輝く花には裏切りを ジュウ/イチ
「はぁ………はぁ………はぁ………」
戦場に出たあの日からずっと来ていた軍服は、右半身が爆風で焼き飛んだ。―――うっとおしくなったオレは、上着の部分を破り捨て、下のワイシャツモドキの一枚になる。
「今、殺してやる………」
爆発は上からやってきた。オレは、ヒカリの下にいたおかげで、ダメージが少なく済んだ。
しかし、それでも、身体のいたるところが大やけどを負っていて、動くと火傷した箇所が生皮をひっかかれているいるように痛む。
それでも、オレはゆっくり、ゆっくりと剣崎へ近づいた。
「………」
そんなオレの前に、立ちはだかる人間が、一人だけいた。
「ダメ。殺させない」
アサヒだった。
彼女は、大粒の涙を浮かべながらオレの前に立ち塞がっていた。
「キミは………キミだけは………もう誰も傷つけちゃいけない」
「………」
アサヒは………真道アサヒはそう言って、両手を広げて勇者を庇った。
「………、………………、………」
雨が、強くなる。
オレは、自分の中の感情をどう説明していいか分からず、口を開いては………再び閉じて、雨の降る虚空を仰いだ。
「君は―――アサヒには、『味方』でいてほしかったなぁ………」
「ヨミ………?」
あぁ、そうか―――
なんとなく出た言葉に納得した。
みんな敵だった。
みんなオレを止めに来た。
みんな、オレの行いが『間違っている』と言ってた気がする。
世界に否定されていた。
勝手に呟いて、勝手に納得して………―――それでいて、絶望した。
「………」
「………ヨミ、帰ろう………? 帰って、みんなで話し合おう?」
かつて、オレは孤独だった。手元には流行りの曲ばかりのウォークマン。オレは誰とも関係を作れない一人ぼっちの人間だった。
しかし、孤独で何もない人間を、一人の少女は救ってくれた。
今は一人。
過去に、オレを救い上げてくれた少女は、決してオレの傍にはいてくれなかった。
「ヨミ………私、ヨミの味方だから………だから………帰って話を―――」
「帰らないよ」
アサヒの言葉を遮って、オレは虚空を見つめながら告げる。
「………………………………ぇ?」
彼女の喉から、かすれた声が漏れた。
「帝国は勇者の味方だ。―――ここまで勇者を痛めつけて、殺そうとした人間は処刑される。どのみち、オレには『帰る』選択肢なんてないんだ」
「で、でも、私が証言する!! 『もともとの原因は勇者だった』って!! ヨミは何も悪くないって!」
必死に首を振り、オレへ訴えかけるアサヒ。
それでも、オレは、確信をもって言葉を紡ぐ。
「―――それでも、オレは殺される」
「そんなことさせない!! だから―――」
「それにね、アサヒ―――」
涙を、滴る雨を振り払うように叫ぶ彼女の言葉を、再び遮る。
「君はまたオレを『裏切る』だろう?」
その言葉に、彼女は惚けた表情を見せる。
「わた………しが………うら、ぎ………る? ヨミを………?」
そして、すぐに怒りの表情を作り、抗議の言葉を紡ぐ。
「裏切ってなんかいないッ!! いつ私がそんなことをしたのッ!!」
前からそうだった。
彼女は怒りが頂点を突き抜けると、涙を流しながら怒る。―――今もそうだ。彼女は自分がオレに何をしたのか、理解できず涙ながらに怒っている。
「裏切っているだろ………君は、勇者を庇っている」
「私はこの人を庇ってるんじゃ―――」
「庇っているさ。理由がどうあれ………君は剣崎ヒカリを『庇っている』」
「なんで………なんで………そうなっちゃうの………」
己の言葉が理解されない。そんな絶望に呑まれた彼女は、力なくその場にへたり込む。
「アサヒ、オレ達―――
別れよう」
決定的な一言だった。
言葉にしたオレの心に、罅が………亀裂が走るほど。
「いや………いや………いやだよ………」
「オレの言葉を理解してくれなかった。―――君の言葉を理解できなかった」
オレは彼女に背を向ける。
「互いの言葉を理解できなかったんだ。―――もう終わってるんだ、オレ達は」
手放したものは大きい。
オレは彼女への最後の餞別代わりに、勇者を放置して、歩き始める。
「やだ………やだやだやだ!! まってヨミッ!!」
後ろから追いかけてくる足音。
オレはそっと振り向き、
「ありがとう」
それだけ告げた。
そして、風を利用して、彼女を突き放し、自分だけ遥か上空へ逃避した。
「ヨミぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
閲覧いただきありがとうございます。
流しそうめん、やりました。
暑かった…