情があるんです」
頭の中に浮かんでくる突っ込みを必死に抑え、ヨミヤはなんとか冷静さを保ったのだった。
※ ※ ※
「なるほど、そんなことが………」
長い食卓テーブルが部屋の六割を占める部屋。そこへウラルーギ、ヨミヤ、シュケリ、ヴェールが座っていた。
ハグラは、一人、ウラルーギの後方で腰に剣を差して、立っている(ウラルーギに一緒に食事をとるように言われたが、頑なに食べなかった)。
「ただでさえ、帝国中に指名手配というだけで驚きなのに………なんだかヨミヤ様はそうゆう運命の元に生まれているのかもしれませんね」
「やめてくださいよ………」
ウラルーギの不吉な言葉にげんなりしながら、ヨミヤは不意にヴェールへ視線を移した。
「………そういえばウラルーギさん、あの白い髪の女の子なんですけど」
「ああ、あの高魔族の少女のことですか」
「………本当にウラルーギさんの観察眼と直感には敵わないですね」
イルの時のように、ヴェールの正体をあっさり見抜くウラルーギ。
後ろのハグラは、不審には思っていたのだろうが、まさか魔族だとは思っていなかったのだろう、驚愕に目を見開き、咄嗟にウラルーギに視線を送る。
ウラルーギは、慌てるハグラを、手を上げるだけで制すると、至極冷静に―――
「ヨミヤ様は高魔族が性癖なのですか………?」
「ブっ………!!」
真面目な顔でヨミヤの性癖を探り出した。
思わず口に含んでいた飲み物を吹き出すヨミヤ。
「いや、まぁ、ウラルーギさんと会う時に限って高魔族の女性やら女の子がいますけどっ………………!!」
「おや、違うのですね………私はてっきり、高魔族なら人妻でも幼女でも何でもいいのかと………」
「オレ、そんな腐れ外道じゃないですよ………」
「何真面目な顔してバカなこと言ってんだコノ社長は………」
すっとぼけた発言に、後ろで控えているハグラも毒気を抜かれてしまったのか、緊張を解いて、先ほどと同じように周囲の警戒を再開した。
「違うんです………! オレが話したかったのは、彼女の母親のことなんです………!」
閑話休題。
「彼女の母親、イルさんなんです」
そのヨミヤの言葉に、さしものウラルーギも少しだけ目を見張る。
「おや………それは見抜けませんでした。―――ということは、今のヨミヤ様の目的は………」
「はい、イルさんを一刻も早く見つけてあの子を帰したいんです。―――でも、オレこの世界の地理が全く分からなくて………」
「なるほど………ハグラ。地図を」
「了解だ」
ヨミヤの訴えを即座に理解したウラルーギは、ハグラにすぐ地図を用意させる。
「ほらよ」
ハグラは、持ってきた地図をヨミヤの傍に広げる。
そこには、一つの大陸が描かれていた。―――地球の世界地図を知っているヨミヤからすれば違和感のある地図だが、『異世界の世界地図』と自分に言い聞かせて無理やり納得する。
「まず、ヨミヤ様が最初に召喚された都市―――『帝都』。そこが、地図の最南端にあります。その北西に『魔王領』と『帝国』を二分する山脈………『西の山脈』があります。―――大陸中心まで伸びるこの山脈を境に、魔族と人類は領土を分けます」
地図の最南端の『帝都』を指さし、その隣にある山脈、魔王領の順番で指を指していく。
「帝都より北東へ二日ほど行った所に『フレークヴェルグ』、その『フレークヴェルグ』から西に半日行くと『バーガン』。―――そして、ヨミヤ様と出会ったのは………」
ウラルーギは帝都付近の街を指さしたかと思えば、すすっ………と指を移動させて―――やがて遥か北の地を指さした。
「この、『西の山脈』すら途切れた遥か北の地でございます」
改めて世界地図を確認した少年は、脳裏に魔王軍幹部・アベリアスの言葉を思い浮かべていた。
『私は立場上、転移系の魔法を研究することが多くてね。―――遠いぞ?』
「まさか、こんなに遠いとは………」
少年は自分の額を抑えた。
過去の出来事にも頭を重くする少年だが、それ以上に、現状と、目的地の物理的な距離に頭を悩ませていた。
「おそらく、イル様はこの近くの町―――『サール』に必ず立ち寄っているはずですよ」
「は………!? なんでイルさんの居場所を………?」
「彼女はおそらく娘―――ヴェール様を連れ去った奴隷商をお探しだったのでしょう? なので、大手奴隷商『泥の白馬会』が根城としている町の情報を差し上げたのですよ」
「ウラルーギさん………イルさんと別れた時点でそこまで察してたってことですか………?」
「まぁ、そうですね」
確かに、イルと別れる前夜の会話を、ウラルーギは聞いている。しかし、そこでの情報など断片的なものでしかない。
その情報を、この男は自前の情報と照らし合わせ、そこまで推測して見せたのだ。
「………頭良すぎて怖いですねウラルーギさん」
「ははっ、誉め言葉と受け取っておきますよ」
朗らかに笑いながら、ワインをあおる男に、ヨミヤはそこはかとない底知れなさを抱いた。
「だめぇー! それ私が食べようと思ってたのぉー!!」
ちなみに、これまでのことやこれからのことをお話しをしているその横で、シュケリは食欲の猛威を振るっていた。
「おい社長、メイドから―――食糧庫が空っぽだそうだ」
「………………………それは予想外ですね」
次々と出されたものを食べ続けるシュケリが、ついに『ネラガッタ商会』の食糧庫を食い尽くしたらしい。
「これは………とてもおいしいですね」
閲覧いただきありがとうございます。
最近、左目の瞼がめっちゃ痙攣します。疲れてんのかなぁ。