間話:休息
「お母さん………」
暗闇の中、連れ去られる私を、母が追いかけている。
私も、そんな母の手を掴みたくて、必死に手を伸ばす。―――けれども、その手は一向に母に届く気配もなく、やがて、母は暗闇に呑まれて消えていく。
「やだ………やだよぉ………お母さん―――」
絶望が心を支配する。
そして、その絶望を餌にするように、暗闇が私を吞み込んだ。
※ ※ ※
「お母さん………」
少女は、一筋の涙を流して………そして、目を覚ました。
「申し訳ありません。私は母にはなれません………」
そんな少女の視界に広がったのは桜色の髪の少女だった。―――覚醒したてで、思考がまとまらない奴隷の少女だったが、その少女の顔だけはハッキリ覚えていた。
「………メイド………さん………」
「えっと………メイドはメイドですが………それは私のことですか………? あの屋敷にはたくさんメイドが居たと思いますが………」
「うん、あなたです。綺麗なピンクの髪のメイドさん………あなただけが………温かった………」
「そうですか………それは何というか………………嬉しい話ですね」
段々と意識がハッキリしてきた少女は、自分がメイド―――シュケリに膝枕をしてもらっていることに気が付き、ゆっくりと身体を起こした。
「大丈夫ですか?」
「うん………大丈夫………ありがとう」
とはいったものの、やはり身体の至る所が痛むのだろう。顔を歪ませながら、少女は座りなおしシュケリへ体を向けた。
「それで………どうしてメイドさんが………? なんだかここ………外みたいだけど………」
「えっと、それはですね………」
シュケリは、どう説明したものかと少し首を捻り………やがて、『うん』と少女へ視線を向けた。
「端的に言えば、私と、貴女は………あの人に―――攫われました」
「まてまてまて」
シュケリの言葉に、少年―――ヨミヤがストップをかける。
「なんでそんな誤解を生むような事言ったの? ねぇ? なんで?」
「いえ、一応、世間での認識を先に伝えた方がいいかと思いまして………」
「そんなの一番最後じゃない?」
ちなみに、そんなことを言われたため、誤解した奴隷の少女はバッ! とシュケリの後ろに隠れ、ヨミヤを睨み始めた。
「ほら、そんなこと言ったから、あの子の警戒心マックスじゃん。そうだよねー、あんなとこに居たんだもんねー………」
初対面の幼女に睨まれる貴重な経験をしたヨミヤは、目の端に涙をためながら、その場に座り込み、焚火をつつき始めた。
「まぁいいやぁ………」
盛大にため息をつくヨミヤは、声のトーンを抑えて、改めて奴隷の少女へ言葉を投げる。
「ちゃんと伝えておくけど、オレ、君に何かをするつもりはないから」
「………………人間は信用できない」
「あー………まぁ、それでもいいよ。仕方ないことだしね」
『シュケリさんも人間ですけど』なんて無粋なことは心の奥底にしまっておくヨミヤだった。―――状況が状況だ。彼女がシュケリを信用しているというのなら、それはそれで一安心だ。
「オレ、ヨミヤ。そっちのメイドさんがシュケリさん」
「シュケリ………さん………」
「よろしくお願いします」
キラキラした顔でシュケリを見つめる少女。―――あくまでヨミヤには触れない彼女の姿勢に、涙を滲ませながらも、少年は漢らしく笑みを浮かべて見せた。
「それで、君の名前は?」
「………」
ヨミヤに名前を聞かれたことで、再び警戒心マックモードに移行する少女。そんな彼女の姿勢に苦笑いを浮かべるヨミヤ。
「………」
―――しかし、少女はこんな態度をとっても一向に怒る気配のないヨミヤに気が付く。
彼女は知っている。自分を下に見る人間は………奴隷として扱う人間は、こんなことをすれば、すぐに暴力を振うのだと。
少しだけバツの悪そうな顔を浮かべる少女は、やがて――――――ゆっくりと口を開いた。
「ヴェール………高魔族のヴェール………」
「――――――」
その名前に、少年は目を見開いた。
※ ※ ※
その少女の髪は、頭頂部の白い髪に、毛先に向かうにしたがって青色になっていく非常に綺麗なグラデーション。
そして、その瞳はオッドアイ。左が黒、右が青だ。
オレはその時点で気が付くべきだった。―――あまりに鈍感だった自分自身を心底呪った。
その髪も、母親とは左右逆の瞳の色も、その顔だちも――――――あまりにイルさんに瓜二つだということに。
「………」
オレは、あまりの運命の悪戯に動揺を隠せない。―――そんなオレを、ヴェールは不思議そうな顔で見てくる。
『落ち着け』。そう自分に言い聞かせ、一刻も早くヴェールに真実を伝えようと言葉を紡いだ。
「君の………お母さんの名前って………『イル』ってなまえ――――――」
「お母さん!!??」
オレの口から、出るはずのない母親の名前に、ヴェールはオレに勢いよく突撃し、その胸倉を思いっきり引っ張った。
というか、魔族って、本当に身体能力が高い………ぶつかってきた力も、胸倉をつかむ腕の力も、成人男性と大差ない………
「お母さんを知ってるの!? どこ!? どこにいるの!?」
「ちょっ―――まっ―――しゃべ―――」
ぐわんぐわんと、首をゆすられ、まともにしゃべることのできないオレを見かねたのか、ヴェールの小さい体を、シュケリさんが抱えて止めてくれた。
「ヴェール様。ヨミヤ様が喋れませんので、一度冷静になることをお勧めします」
「うっ………ごめんなさい………」
抱っこされて、足元をプラプラするヴェールは、まるで悪戯を諫められた猫のようだった。
「えっと………君のお母さんのことなんだけど………どこかはオレもよく知らないんだけど、帝都から馬車で一週間ほど行った地域で会ったことがあるんだ」
「ホント!?」
「ああ、本当だ。―――イルさんは、君を攫った奴隷商人を追って、君の居場所を突き止めようとしていたよ」
「お母さん………………っ!」
母が自分を探していると知り、ヴェールは感極まったのか、地面に崩れ、大号泣を始めた。
「………家族のことが知れて―――よかったですね………」
大人びた印象を受けるヴェールがそこまで泣く姿を見たシュケリさんは、彼女の目の前にしゃがみ、優しく頭を撫でていた。
ちなみに、そんなシュケリさんに、ヴェールが抱き着き、シュケリさんは困惑したような表情を浮かべていた。
「………………やることできちゃったなぁ」
オレは、後方に過ぎ去る雨雲を見送り、大きく輝く満月を一人眺めた。
閲覧いただきありがとうございます。
自分の作品をここまで読んでくださる読者様にはいつも感謝しております。
普段はこんなことは言わないのですが、なんとなく。




