小話イチ:帝宮魔導士エイグリッヒ
異世界から勇者が召喚される約六年前。
「エイグリッヒ様。遺跡よりこんなものが」
帝都より遥か離れた北の地………永久凍土に隠された遺跡より、一冊の本が発掘された。
「これは………」
ローブの上からさらに丈の長い軍服に身を包んだエイグリッヒは、その長いあごひげを撫でながら、発掘された本を凝視した。
「劣化はあるが………中身は―――魔導書か。問題ないな。本の材質………デザイン………これは古代の………」
それは、一冊の魔導書。遺跡から発掘されたとなれば、偉人が残した魔法研究の代物の可能性が高い。―――エイグリッヒは、中の魔法様式を確認して驚愕した。
「これは………古代文字とルーン文字の混合様式―――!! ならばこれは………失われた秘法………」
失われた秘法。
それは、魔法が全盛期の時代に編み出された魔法。
そもそも人類は魔族に一度、絶滅寸前まで追い詰められている。失われた秘法は人類が魔族に追い詰められる以前に編み出された魔法だ。
「………これは、『絶命期』以前の遺跡かもしれない。―――余さず調べ尽くすのだ」
もしかしたら、ここには失われた技術や魔法が隠されているかもしれない。
現状の人類と魔族の抗争は、人類が破滅一歩手前まで追い詰められた『絶命期』の次に最悪だと言われている。
それは、ひとえに今の魔王が有能すぎるゆえか。
魔族側のことは置いておくとしても、おそらく、この遺跡に眠る技術を蘇らせることができれば、戦況を覆すことができるかもしれないと、エイグリッヒは思考する。
「これは忙しくなるぞ………」
※ ※ ※
古代の魔導書を解析し始めてから、記載されている魔法が『異世界より勇者を召喚する』ものだということは割と早い段階で判明した。
そうなれば、次は『どうすれば魔法が発動するのか』を解析する段階に入る。―――――――しかし、ここでエイグリッヒは最初の難所にぶつかった。
現代の魔法は、『どうすれば魔法が発動するのか』という課題に、いくつかのアプローチがある。
例えば、見習い魔法使いが最初に覚える『呪文法』だ。
これは、ルーン文字を発声することによって、魔法を発動させる方法。
次にオーソドックスな手法は『術式法』。
これは、『図形表現法』―――幾何学模様を描く手法や『ルーン表現法』―――ルーン文字を刻む手法など細かい違いはあるものの、一人前になった魔法使いは、この手法を好む傾向がある(『術式法』は魔法名の発声のみで魔法を発動させることができるため発動速度に優れている)。
しかし、エイグリッヒの手に入れた『絶命期』の魔導書は、彼の知っているどの手法でもなかった。
『混合様式』。
それは、ルーン文字・幾何学模様・古代文字の三つを用いて表現された魔法。
ちなみに、エイグリッヒはルーン文字も魔法に使われる幾何学模様の意味も、なんなら古代文字も難なく読み解くことができる。
ではなぜ、この手法が厄介なのか。
それは、『魔法のイメージ・解釈を考案者に限りなく近づけなくてはいけないこと』にある。
通常、ルーン文字・幾何学模様一つ一つには、様々な意味が込められている。
『呪文法』や『術式法』は、術者のイメージによって、使う意味を選定し、魔法を構築していく。
それは、この『混合様式』でも変わらない。
つまり、複雑に絡み合ったルーン文字と幾何学模様の『意味』を正確に並べ、解釈しなければ魔法は発動しないのだ。
さらにそこへ、古代文字のノイズが入る。
これは、古代人が使った魔術文字で、これも、一つも文字で二つ以上の意味を持ったり、文字が並ぶと意味合いが変わるものも存在するのだ。
※ ※ ※
『絶命期』の魔導書が発掘されてから三年が経過したころ。
「出来た………!!」
エイグリッヒはついに勇者を召喚する魔法『勇者召喚』を完成させた。
このころになると、エイグリッヒにいつも突っかかってくるザバルが筆頭補佐(帝宮魔導士のNo.2)に就任し、帝宮魔導士で、いつもエイグリッヒを手伝っていたフェリアが頭角を現していた。
しかし、ここでもまた一つの問題が出てきた。
『勇者召喚』は複数の魔法使いが同時に魔法を発動させる、いわゆる『儀式型』の魔法だったのだ。
ゆえに、『混合様式』のまま運用すれば、『イメージ・解釈』の差異が出てくる恐れがあるのだ。
そのため、エイグリッヒはこの魔法を『図形表現法』で構築してみたのだ。
するとどうだろうか。想定よりも魔力の消費量が多く、平気で魔法使い一人が死に至る魔力を要求する魔法へ変貌したのだ。
「なんてことだ………ルーン文字の、幾何学模様の………古代文字の運用は………消費する魔力の量を軽減するために用いられたものだったのか―――――――」
