黒の反対の君 ニ
「セリル、ここで間違いないんだな?」
ヒカリ、セリル、アサヒ、ミヨの四人は、『フレースヴェルグ』の統治貴族・ボウジェンの依頼で、『フレースヴェルグ』近郊にある坑道・『ヴェルグ大洞穴』に来ていた。
「はい、間違いないっす」
「坑道って割に、なんか自然に出来たっぽいところね」
入り口の細長い通路を、数十メートルほど歩くと、目の前に現れるのは所々ランタンに照らされたすり鉢状の地形だ。
壁に沿って、中心に向かうようにある下り坂を下っていけば、一番下まで降りられる単純な構造だ。
「元は自然に出来た洞窟だそうです」
アサヒの言葉に、解説を挟むのはミヨだ。
「なんでも、洞窟の中で良質な鉄鉱石が多く取れたことからこの洞窟を坑道として『フレースヴェルグ』は使っているそうです」
ミヨは、下り坂の途中にある横穴を指さす。
「下に向かう途中にある横穴………人の手が加えられているのは主にその横穴みたいですよ」
「………詳しいんだね」
「まぁ……騎士になるために色々勉強したんで………見るのは初めてですよ」
真っすぐ興味津々で見てくるアサヒに、首に手を当てながら目を逸らすミヨ。
「あのいけ好かない統治貴族様の話では、魔獣が住み着いたせいで採掘が全くできていないらしい。―――急いで討伐するぞ」
「………ヒカリさん」
そのとき、ミヨは何を感じ取ったのか、剣を引き抜き――ゆっくりと周囲に視線を回した。
「どうしたっすか………?」
「しっ………待てセリル」
ヒカリもミヨが感じ取ったものを察知したのか、同じく剣を抜いて警戒心を高める。
「………来る」
「うっす」
二人の様子に、セリルもアサヒも臨戦態勢を整え——
刹那、
『ギィィィィィィィ!!』
無数のミミズのような魔獣が、地面の中から現れた。
「………やば」
想像以上の数にミヨは呆気にとられた。
「ミヨ、二人で殲滅するぞ!! セリルはアサヒを護衛!! アサヒは俺とミヨを援護してくれ!!」
「うっす」「了解っす!」「わかった」
咄嗟に指示出しをしたヒカリは、牙を無数に生やした円口を向けてくるミミズの魔獣———ワームが迫ってくるのを見て、
「フッ———!!」
その細長い身体を縦に両断した。
「………あれは真似できないな」
「当たり前っすよ! 新人は思いあがるなっす!」
「………うっす」
迫ってくるワームに対応しながら、そんなやり取りをする騎士二人。
「………いくよ」
そのとき、二人に守られていたアサヒが魔導書を片手に魔法を準備を終えた。
「継続回復、庇護の衣、身体増幅」
援護の魔法が次々掛けられ、三人は魔法の効力で暗闇でも仄かに輝く。
「自動回復、防御膜、強化魔法かけた!! 即死だけはしないで!!」
「了解! 行くぞミヨ!!」
「うっす」
ワームの蠢く地の底へ、ヒカリとミヨは同時に跳び出す。
「はぁぁぁぁッ!!」
突っ込んできたワームの上を滑走し、後続で迫ったワームを再び縦に両断。身体を一回転させて死骸となったワームを踏みつけて跳躍。前方に控えていた二匹の頭を瞬時に切り落とすヒカリ。
「………ッ!!」
ミヨは突っ込んできたワームをかろうじて回避すると、そのワームの頭に刃を突き刺し、そのまま落下を開始する。
吹き出る魔獣の血液に顔をしかめながら、真下からコチラを飲み込もうとするワームを認識し、咄嗟に空中に飛び出す。
しかし、すぐに真横からミヨを丸呑みにしようとワームが迫る。
「火球!!」
ミヨはすぐに剣に刻まれたルーン文字をなぞり、初級魔法を発現。―――ワームの口の中に火球を放り込む。
「くっ………!」
爆風で吹き飛ぶミヨは、何とか空中で体勢を整えると地面に着地する。
