輝く花には裏切りを ニ
本日の帝都には、分厚い雲が漂っていた。昼間だというのに、一向に日の光は零れてこない。
「雨、降りそう」
誰かが言った。
誰もが雨を憂い、にわかにざわつく雑踏の中、外套を羽織った少年は、ゆっくりと歩を進める。
勇者の罪を、罪科を問い詰めるために。
憤怒に焦がされる胸の中を押さえ、罪人を逃がすまいと。息を殺し進む。
※ ※ ※
「助かったよ少年」
「おにーちゃんありがとう!!」
乗合商業馬車で一緒になった白衣の男性――――――ちゃんとした医者であった男性の診療所に大量の薬の材料を届け、ヒカリは医者夫婦の子宝である少女に手を振り、彼は診療所を後にする。
「お疲れ様。毎日毎日………ヒカリも大変だね」
「アサヒ」
診療所を出ると、アサヒがヒカリを出迎える。
「………なんでここに?」
「診療所に運んだ騎士の様子を見に来たの。んで、治療を終えて帰ろうと思ったら、ヒカリが来たから――――――待ってた」
「………? なんで?」
「―――――――………………この間、医務室で………恥ずかしいトコ見せたし………なんか慰めてくれたし………お礼言わなきゃって………」
「………恥ずかしいなら無理すんな?」
当時の状況を思い出したのか、アサヒは恥ずかしさで赤くなっている。おかげで、言動がツンデレの様相を呈しており、さすがにヒカリでも気を使ってしまうほどだった。
「………うっさい!! ありがとっ! 言いふらさないでよ!!」
「ハイハイ」
ヒカリはアサヒに、人としても、男としても最低の嘘をついている。
その最低な嘘は最悪のタイミングでアサヒを傷つけた。情けないことに、その嘘は、アサヒがヒカリを気遣えば気遣うほど、周囲がヒカリの生還に喜べば喜ぶほど、少年の心を傷つけていった。
だから、少年は心に決めた。
傷つく心も、最低な嘘も、大きすぎる罪科も、大切なものも、仲間も、すべてを抱えて歩くと――――
「ひさしぶり」
不意に、外套を羽織り、深々とフードを被った少年が二人の前に立ちふさがった。
「…………………」
「………………………………」
『誰?』という質問はなかった。
なぜなら、その声は、二人にとって存在感が大きすぎるものだったから。
「うそ………………?」
「うそじゃないよ。アサヒ。無事でよかった」
少年―――ヨミヤは左手でフードを取り、改めてその顔を二人に晒した。
「ヨミ………ヨミ、ヨミ、ヨミ、ヨミ――――――いき、生きて………」
ヨロヨロと歩き出したアサヒはやがて駆け出し、勢いよくヨミヤに抱き着いた。
「ヨミ………………死んだって聞いたから、私………私………」
「ごめん、生きてたけど………………色々あって帰ってくるの遅くなった」
ヨミヤは左腕でアサヒを抱き留め、噛みしめるように彼女の首元に顔をうずめる。アサヒも、ヨミヤの存在を感じるために、一生懸命にヨミヤを抱きしめる。
「な、ん…………………………で………いき………て………?」
「………」
一方、顔の色を真っ青にするヒカリは、口を半開きにしたまま後ずさる。―――ヨミヤはそんなヒカリを逃がすまいと、アサヒを抱いたまま、ヒカリへ視線を送る。
その瞳は鋭い冷気を帯びていた。
まるで足元が凍り付いたようにその場から動けなくなるヒカリ。
「アサヒ。―――――――ごめん、もういっこ………しなきゃいけないことがある」
アサヒの耳元でそう囁くと、ヨミヤはアサヒをそっと放し、その脇を通り過ぎる。
「千間………なんでお前………生きて………あそこから落ちて生きてるはずが………」
「…………………」
ヒカリの言葉に、ヨミヤは答えることはない。
その代わり、奈落から生還した少年は、無言で勇者に近づく。そして―――――――
力の限り、勇者の顔面をブン殴った。
人外の力で地面に叩きつけられるヒカリ。その頭部は地面にめり込み、石畳の大地にクモ巣状に亀裂が走る。
「ッ!??」
地面に何度もバウンドし、やがて無様に転がる勇者。
ヨミヤは強く握り、振りぬいた左手をゆっくりと胸の前に持ってくる。
「剣崎。――――――お前は殺す」
閲覧いただきありがとうございます。
本日台風でお仕事休みなので二本投稿します。雨風気をつけてお過ごしください。