この問題に解決の兆しは全く見られなかった。
そんな折、エイグリッヒの元に、皇帝グラディウスより、一つの命令が下った。
「勇者召喚の際、魔力の問題については度外視しろ」
「は…………………? そ、それでは………召喚に携わった魔法使いが………」
「よい」
少しだけ疲れたような雰囲気を醸し出すグラディウスは、ややあって言葉を続ける。
「『帝国のためであるなら死んでもよい』―――そういう宮廷魔導士が大勢いた」
「な―――」
『何を言っている!』そう言おうとして、エイグリッヒは言葉に詰まる。
「お前の言いたいこともわかる。―――しかしだな………魔族側に怪しい動きがありすぎる。いつ攻め込まれてもおかしくないのだ。―――時間がない」
この時点で、魔導書が発掘されて四年が経過していた。数年後の大攻勢を鑑みるに、グラディウスのこの見立ては正しかったといえる。
「ッ………………」
エイグリッヒも、皇帝の言葉ともなれば、下手に反論もできない。
「その代わりだエイグリッヒ。―――この皇帝から直々に命を下す」
「………なんでしょう」
グラディウスは少しだけ目を伏せ………やがてまっすぐにエイグリッヒを見つめて、堂々と言葉を紡いだ。
「お前だけは死ぬな。………犠牲の上で、生き残った者達を導け。やってくる勇者達を支え、守れ」
とんでもない重責だった。跪く身体に巨大な岩石が乗っかったような錯覚に陥る。
人の命を犠牲にして、自分だけ生き残るなど。
けれど、理性は静かに囁いていた。
―――共に死ぬことに何の意味がある。
―――それは重責から逃げるためだけの言い訳ではないのか。
―――自ら犠牲になる者達の覚悟に応えるのなら、生きて、やってくる勇者に託すべきではないのか。
「………承知いたしました。陛下よりの命、確かに胸に刻んで邁進させていただきます」
その後、研究に研究を重ね、エイグリッヒは自身が死ぬことのない量まで魔力の消費を抑え、さらにその上で、古代の技術を改良し、勇者を複数人呼べるよう―――希望が多く紡がれるよう魔法を改良した。
この魔法が完成したのが、魔族・アスタロトが襲来する数十時間前のことだった。
※ ※ ※
「陛下は現在、前線の野営地にて、陛下直々に指揮を執っております」
「何をしてるのだ………といいたいところだが、今回に限っては助かったな」
「はい………アスタロトの目的が勇者だったとしても、陛下に危険が及ぶ可能性はゼロではない………第一階級魔族より、そこらへんの木っ端魔族の方が、まだ易い」
「だのぉ………今度は、上空の警備も強化しよう」
エイグリッヒ謹製の地下空間。
その一角で、エイグリッヒはフェリアと共に訓練に没頭するヒカリを見つめていた。
「………勇者達六人の内、戦うのは二人――――――これでは、先立ったみんなが文句を言っているかもしれませんね………」
少し悲しそうな、それでいて、何かに逡巡しているかのようなフェリアの瞳は、一心にヒカリへ向いていた。
「そうかもしれないが………………私はあの子達の価値観に触れて………何が正しいのか分からなくなってしまったよ」
『殺しはできない』。
それは、幼い頃に母に教えられてきたこと。甘く、幸せな日々の中で母の穏やかな表情と共に教わったこと。
しかし、世界は冷たく、母の教えを『綺麗事』だと嘲笑った。―――エイグリッヒ自身、久しく忘れていた感覚だった。
「魔族であれ、人間であれ、相手には意思があり、想いがあり、願いがある。―――彼らはそれを踏みにじることはできないと言った。―――そして、ヒカリ君は、『相手を踏みにじらなければ、自分たちが踏みにじられる』ことを知ってしまった」
「エイグリッヒ様………」
「そうだなぁ………………陛下の命で私が今守れるのは――――――『彼らを守る』ことくらいかのぉ」
優しくあごひげを撫でながら、エイグリッヒは隣のフェリアへ視線を向けた。
「フェリア」
「………なんでしょう」
「もし、私が死んでしまったのなら――――――ザバルと共に、彼らを守ってやってくれ」
「………………栄えある帝国の帝宮魔導士筆頭であるエイグリッヒ様が死ぬはずがありません。―――ですが、その言葉………私の使命として胸に秘めておきます」
「………………ありがとう」
『絶命期』以降、類を見ない魔族の侵攻。―――『帝都前決戦』を目前に、エイグリッヒは知らず知らずのうちに、フェリアへ自身の願いを、使命を託した。
閲覧いただきありがとうございます。
思ったより文字数が多くなって笑ってます。
わけわかんない人は読み流してくれて大丈夫です!