小話:発展途上
私は魔族領の田舎出身だった。
軍人に———魔王に憧れるだけの子どもだった。
村を人間に占拠された時、危険も省みず助けに来てくれた軍の人間に———魔王に心酔したのだ。
だが、私は致命的に運動が苦手だった。
かけっこをすれば、十回中十回は最下位になる。
腕相撲は年下の女子に負ける始末。
果ては、持ち上げた剣の刀身が頭に落ちてくる始末。―――落ちてきたのが刃だったら、私は間抜けな理由でこの世を去っていた。
だから、必死に『本』を読んだ。
特別頭が良かったわけではない。―――運動ができないから、仕方なく勉強したのだ。
私が頼ったのは『魔法』。
幸い、人並みに魔法の才能はあった。―――だから、自分の持っている才能を客観的にみて、軍に入れる可能性を考えた時に、戦える手札がこれしかなかったのだ。
本を読み、村にあった唯一の魔導書―――闇属性の魔法が記載された魔導書を読み込み、魔法の修練をした。
何年もの修練の果てに———魔都で行われる軍の候補生試験に受かったときは、それはもう家族と大喜びしたものだ。
だが、現実はそう甘くはなかった。
「アベリアスが遅いッ!! 全員、追加で五十周!!」
候補生は魔法隊、兵科隊に分かれて試験を受けた。
にもかかわらず、訓練始めの合宿では朝から晩まで走らされた。―――当然、運動の出来ない私は見事に集団の足を引っ張り、何度も顔を土で汚した。
「お前ら、アベリアスがまた倒れたぞッ!! いいのか!! お前らは我らが魔王の手足だッ!! ―――その一人が惨めに転がっている!!」
『ヴァル』と呼ばれた教官は、訓練期間中、ずっと叫び散らしていた。
「ここが戦場ならアイツは死んでいる!! 我らが魔王の手足が一つ失われるのと同義だ!! ―――それでいいのかァッ!!」
教官の問いかけに息を切らしながらも全力で応答する同期は、代わる代わる私の肩を支え、一緒に走ったか分からない。
半年以上の初期訓練。その過酷さに気が付けば同期の半分以上は途中離脱していった。
だが、最下位と呼ばれた私は、走るたびに肩を支えてもらう時間を徐々に少なくしていった。
初期訓練が終わる頃には、最下位を走りながらも———一度も倒れることなく走りきることが出来た。
「お前らは魔王様の手足である。―――その『事実』を胸に刻み、誇りを持ってこの後に続く訓練に臨め。………簡単に倒れることはもう許さん」
初期訓練の最後にヴァル教官より賜った言葉は、心なしか私のことを見ているようだった。
その後は、数日の休暇を経て魔法隊と兵科隊に分かれて訓練を行う。
「また会ったなアベリアス候補生?」
「お、お久しぶりです教官………」
そして、私は魔法隊の教官であるヴァル教官と再び相まみえた。
私は初期訓練中、良くも悪くも目立ち過ぎた。
比較的座学の多い魔法隊の訓練の中でも、ヴァル教官に何度も指名されては教壇に示された問題を解かされた。
また、兵科隊ほどではないにしろ、それなりにある体力訓練・武器訓練などの身体を使う訓練では徹底的にしごかれた。
「なぜ、自分だけこんなに過酷な訓練が課されるのですか………!!」
筋力訓練中、私の上に座る教官に聞いたことがある。
「あと百回出来たら話してやらないこともない」
既に腕はミシミシッ………変な音を立てていたが、負けたくない私は腕もへし折れる覚悟で残りの百回をこなした。
「………」
さすがの教官もドン引きしていた。―――その顔は今でも忘れられない。
「………お前は、根性がありすぎる」
私の成した訓練内容に呆れたようにため息をついた教官は渋々といった風体で話始めた。
「どんな訓練もこなしてしまうその根性は、きっとお前を遥か高みの地位にお前を導くだろうさ」
その言葉は、確かに私の心臓を高鳴らせた。
だが、ヴァル教官は、その言葉をため息でかき消す。
「けれど、お前の能力は僕の見立て通りならば『平凡』」
「―――ぇ?」
教官の人差し指が、私の額に軽く触れる。
「このままではお前は能力に見合わない地位に苦しめられる。―――僕はそう判断した」
教官は、指で軽く触れただけ。―――だというのに、この時の私は身体を強く揺さぶられたかのように激しく動揺していた。
それもそうだろう。上官からの『平凡』などという評価は、『無能』にも等しい評価だ。
「だが、勘違いするなよ?」
教官はいつのまにか私の肩を強く握ってくれていた。―――おかげで倒れることもなく私は立つことが出来ていたのだ。
「僕はお前を貶したいわけじゃない」
「どうゆう………?」
私の疑問が完全に形になる前に、ヴァル教官は負荷をかけ過ぎて震えている私の腕を持ち上げて、私の視界に入るようにして見せた。
「お前が遥か高みの地位に就くまでの間に、お前の『平凡』な能力を鍛える。―――そのための過酷な訓練だ」
「教官………」
