雨は決してすべてを流してはくれない
風を使って、雨の中を飛ぶ。
民家の屋根に何度も墜落しながら、それでも、自分の身体を痛めつけながら飛ぶ。
何分、何時間飛んでいただろう。
気づけば、周囲は闇に包まれていていた。―――そのくせ、空は曇天に支配されていて、変わらず大粒の雨がオレの全身を叩いていた。
「ぁ………」
止まる気のなかったオレは、空を大きく飛んでいる最中―――自身の魔力が尽きかけていることに気が付いた。
それもそうだろう。タイガや加藤………剣崎との戦いの中で、大量の魔力を消費した。加えて、このヤケクソな逃避行だ。
いくら、オレの魔力が強化されて、潤沢な魔力量を有していても、底をついてもおかしくない消費量だった。
どのくらいの高さだろう。
何もない平原のど真ん中。そこへ泥をまき散らしながら墜落。―――そのまま大の字で地面に転がった。
「ㇵッ………ㇵッ………ㇵッ………ははッ………」
この世界では、魔力が尽きれば死ぬらしい。オレも今はその領域へ一歩足を踏み入れているのだろう。嫌に呼吸が苦しくて、目の前が朦朧としている。
だというのに、オレはなんだかおかしくなって愉快に口元を歪めた。
「ははははははっはははははっははははははッッッ!!!!」
元から何も持ってなどいなかった。
だから、唯一隣にいてくれた彼女を大切にしていた。愛していた。―――ただ一人、オレを見つけてくれた女の子を―――失った。
「あぁ………いや、オレが『捨てたんだ』。自分で、自分の意志で」
きっと、オレが悪かったんだろう。
止まらなかったオレが悪かったのだろう。
「………………」
オレは剣崎への恨みは、『アサヒが危ないときに邪魔をした』恨みだと勘違いしていた。
しかし、それは間違いだった。
オレの恨みは、『殺されかけたこと』、『奈落に突き落とされたことで、酷い目にあったこと』ただそれだけだった。
確かに最初はアサヒの安否の確認を邪魔されたことに怒っていたのかもしれない。
でも、きっと。ウラルーギにアサヒの安否を聞いてから、その怒りは止んでいたと思う。
「ちっせぇ男………」
オレは自分が酷く矮小で、惨めな奴だとおもった。
好きな少女の『心配をしている』フリをしてたのだ。―――その奥底は私怨で満ちていたのに。
「ふっ………ふっ………ふっ………」
このまま何もしなければ、オレは死ねるのだろうか。喪失の虚無に身を浸しながら歩むことなく楽になれるのだろうか。
何をする気力も湧かない中。そんな興味がふと浮かんだ。
「もう、しんどいなァ………………」
辛いのも、痛いのも、もう嫌だった。―――頑張る理由も何も見当たらなかった。
「………………」
ゆっくりと目を閉じる。
楽に。
楽に。
楽に。
「………」
………………死ぬって、どうなるのだろうか。
「………」
意識は朦朧としている。
身体は、地面の泥と一体化したように、沈んでいるようだった。
不意に。
「怖いなぁ………」
情けなくも、そんな感情が湧いてきた。―――辛いのに、痛いのに、苦しいのに、脳に深く刻まれた生存本能だけが、薄く点滅していた。
「…………………」
気づけば、あの激戦の中でも、奇跡的に無事だったカバンから、黒いリンゴを取り出していた。
「あぁーあ………」
徐々に自分の中に魔力が満ちていく。―――魔力欠乏による死が遠のく。
「ははっ、はは………………」
『半端』な少年は、雨にうたれながら静かに嗚咽を漏らした。
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ダンスは音感なくてできません。




