弱き者 ゼロ
帝都は、ほんの二日前、『なぞの魔族に勇者が襲撃された』という噂が立っていた。
曰く、襲撃者は魔族で、
曰く、襲撃者は魔法を自在に操り、
曰く、襲撃者は魔族の王だと。
帝国側の発表が未だにない中、噂だけが一人歩きしていく。
「「「…………………………」」」
帝宮の一室。
ヒカリとアサヒの眠る医務室にて、タイガ、加藤、茶羽は、全員が下を向きながら集まっていた。
「………帝国側はどう発表するつもりだろうな」
不意に、タイガが椅子に深く腰かけながら、口を開く。
「フェリアさんの話だと、おそらく賞金を懸けられて指名手配されるかもって………言ってた」
茶羽は、せっかく淹れた紅茶が冷たくなっている様を見つめがら、声のトーンを落としてそう告げた。
「多分………帝国は魔族と戦う戦力として、『勇者』を襲った千間くんより、『魔王』って噂された存在と対等に渡り合った剣崎くんを囲うんじゃないかな」
「そうか………」
茶羽も含め、その場の全員が重苦しい沈黙に支配される。
『勇者』と崇め、讃えられる彼ら・彼女ら。しかし、所詮はまだ精神の未熟な子どもだった。
同級生が同級生を殺そうとした事実も、同級生が犯罪者として指名手配されかけていることも、なにもかもを全員が受け止めかねていた。
「………二人の様子は?」
まるで逃避するように、すりかえるように、タイガは、未だ戦いの日から目を覚まさないヒカリとアサヒへと話を振った。
「剣崎く―――剣崎の方は、なんとか治療が間に合って、もうすぐ目を覚ますだろうってさ」
立ったまま下を向く加藤は、ヒカリの状況について冷たく、冷静にそう伝える。
「真道さんは―――傷も大したこともないけど………目は覚まさないらしい」
タイガも、加藤も茶羽も、アサヒとヨミヤの間に何があったのかを知らない。―――目を覚ましたら戦いが終わっていて、剣崎は死にかけており、ヨミヤは行方をくらましており―――アサヒは声を上げて泣いていた。
だが、三人とも、アサヒの様子をみて、二人の間に何があったのかを悟っていた。
「俺は………千間のやったことは………間違いだと思う」
アサヒを見やり、そして、茶羽へと視線を移した加藤は、おもむろにそんなことを口にした。
「剣崎の味方はしない。俺も千間の気持ち………理解はできる。―――でも、納得はしない」
「フミヤ………」
茶羽が、心配そうな声で加藤の名を呟く。
「でも、アイツは………千間は関係ない人間も傷つけた。セイカだって、赤岸くんだって、フェリアさんやザバルさんも………その事実だけは、納得できない」
ぎゅっと拳を握る加藤。茶羽は、そんな彼へそっと近づいて、無言で優しく手を握る。
「………」
タイガは、加藤の話を口も挟まずに聞き入れ、やがて口を開いた。
「―――元を辿れば、そこの剣崎がしでかしたことだ。………俺はヨミヤを責める気にはならない」
ピクリと、タイガの言葉に加藤が反応を見せるその表情は、少しだけ敵意がにじみ出ている。
「………落ち着けよ。別に加藤の気持ちを否定してるわけじゃない」
力なく手をヒラヒラと、降参の意を見せるタイガに、加藤も拳を緩めて、下を向く。
「ただな。俺、そこの剣崎とな、『こうなる前に俺に吐き出せ』って、そう話してたんだ。―――でも、結局こうなった」
タイガが見つめるのは、ヒカリとアサヒ―――そして、窓の向こうの曇り空だけだった。
「思うんだよ。………俺が弱いばかりに、親友はクラスメイトを殺しかけて、クラスメイトを俺は止められなかったって」
「………」
「………」
その言葉に、加藤も、茶羽も、顔をうつ向かせる。
タイガの言葉は、他の二人にも当てはまる。―――それを加藤と茶羽は理解したのだ。
力があれば、運命のあの日に魔族の罠にかからなかったかもしれない。
力があれば、魔族の軍勢を蹴散らして、ヒカリとヨミヤの所へ駆けつけられたかもしれない。
力があれば、ヨミヤの暴走を抑え、今も彼の味方で入れたかもしれない。
力があれば、大切な人を傷つけられずに済んだかもしれない。
数ある『もしも』が、自分の無力で現実には成りえなかった。―――これが、異世界にきて日の浅い少年少女達に突き付けられた『事実』だった。
「俺は………ヨミヤを止めたい。親友のせいで道を踏み外すアイツを―――止めたい」
確かに、はっきりと、タイガはそう宣言する。―――そして、顔を上げると、加藤へ『お前は』と話を振る。
「俺は………千間に、みんなを傷つけたことを………謝ってほしい。そうすれば俺は………アイツを許せる気がする」
「加藤………お前って………………いいやつだよな」
「えぇ………からかってんの?」
タイガの言葉に、加藤はあきれている。
そんな二人の様子に、茶羽は少し微笑み―――そして、想いを口にする。
「私、みんなで元の世界に帰りたいかな」
「セイカ………」
茶羽の気持ちの吐露。加藤も、タイガも、そんな彼女の言葉に黙って耳を傾ける。
「私、漫画とかゲームが大好きで………ここに来た時とか、初めて魔法を習ったときとか………心のどこかでワクワクしてた。でも、実際に戦場に出て………私、怖くて何もできなかった。一緒に飛ばされた赤岸くんに守られてばっかりだった」
ゆっくりと、彼女は異世界に来てからの心情を語る。
「この前、初めて千間くんに魔法を撃った。―――正直、私の魔法で彼を傷つけたらどうしようって………不安だった」
実際に召喚された異世界は、彼女にとって苦しいものばかりだったと、茶羽は言外にそう告げる。
「初めて知ったよ。元の世界の、あの暮らしがどれだけ幸せだったのか…………………―――だから、私は、みんなと帰りたい」
茶羽の脳裏に浮かぶのは、召喚の直前、急遽きまった遊びの予定。
「みんなで帰って………遊ぼう? あの時みたいには無理かもしれないけど………またやり直そうよ」
彼女の目には、いつのまにか雫がたまっていた。
「………そうだな。きっと、帰ろう」
加藤はその雫を、落ちる前に掬い上げた。
「だな。―――そのためにもまず、強くなるか」
タイガは、二人の肩に手を置き、力強く前を向いた。
閲覧いただきありがとうございます。
ようやく一区切りつきそうな今作ですが、おそらく第二部を違う作品として投稿することになるかもしれません。事前にご了承いただければ幸いです。