ふらついていた足元は、いつの間にか安定していた。
教官はそうして、口の端を吊り上げて挑発するように告げた。
「だがまぁ、辛くなったら遠慮せず田舎に帰ってもいいぞ? ―――無理は身体によくないからな?」
「………自分を曲げるぐらいなら、訓練の途中で死んだ方がマシです」
意趣返しのように笑って見せた私に、『フッ』と息を零した教官は、私に背を向けてプラプラと手を振りながら歩き始めた。
「―――頑張れよ」
この時から、私はヴァル教官のことを恩師として………恩人として接するようになったように思う。
そうして、怒涛の日々を送る私の耳に、ある日とある話が届く。
「聞いたか? 兵科隊に魔王様からの推薦で入ってきた奴がかなり強いらしい」
噂によると、その新入りは元から居た候補生達を次々とボコボコにしているらしい。
元々、軍に入るような奴なんて血の気の多い者が多い。―――兵科隊なんてよりその傾向が強い。
大方、途中から入ってきたエリート様にムカついた奴が喧嘩を売ったのが始まりだろう。
強くならねばならない今の時期に、そんな理由で勃発する喧嘩に『下らない』と唾棄する一方、
—――………どのくらい強いのだろうか
ヴァル教官に『平凡』と評された私は、その新入りの『非凡さ』に強く興味を惹かれた。
「見に行ってみないか?」
故に、同期にそう誘われた私は断ることが出来なかった。
兵科隊の隊舎は、魔王城を正面に見た時に右側に位置する。―――魔法隊とは正反対にある建物だ。
候補生を卒業し、正式に軍に所属する者でも、特に魔法が不得意な者がこの隊舎に寝泊まりして此処で日々訓練をする。
夜になって、そんな隊舎を訪れて最初に目にするのはドラゴンなど悠々に入れてしまう程大きい訓練所だ。
私達が訪れた時、その訓練所の中心には一人の男が佇んでいた。
他の者に見つかるのを恐れてか、中央から降り注ぐ光はこめかみから角を生やすその男を意味ありげに照らしていた。
周囲には床に転がる同期達。
「………この数を………一人で?」
一人に複数人で挑んだ痕跡に、若干の不甲斐なさを感じるが………それ以上に私は目の前の男に底知れない『何か』を感じた。
「何、こいつらの仲間?」
その言葉には冷たさと諦観が潜んでいるような気がした。
男は鋭い瞳を私達に向けている。―——その眼光には一瞬で『住んでいる世界が違う』ことを理解させる迫力がある。
証拠に、共に様子を見に来た同じ魔法隊の同期は腰を抜かしている。
「―――同期、ではある」
私は、同期の前に出てその眼と相対する。
恐怖はあった。―――だが、その瞳に私は今まで積み上げてきたものを否定されたような気がして………気に喰わなかった。
「しかし、一人に対し複数人で挑むなど情けない。―――同期だとは………思われたくないな」
「ふーん………」
男はつま先で、寝転がっている同期をひっくり返して私とその者の顔を少しだけ見比べる。
「同じに見えるけど?」
「………は?」
言葉の意味が理解できず、思わず口から漏れ出る言葉。
「君も、コイツも、どっちも大差ないぐらい………弱いでしょ?」
「―――あ?」
だが、男の続く言葉にやっと真意を理解して———私は思い切り顔をしかめた。
「弱いくせに、吼えるのは一人前。弱いんだから、もっとやることあるでしょ」
「………ご指摘はごもっともだが」
距離の開く男との数十メートル。私はゆっくりと歩き出し、言葉を吐き捨てる。
「そう言うお前は………それほどまでに強いのか?」
「―――少なくとも、こんなところで死にそうになってる甘ちゃんよりはね」
自分でも分かる。額に青筋が浮かぶほどに感情的になっている。
「―――では、『こんなところで余裕』な貴殿に、『強さ』とは何なのか………教えてもらおうか?」
魔導書を取り出し、戦闘態勢に入る。
「えー………いいけど………君、魔法使いでしょ? 僕、近接得意だけど………いいの?」
対して、私の戦闘スタイルをすぐに察した男はやる気の見えない瞳で後頭部を掻いている。
「なんだ、負けた時の言い訳が効かないから怖いのか?」
「はぁ………?」
わざとらしくニヤついて挑発すると、男の柳眉がピクリと揺れる。
「何なら、私も魔法を使わず戦った方がいいか?」
だから、追撃するように言葉を重ねる。
すると、余裕の態度を崩さなかった男が、静かに拳の骨をパキパキと鳴らし始める。
「―――別にどっちでもいいよ。負けないし」
次の瞬間―――男が駆け出す。
「っ………!!」
その速さは疾風のごとく、今まで訓練していた誰よりも速かった。
「闇纏いッ!!」
瞬時に身体能力を上げる付与魔法を発動できたのは、ヴァル教官の訓練の賜物だろう。
私は徒手空拳で突進してくる男に反応し、突き出された拳をステップで回避する。
「無明の———」
好機を見出した私は即座に魔法を行使しようと試みるが———
「甘いね」
