小話ニ:アスタロトとアベリアス
「準備は出来たか?」
魔族陣営。
その司令部で、白髪の男は近くの魔族へ確認を取った。
「準備はできています。残すは、アベリアス様の用意のみでございます」
「わかった。すぐに行く。各々に伝えろ。『万全を期せ』と」
「はっ!!」
男は近くの鋼鉄製のブックカバーで覆われた本を手に取ると、立ち上がる。
「おぉ、軍師サマもついに動かれるのですねぇ………」
ふざけた口調でそう抜かすのは、顔色の悪いアスタロトだ。
「………お前はさっさと魔王様の元へ戻れ。事の経緯は私が報告済みだ。たっぷり叱られて来い」
「えー………帰りたくないなぁ………」
青白い顔をさらに青くするアスタロトは、胡坐をかきながら体を揺らして、『アベリアス』と呼ばれた男の言葉を聞き流す。
そんな彼の態度に、額に青筋を浮かべるアベリアスは笑みを保ったまま、アスタロトに顔を近づけた。
「お前のせいで計画が失敗した自覚はあるのか? ん~?」
「お、おっかないよぉー………アベリアスぅ………」
言い返す言葉もないうえ、さすがに失敗の自覚があるアスタロトは頬から汗をながす。それを見たアベリアスは深くため息をついた。
「だからお前との任務は嫌なんだ………私は魔王様のお役に立ちたいというのに………」
「ごめんてばぁ」
アベリアスは『フン』と不機嫌そうに踵を返すと、テーブルに置いてある自身のポーチから、いくつもの指輪を取り出す。
「でもさぁ………本当にできるのぉ? 『転移への干渉』なんて馬鹿げた芸当」
胡坐をかくアスタロトはわざとらしく、首を傾けて疑問を投げかける。
アベリアスは、そんな彼を見やることもなく言葉を紡いだ。
「『今までなら無理』だった」
「『今までなら』?」
「あぁ。そもそも『空間』にまつわる魔法など、生物の範疇でしかない我らに『イメージ』がしずらいのだ。―――だから、そもそも空間魔法は非常に難易度が高い。その『術式』をいじるなど尚更な」
最後の指輪を小指にはめると、アベリアスはきゅっとポーチの口を閉じる。
「だが、そんな我らへ、先日『勇者召喚』の情報がもたらされた」
アベリアスは不敵に笑みを浮かべ、アスタロトへ振り返る。
「あぁ………アイツねぇー………強そうだったなぁ」
「お前は本当にそればかりだな」
余裕そうな態度を取っていたアベリアスは、アスタロトの変わらない言葉に、膝を折りかける。
「………まぁ、その術式をみて、私は術式の改良を施すことができたのだ」
『エイグリッヒの力を借りるようで気に食わんがな』と付け加えるアベリアスに、アスタロトは『ほえぇー』と適当な相槌をうつ。
「なんていうか、エイグリッヒがいる時代に、アベリアスが居てよかったねぇー」
「ふん………褒めても何も出んぞ。―――だが、客観的に戦況をみるならそうだな。アレに対抗できる人材が居なければ、今頃魔王軍は滅ぼされていただろうよ」
「だねぇ………それぐらい今の帝宮魔導士のレベルは高い。………まぁ、遠くから一方的に魔法を撃たれたら………の話だけど」
「この脳ミソ筋肉が………そんなシチュエーションなど作戦一つでどうとでもなるわ。だから脅威なんだ」
『いい加減魔王城に帰れ』とアスタロトはとうとう司令部から蹴りだされ、アベリアスはズンズンと歩き去っていった。
「………まぁ、そんな化け物相手に対抗できるアベリアス。君も充分怪物なんだけどね」
蹴りだされ、地面に頭をつけるアスタロトは、さかさまな視界のなかで、アベリアスへ密かな称賛を送った。
閲覧いただきありがとうございます。
この回、実は本編に載せる予定の場面でした。
こうして載せることができてよかったです。