小話ゴ:魔族とチンピラ
「モーカンてめぇ………!! 裏切りやがったなッ!!」
砂原のオアシス『サール』。
砂漠の入り口にあるこの町のとある酒場。『砂の白馬亭』にて、一人の人間―――否。一人の女魔族が暴れ回った。
高魔族のイル・ヴェルダ。
娘を攫った奴隷商人を追跡していた彼女は、ウラルーギという商人の助言通り、『サール』を訪れ、ついに、奴隷商人『白馬』の本拠地―――この『砂の白馬亭』を見つけたのだ。
人々が静まり返る深夜。
周囲のことなど考えもせず盛り上がる奴隷商人達を、イルは真正面から襲撃。―――そして、その場にいる全員を制圧してしまったのだ。
イルに脅されて、本拠地襲撃までついてきてしまったモーカンは、そんな哀れな奴隷商人の一人に―――仲間であった人間に罵倒を受けた。
「ただの町のチンピラだったお前が、ここまでいい思いをできたのは誰のおかげだ!! あぁ!? それをよくも裏切りやがって………挙句にこんな悪魔を連れてきやがってッ!!」
「はッ………悪魔か………どうやらお勉強が足りないらしいな人間」
冷たく、暗く………そして痛いほどの敵意。イルは臓物を冷え上がらせるほど低い声で、地面に横たわる人間へ言葉を投げた。
「私は高魔族だ。悪魔など………悪魔族共に言ってやれ」
「ぎゃぁぁぁぁぁッ!!」
モーカンへ手を伸ばす男の腕を、イルは容赦なく剣を突き刺した。
「いいか人間。無駄なことは喋るな。―――少しでも長生きしたければ、大人しく言うことを聞け」
「うぅぅぅぅ………はいぃ………」
「質問一、私の娘『ヴェール』がお前たちに攫われた。―――私に似た高魔族に見覚えは?」
男の耳元で囁かれる質問。状況が状況なら、どんな男でも魅了されてしまうであろう蠱惑的な声色。
しかし、男は現在、一歩間違えれば死が待ち受ける状態。
涙と鼻水を同時に垂らしながら、男は叫ぶように答える。
「ないッ………! 誓って本当だ! 見たことない!!」
「………」
「ぎゃああああッ!!」
イルは無言で、突き刺した剣をグリグリと回し始める。それだけは男は苦痛の声を上げる。
「本当だ………本当なんだ………信じてくれぇ………」
男の様子に、イルは直感的に『嘘』はないと判断する。
「………………質問二。『三つ編みのハゲ』がお前の仲間にいるな? ………奴はどこだ?」
「ファ、ファルゲンのことか………? し、知らねぇ! 数日前に『商品を出荷』するって言ってたが………行先は知らねぇ!!」
「………本当か?」
「ああぁぁぁぁぁッ!! ………………ち、誓って本当だ………! 頼む………信じてくれぇ………」
「そうか………いいだろう。信じてやる」
イルは息をつき、立ち上がる。
そんな彼女の様子に、質問されていた男は少しだけ明るい表情を見せる。
「じゃ、じゃあ見逃して―――」
「ダメに決まっているだろう」
そんな男の、心臓にイルはためらいなく剣を突き刺した。
「がッ………あぁ………な………ん………」
「奴隷商人のような人間、生かしておいたら、罪のない魔族が不幸になる」
※ ※ ※
モーカンはただただ恐怖していた。
魔族というだけでも、正直怖い。
そんな女が、人間相手に暴れ回り、そのすべてを制圧し、すべてを殺す。
チンピラはただ恐怖していた。
仲間への後ろめたさも、仲間が殺されたことへの怒りも悲しみも、何もない。ただ身体を縛り付ける恐怖だけがチンピラであるモーカンを支配していた。
そんな時―――
「この裏切り者がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「ッッッ!!?」
背後より立ち上がった奴隷商人の一人が、モーカンだけは道連れにしようと、ナイフを振り下ろそうとしていた。
男は咄嗟に顔を庇うことしかできない。
「てめぇだけはぁぁぁぁぁ!!」
臆病なだけの男は、あっけなく訪れる人生の幕引きに、ただ目を瞑ることしかできず―――
「………」
しかし、その瞬間はいつになっても訪れなかった。
おそるおそる目を開けると、そこには、胸にナイフの突き刺さった襲撃者がいた。
「………間一髪だったな」
モーカンを救ったのは、イルだった。
彼女は、自身のナイフを投げることで、寸でのところでモーカンを守ったのだ。
「………なんで」
「まだお前には利用価値がある。………素直に情報を吐くチンピラは都合がいいってだけの話だ」
冷たく言い放つイル。
それでもモーカンは自分が助かったことに安堵のため息をつく。
「は………ははははははははッ!!」
そんな二人の足元で、今しがた死んだと思われた男が笑い出す。
「ああぁ………やっちまったなぁお前ら!! 『白馬』に手を出した以上、これからお前らに安息の夜は訪れねぇ!! 常に恐怖してろ!! 裏の人間どもはお前らをつけ狙うぞ!!」
瀕死の状態での絶叫。―――心臓にナイフの刺さった男は、その言葉を最後に、喀血して………そのまま息絶えた。
「………望むところだ。いくらでも相手してやる」
血走る瞳で、死に絶えた男を睨みつけるイル。
そんな覚悟決まっているイルに対し、モーカンは戦慄していた。
「………嘘だろ、俺まで狙われんのか? 冗談はやめてくれ………死にたくない………」
頭を抱えるモーカン。
彼はただ臆病な人間だった。―――命を狙われる覚悟など、毛ほども持っていなかった。ゆえに、
「………頼むイルさん、いや、アネゴ!! なんでもする………だから、俺を守ってくれ………!!」
大の男が、一人の女性へすがるように跪いた。
「………お前、自分が情けないとか思わないのか?」
「そんなこと考えて俺みたいな三下が生きていけるわけないだろう!! 頼む!! 情報なら、今以上に積極的に話す!! だから、どうか………」
そんなことを叫ぶモーカンは、恥ずかしげもなく、額を地面にこすりつけた。
―――正直、見るも耐えない光景ではあったが、それでも、イルはため息をついて男を見下ろした。
「元から、お前には利用価値があるといったはずだ。―――見捨てるはずないだろう。協力するというなら、お前ぐらい、守ってやる」
「アネゴぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「やめろ! くっつくなむさくるしい!! ………っていうか臭い!!」
「えっ………臭い………」
こうして、奇妙な関係性の二人の距離は、ほんの少しだけ縮まった。
閲覧いただきありがとうございます。
これにて一度本編(仮に一部としますか)を完結とさせて頂きます。