出会いと出会いの騒動 ニ
終わりの始まりはおそらく半年前。
魔族の町で奴隷商に捕まった私は、『フレークヴェルグ』という街の貴族に売り飛ばされた。
地獄だった。
地下牢に繋がれ、何度も何度も何度も殴られた。
―――その男は、この街の領主だという。その男は私が悲鳴を上げれば、歓喜の笑いを上げ、苦悶の表情を見せれば、その醜い顔をさらに歪めた。
いつからか、私は声をあげなくなっていた。
声を上げれば、アイツが笑う。
表情を崩せば、アイツが喜ぶ。
だから、必死に我慢した。
すると、男はつまらなさそうにそっぽを向き、いつもよりほんの少しだけ、暴力の時間が減った。
―――誰だろう。
そんな日々が続いたある日、入り口に近い牢へ誰かが放り込まれた。
半年の中で、誰も入ってこなかった牢に、同居人が一人増えた。
「スープが私を呼んでいた気がして」
「どこの美食屋だお前は」
………なんだか食事係のメイドさんにご飯を食べられて、不憫な人だった。
だけど、そのメイドさんは、優しい人だった。よく覚えている。
領主の奴隷とはいえ、魔族の世話―――身体を拭いたり、死なないようにある程度の治療をしたりすることを他のメイドが嫌がる中、あのメイドさんだけは、丁寧に身体を拭いてくれて、傷の手当をしっかりしてくれた。
『これあげます』なんて言って、もらったキャンディはとっても甘かった。
「………」
不憫な同居人さんが来たその日は、領主がその人を散々殴って満足したのか、牢に来なかった。
相変わらず石畳は冷たかったが、久々によく寝れた日だった。
※ ※ ※
「クソ………!」
ヨミヤはあらんかぎり力で、拳を握りしめた。
この空間の中で看過できないことが行われている。ヨミヤは最悪、脱獄する覚悟を持って―――
とある魔法を、牢の外で発動させた。
ガァンッ!!!!
「ッ!!?」
と、何かがぶつかったような音が地下牢全体に響き渡る。
「………」
それは、不可視の風の弾丸、風弾だ。
ヨミヤの『領域』は、牢の外まで広がっている。牢の中での魔法が使えずとも、ヨミヤは牢の外から魔法を撃てばいいだけの話なのだ。
いざとなれば、牢の外から熱線で牢を焼き切り、脱獄ができる。
「何事だ!!」
領主の男には、もちろん、そんな原理がわかるはずもなく、みっともなく目を血走らせて牢の外へ出てくる。
「何も………ない………?」
不思議そうに呟く領主。―――しかし、この地下牢に居るもう一人の存在………ヨミヤに気が付き、領主の男は、ズンズンとヨミヤの牢まで近づいてきた。
「あぁ、お前の能力かなんかだなぁ、犯罪者………」
「………なんだ、意外と頭回るね。子ども殴るしか能がない割に」
まさかバレると思わなかったヨミヤだが、それでも少年は身体を起こし、気味悪い笑みを浮かべる領主へ真っすぐ対峙した。
「あのガキは魔族だ。―――子どもなんかじゃねぇよ」
「はっ………知らない価値観だね」
領主のまさかの発言に、ヨミヤは唾を吐き捨てる。
「魔族は人間じゃないと。―――戦争してるってだけの存在であって、その個人個人は尊重されるべきだと思うけどね」
「はははっ、その価値観こそ知らんな。本当に人間か貴様?」
「人間さ。―――少なくともお前よりはね」
『帝都前決戦』。そう呼ばれた戦争に少しだけ参加したヨミヤは、確かに魔族を数人、殺した。
それを忘れたことはない。―――事実、当時は『魔族』はただ怖い集団で、倒すべき敵だった。
だけど、イルと出会った。
出会って間もない自分を助けてくれた。自分を肯定して、激励してくれた。
あの出会いのおかげで、ヨミヤは、もう『魔族だから』という理由で彼ら・彼女らを敵としてみることができない。
「フン………この国ではな、魔族のことを庇う人間を、『人間』とは言わないのだよ」
少しだけ、額に血管を浮かべる領主は、ゆっくりと牢のカギを開けて、中に入ってくる。
「―――確かに、帝国は奴隷を禁止している。対象が魔族だとしてもな」
血まみれの拳を、ポキリ………と鳴らす。
「だがな、我ら下の人間に『魔族』を人間と思っている奴なんて一人もいないッ!!!!」
「がっ………」
故に、領主は拳を振り上げ―――容赦なくヨミヤの顔面を打ち据えた。
「帝都の騎士や魔法使い共がどう思ってるかは知らんがなァ!」
上から下へ衝撃が走る。
しかし、領主の拳は止まらず、今度は、ヨミヤの腹部を貫いた。
「~~~っ!!!」
悶絶するヨミヤ。
そんな少年などお構いなしに、領主は言葉を吐き続ける。
「領地を任される領主の中で、奴隷を抱えていない領主など、片手で数えるほどだ!! これが現実!! 人類の共通認識は『魔族は人間ではない』んだよッ!!」
高らかな笑いと共に、ヨミヤの顔面に拳が刺さろうとして―――
「はっ………?」
その拳を、ヨミヤは額で受け止めた。
「もういいよ」
人体で一番堅牢な箇所。さらにヨミヤは男が拳を振うのに合わせて、拳に頭突きをお見舞いした。
「が、あああぁぁぁぁぁ!!」
起きる出来事は、拳の破壊。
「どんな理由を並べようと、お前が『子どもに暴力を振った』ことに変わりはない」
少年は諦観の言葉を吐いた。
「こ、ん………のクソガキッ!!」
極冷の眼差しを領主へぶつける少年は、しかし、決して逆らうことなく殴られ続けた。
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