「……こんなの、いくつ命あっても……足りないな」
既に息が切れ、ミヨの肺は酸素を欲していた。
そんなとき、
「ミヨ!! 群れの中心にひと際デカい奴がいる!!」
ヒカリの声がミヨの耳朶を揺らした。
「……おそらくソイツが群れのリーダーです!! 倒せばこの群れは散って行くはずです!!」
「了解!! 俺がデカいのをやる!! お前は死なないように戦え!!」
「うっす!」
そのまま高い所から自由落下を始めるヒカリ。
ワーム達は、そんなヒカリに次々と食いつく。―――そして、次第に一つの塊になって、
「邪魔だ」
次の瞬間、全てのワームがバラバラになって吹き飛んだ。
「………はは、魔獣よりよっぽど強いな」
『勇者』と呼ばれるヒカリの理不尽な強さを目の当たりにして、ミヨは口元を引きつらせる。
「終わりだ」
落下スピードを速めるヒカリに、残ったワーム達は追いつけず、ヒカリと群れのリーダーである巨大ワームの距離が五十メートルを切ったところで、
「チッ………」
壁の中から飛来した二匹のワームがヒカリに迫る。―――ヒカリは渋々迎撃に入ろうとして、
「無限鎖」
アサヒの声と共に巨大な鎖が一匹に巻き付き、その動きを止める。
「火球」
同時に、ミヨの火球がもう一体のワームの頭部を撃ち抜き、ヒカリへの到達を阻止する。
「……最高だ」
次の瞬間、全力のヒカリの一撃が寸分の狂いもなく、地の底に蠢いていたワームのリーダーを切り裂いた。
※ ※ ※
「……死ぬかと思った」
洞穴を出た帰り道、ミヨは無表情の中に、確かに疲労感を滲ませていた。
「いや、でも凄かったミヨ。―――オマエ強いんだな」
「………うっす」
ヒカリにバンバン背中を叩かれ、居心地悪そうに背中を丸めるミヨ。
「当たり前っすよ。―――普段、訓練であんなに生意気なんだから、これくらいしてもらわないと困るっす!」
「イテテ………」
ミヨの実力だけは認めているセリルは、下からミヨの耳を引っ張る。―――その光景は弟に身長を抜かされた姉が、弟に世話を焼く光景のようだ。
「ミヨは強いんだから、もっと周りと打ち解けるべきっす」
「す、すんません………」
『まったくもう』と、セリルはミヨの耳を放すと、ヒカリと会話をしながら前を歩き始める。
「………ホント、私、君がツボだなぁ」
耳をさするミヨの背後から声をかけるのはアサヒだ。
「………なんか気に入ってくれてるのは嬉しいですが………自分、そんなに面白いですか?」
「あははっ、気に障ったならごめんね」
この短い時間で、なんとなくミヨの表情が分かるようになったアサヒは、彼の少し不服そうな表情に素直に謝罪をする。
「でも、実はそれだけじゃないんだ」
沈んでいく太陽が、次第に夜を告げ始める時間。
アサヒは、薄く見え始めている月を見上げながら言葉を紡ぐ。
「………なんだか、喋ることが苦手なその感じが………『あの人』を思い出させてね」
「『あの人』………」
「………なんだか『昔に戻ったみたい』って勝手に思ってたみたい」
「………」
後ろで手を組んで空を見上げる少女は———少し泣いているようにも見えた。
「―――あんまりウザかったらちゃんと言ってね」
「アサヒさん………」
そんな彼女に、ミヨは———
「ウザくなんかないです」
いつも通り表情の薄い顔で………アサヒとしっかり目を合わせた。
「アサヒさんが困ったときは、いつでも呼んでください。―――どこまで力になれるか分かりませんが………自分、頑張ります」
「ミヨくん………」
そんなミヨにアサヒは、
「アハハっ———ありがとう!」
確かに微笑んだ。
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