奈落の復讐者
帝国の国内全土に指名手配書がバラまかれた。
曰く、
『魔族からの刺客。中肉中背の少年、右手の義手に左腕の入れ墨が目印。勇者の暗殺を企む愚か者』
との触れ込み。
帝国は、フェリアの予見通り、勇者を囲うことを決定し、勇者の蛮行を隠ぺいすることにした。
※ ※ ※
「おやおや………」
帝都の商業区。―――比較的、勇者と魔族からの刺客の戦闘で被害の少なかった区域。そのとある商会で身なりの綺麗な商人―――ウラルーギはかけていた眼鏡を少しだけずらし、裸眼で手配書を確認した。
「仕返しは叶いませんでしたか………ヨミヤ様」
執務室の豪華な椅子で、ウラルーギは背もたれに身体を預けた。
「しかし、数日前のあの戦い………おそらくあと一歩のところまで行ったのでしょうね」
一週間。
ウラルーギは一週間だけ、ヨミヤと共に旅をした。
その中で彼に感じたのは、『自然体の優しさ』。―――気が利くわけではない。しかし、ウラルーギが何か困っていれば、彼は必ず声をかけてくれた。
自然と、誰かの力になれる。そんな優しさを持つ少年だった。
いつか、誰かに騙されはしないかと、ウラルーギが余計な心配をするほどに。
「………………」
顎に手を添え、男は思案する。
「………」
やがて―――
「フッ…………」
呆れたような笑いを見せると、高そうな机の引き出しより、ベルを取り出してチリン、チリン、と鳴らした。
「今から出す指示をすべての支店に通達しなさい」
ウラルーギは、執務室へやってきた部下へ伝言を頼む。
※ ※ ※
「おい、コイツ………」
とある町。
宿屋の一室で、モヒカンの男は手配書を、白髪に青のグラデーションをした髪の女に見せた。
「………ヨミヤ?」
「あぁ、間違いねぇ………」
白髪の女―――イルは、驚愕に目を見張り、モヒカンの男―――モーカンから手配書と共に、新聞を奪い取った。
「ヨミヤが勇者の暗殺未遂………魔族の刺客………」
記事を斜め読みで読破したイルは、しかし、記事の内容が信じ切ることが出来ず、何度も読み返す。
「あいつ………魔族だったのか………通りでアンタを庇うわけ―――」
イルの隣でとんちんかんなことを宣う男を、彼女は取りあえず殴り飛ばす。
「ヨミヤが魔族なわけないだろう。魔族の中で、一番人間に近い見た目を持つのは三種族―――悪魔族・高魔族・堕妖人のみだ。ヨミヤはどの種族の特徴がない」
「そ、そうかよ………」
ベッドのわきの床で転がるモーカンは、意識の飛ぶギリギリのところでなんとかイルへ返事を返した。
「ヨミヤ………挫けるな―――」
イルは、手配書へ心配そうな表情を向けた。
※ ※ ※
勇者と『魔王』と噂された少年の、帝都での戦いはその後、英雄譚として語り継がれる。
『魔王』は勇者の伴侶に恋をし、恋敵である勇者を殺しに帝国まで押し寄せ―――そして、無様に勇者に退治される。
そんな滑稽な物語。
誰も、何も知らない未来。少年は民衆に『間抜けな魔王』として笑われ続ける。
―――しかし、同時に。
親が子どもに教え聞かせる話として、こんな童話があった。
『『ヤミヨ』をいじめる『リカッヒ』は、ある日、『ヤミヨ』を暗い井戸の底へ―――奈落の底へ突き落としてしまいました』
『やりすぎてしまった『リカッヒ』は、怖くなって井戸に蓋をして、大人達に嘘をつき、『ヤミヨ』を川に落ちて死んだことにしました』
『大人達はその嘘を信じ、『ヤミヨ』の死を悼みました』
『『リカッヒ』は安心しました。これで、自分は何も悪くないと』
『しかし、『ヤミヨ』は生きていたのです。頭に角を生やし、顔をドロドロに溶かしながら、『リカッヒ』に仕返しをするために生きていたのです』
『そんな彼は、夜道を歩く『リカッヒ』の前に現れて、『リカッヒ』の顔をドロドロに溶かして殺してしまいました』
『しかし、それでも、彼の恨みは消えません。『ヤミヨ』は今でも探しているのです』
『『リカッヒ』のような、傲慢で嘘つきな人間を』
子たちは言い聞かされる。
嘘をつくと、人をいじめると、悪いことをすると、
奈落から復讐者がやってくると。
閲覧いただきありがとうございます。
ここまでお付き合い頂きありがとうございます。あと数話短編を投稿したら、一度完結とさせて頂きます。
まぁ、すぐに投稿を始めると思いますが笑