茫然自失の末路
ぼんやりと旅をしていた。
勇者に復讐する気にもなれず、仲間だった者たちの所にも帰ることが出来ず。
ただ一人きりで旅をしていた。
死ぬことが出来れば楽になれるだろうと、理性的な思考はぼやいていた。
死ぬことが怖いと、本能が薄く笑っていた。
そして、オレはなんの目的もなく、茫然と、漠然と、自分を失いながら歩き続けていた。
※ ※ ※
「お前を拘束する」
確か、『フレークヴェルグ』とかいう街だった気がする。
そこの騎士団にオレはあっという間に取り囲まれた。
それもそうだ。
オレは帝国中に指名手配されているのに、身を隠すことも、顔を隠すこともしなかった。―――だから、これは当然の結末なのだろう。
捕まれば、帝都に送られて………おそらく処刑される。
だというのに、この時だけは抵抗する気にもなれず、拘束された騎士団の連中にボコボコにされ、連行された。―――全身が、殴られた痛みで悲鳴を上げていた気がするが、なぜだか気にはならなかった。
連行されると、持っていた身ぐるみは全部剥がされて、地下牢にぶち込まれた。
「帝都の騎士が来るまでおよそ四日。そこで帝国中に混乱をバラまいた罪を悔め」
そんな偉そうなことを、領主っぽい、中年に言われたが、無視した。………すると、再び何度も殴られて、ロクな治療もしてもらえないまま牢屋に放置された。
「………」
おそらく、脱出することは難しくない。
鉄格子も、腕を拘束する鎖も、能力を持っている人間用に、特別固い素材で出来てるし、牢の中は、魔法が発動できないように、何かしらの結界を張っている気配がある。
それでも、それは全て、『牢の中で暴れる人間』を想定したものだ。なので、オレにとっては拘束するもの全てに、意味がない。
「失礼します」
ぼんやりと、『脱出できるかも』なんて考えていると、牢に、一人の少女が入ってきた。
「今日から、四日間、お食事のお世話をさせていただきます。『シュケリ』と申します」
桜色の、首筋までの髪、美しい程の白い肌、顔のラインはとても小さく、年齢以上に幼く見えるであろう少女。
控えめに言っても『美少女』と呼ぶにふさわしい容姿をしている少女。―――しかし、その黒真珠のような瞳に、光は一切ない。
どこか無機物を思わせる瞳をしていた。
「………食事の世話って、犯罪者の面倒を君が見るの?」
「はい。他のメイド達から、『シュケリちゃんが一番向いてるわよ』と、言われたので」
どこか義務的な口調なのに、他のメイドのモノマネをする彼女は………控えめに言って、シュールだった。
「………普通、こうゆうのって、何人か護衛の騎士がつくものじゃ………?」
「メイド長のズルーデさん曰く、『騎士様は忙しいんだから、これくらい私たちでしなきゃ!』とのことですね」
「それってイジメられてるのでは………?」
「イジメ………ですか? わかりません。イジメられたことがないので」
「………………うん、君がとっても強いことはわかったよ」
本当に『イジメ』という状況………というか、感覚というか、それがわかっていなさそうな少女『シュケリ』は、無機質な瞳のまま、眉を八の字にして、首をかしげる。
なんとなく、彼女が置かれている状況が分かった気するが、オレには関係のないことなので、一旦放置する。
「まぁいいや………別に暴れるつもりもないし―――安心して」
「それは助かります。―――皆さんに迷惑が掛からないので」
「そうゆう問題なの?」
「はい」
どこか変わった少女だった。
しかし、仕事はしっかりやってくれるようで、牢のカギを開けてパンとスープをオレの元まで運んでくれる。
―――怖いとか、躊躇いとかないのかこの子?
「………………じゃあ、まずスープからくれない?」
「承知いたしました」
あくまで義務的にそう返事をすると、彼女はスープの入った木皿を持ち上げて、これまた木のスプーンにスープを掬う。
「……………………………」
そして、その状態のまま、彼女は何故かフリーズした。
「………」
「…………………」
「………おーい」
「………………」
たっぷり十秒後、やっと動き出した彼女は、おもむろにスプーンをスープの中に戻し―――
皿から直接、スープを飲み始めた
「ちょちょちょちょ――――――!!」
思わず情けない静止の声が上がるが、ほんの三秒後には、空になった皿がお盆の上に乗っていた。
「………」
「………」
半眼でシュケリを見つめるオレ。
何も悪いことなどしていないとばかりのシュケリ。
「………とりあえず、どうゆうつもりか理由を聞こう」
「………………」
『ケプ………』とかわいらしい音を鳴らす彼女は、ほんの少しだけ視線をずらし―――
「スープが私を呼んでいた気がして」
「どこの美食屋だお前は」
「まろやかな口当たりがとても良いスープでした………」
「誰も感想は聞いてねーよ」
あくまで義務的に述べる彼女に呆れながら、オレはため息をついた。
「もういいよ………パン頂戴………」
「かしこまりました」
パンを所望するオレに、彼女は素直に従い、パンを運ぼうとして―――
「………………」
今度はパンと見つめあいながらフリーズした。
「もういいよッ!!」
オレの悲鳴も虚しく、パンは彼女の胃袋の中に納まった。
「………パンはイマイチでしたね」
「ふざけんな」
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