「っ———!!」
地面に手を突いた男が、身体を捻り………私の顔面に踵を叩きこんだ。
あまりの衝撃に、無様に吹き飛ばされる。
「あーあ、だから言ったじゃん」
無様に寝っ転がる私の頭を踏みつけにする男。そんな彼に私は———
「ハッ………エリー………トサマも………大した事………ないんだな………!!」
言葉を吐き捨て、消えてやった。
「なッ………!」
正確には、男が踏んでいた私が突如として霧のように霧散して消えたのだ。
「どこに———!!」
当の私は、男の背後、十メートルほど後方で魔導書を開く。
私の能力、『幻影』。
幻を創り出すだけのシンプルな能力だが、その真価は別にある。
それは、作り出した幻影を本体に出来ること。
男に踏みつけられた私は、この能力を使って男の前から姿を消したのだ。
「無明の牡牛!!」
中断させられた魔法の手綱を離さなかった私は、即座に魔法を展開。
「チッ………ッ!!」
現れるのは魔族の長身を遥かに凌ぐ巨大な暗黒の闘牛。
地面を踏み砕く足で、黒の牡牛は男に突撃し―――不意を突かれた男は右腕を貫かれながらも、全力で牡牛を止める。
「………馬鹿力が!」
ダメージだけはしっかり残る頬を拭い、魔法の牡牛が男を足止めしているうちに魔法を発動する。
「暗き毒蛇の侵攻!」
前方に黒の球体が現れる。次の瞬間にはその球体から無数の黒い蛇が出現し、一斉に男へ殺到する。
「甘ちゃんにしてはやるじゃん………!!」
男は貫かれた腕をものともせず、しっかりと牡牛の角を掴み———
「お前は………エリートにしては脳筋が過ぎるな………ッ!!」
片腕で牡牛を振り回した。
振り回した先に居たのは、迫る黒蛇共。―――男は牡牛と黒蛇を同時に処理してしまったのだ。
「俄然、君に興味が湧いて来たなぁ………」
「そうか? 私は依然として憎たらしいがな」
貫かれた腕もものともせず、戦う意思を見せる男に、私も腰を深く落とし、いつでも動けるよう備える。
「僕の名はアスタロト。君は?」
「………アベリアス」
「アベリアス………じゃあ、続けよう。君のことを、もっと知れる気がする」
自らを『アスタロト』と名乗る男は、薄く笑いながら一歩を踏み出そうとして、
「やめんか!」
頭上から降ってきた魔王様がアスタロトの頭頂部に拳骨をいれた。
「ぐェ………っ!?」
地面に頭部を減り込ませて、そのまま意識を手放すアスタロト。
「ま、魔王様………!!?」
今まで苦戦していた相手が、一瞬でダウンしたことも衝撃だったが、あの憧れの存在が突然目の前に現れたことに私はパニックに陥る。
「よっと………」
そんな間にも、魔王様はぐったりとしているアスタロトを担ぎ———私へ視線を向けた。
「いま、倒れてる他の者を医務室へ送るよう他の部下をよこした。―――お前はコイツと一緒に私の所へ来い」
「えっ………あっ、は、はい!!」
私を通り過ぎる魔王様は、ふと振り返り———青筋を浮かべた笑顔を私へ向けた。
「夜な夜な勝手に訓練所を使い喧嘩をして、ここまで騒ぎを大きくしたことを———たっぷり説教してやるからな?」
「あっ………………」
そこで私は初めて自分が地獄の入り口に居ることを自覚したのだった。
※ ※ ※
「あーあ、王様の拳骨マジ痛かったなぁ………」
訓練所にてモップを持って床を磨く私とアスタロト。
「お前、真面目にやれ………見つかったら期間が長くなるぞ」
「はいはい」
他にも床を磨く者が居る。―――私とアスタロトが戦った日、あの場に居た者達だ。
「全く………」
あの日、魔王城の玉座まで連行された私とアスタロトは、玉座の前で正座を強制させられ、魔王様直々に説教を喰らった。
夜明けまで続いた説教に疲弊した私とアスタロトに告げられたのは、あの場に居た全員に三か月の訓練場の掃除だった。
ちなみに、私は魔王様の説教のあと、事情を聞いたヴァル教官に使いで半日説教を喰らった。
「ねぇアベリアス」
「なんだ………」
必死にモップを擦る私に、端から見ても手を抜いているだろうと分かるほど適当なアスタロトが声をかける。
「また僕と勝負してよ」
「また真夜中にか?」
「まさか。―――もう王様の拳骨はコリゴリだよ」
魔法で腕を貫かれても平気だったアスタロトが『コリゴリ』と評する魔王様の拳に戦慄しながら、何かを言いかけているアスタロトへ私は耳を傾ける。
「今度はちゃんと教官に許可をとって、魔法隊と兵科隊の合同訓練として、さ?」
「………それなら、私も望むところだ」
手を止め、アスタロトへ真っすぐ瞳を向ける。
「お前の強さを、私も学びたいからな」
「そうこなくっちゃね」
互いに不敵に笑いながら視線を交わす。
手を止めてる所をヴァル教官に見られ、怒られたのはまた別の話だ。
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