誰が為を想う
魔王サタナエルとの戦いの翌日。
回復魔法により治療を終えたヨミヤは、魔王の命令である場所に来ていた。
「ここだ」
案内役のアベリアスに連れられ、他の扉よりも二回りほど大きい扉を開くと、
「………すご」
眼前に広がるのは、巨大な図書館。
天井は、小さいビルが一棟ほど入りそうなほど高い。幅はヨミヤの目算で数百メール以上はある。奥行に関しても、城の一部とは思えない程ある。
正面のテーブルスペース以外は、基本全て本棚で、扉から見て奥の方に階段がある。
また、現代人のヨミヤにとって見慣れないのが、一部の本棚が浮いていることだ。
何もない空中に、巨大な本棚がいくつも漂っているのだ。―――おかげで、ただの図書館がより幻想的に見える。
「魔王様と私で作った空間だ。――見た目よりも中は広い。なんなら、この場所では重力は自由自在だ」
そう言って、アベリアスは軽く跳躍。―――すると、その身体は重力を忘れたように宙を漂い始めたのだ。
「―――エイグリッヒさんの隠れ家で似たようなことがあったけど………無重力みたいなのはなかったな」
旅を始めてから、徐々に魔法について知識をつけて行ったヨミヤ。―――そんな彼は、目の前の現象がどのような魔法で起きているのか………それが気になった。
「………どうせ今のお前には分からんだろう。―――気になるなら自分で調べろ」
エイグリッヒの名が出てから明らかに不機嫌そうなアベリアスは、ゆっくりと着地して、近くの椅子へ座り込んだ。
「魔王様は、お前にこの図書館で魔法の知識を蓄え、強くなって貰いたいようだ」
「なるほど………」
魔王はヨミヤの能力について、よく知らない。―――だが、戦った中である程度は能力の詳細に察しがついていたのだろう。
魔王はヨミヤを育てる一環としてこの図書館での魔法探求を命じたのだ。
「いいから、さっさと気になる本でも探してこい。―――魔王様の命令だ。わからない所があれば教えてやる」
「ありがとうございます」
「礼はいらん。―――魔王様の命令とはいえ、私は『魔王様の後継』となろうとしているお前のことは受け入れていないからな」
「………それでもありがとうございます」
そう言い残し、ヨミヤは地面を蹴って空中を漂う本棚へ向かった。
「フン………」
嘆息するアベリアスの声を背に。
———さて………とりあえずこの辺から………
現代に居たままでは困惑したであろう空中に居る感覚。―――風で飛んでいるせいですっかり慣れてしまったその感覚を意識しないまま、ヨミヤは手近な本棚を覗く。
「………コレは」
本棚の中に納まる無数の魔導書。―――その中からヨミヤの眼を引いたのは、
「つか………い………魔………」
この世界の言葉にまだ慣れないヨミヤは、かろうじてそれだけ読み取る。
———使い魔………
今までウラルーギやハーディ、イルに文字を教えてもらいながら魔導書を解析していたヨミヤは、背表紙を読み取るのに苦労するが、かろうじて『使い魔』という言葉だけ理解する。
「………」
ヨミヤはその本をギュっと握ると、ゆっくりと席に戻る。
「………使い魔の魔導書? また珍妙な本を選んだな」
「はい………一つだけやりたいことがあって………その手がかりになると思って………」
「………」
アベリアスの向かい側に座り、本を開いて読み始めるヨミヤを、アベリアスは無言で見つめる。
「………」
「………」
そうして、しばらく無言の時間が流れる。
「あの」
そんな無言を破ったのは、やはりヨミヤだった。
「………なんだ」
アベリアスは頬杖をつきながら、瞑目してヨミヤの言葉に声を返す。
「………ヴェールは、元気ですか?」
「………」
ヨミヤの発言に反応したアベリアスは、ゆっくりと目を開くと、少年を横目に見ながら口を開いた。
「………最初の一週間は部屋から出てこなかったが………今は『強くなりたい』と毎日私と鍛錬している」
「………そう、ですか」
寂しそうに………それでいて穏やかに微笑むヨミヤ。
「本人の希望でな、いずれは軍に入りたいそうだが………まだヴェールは幼い。あと五年ほど入隊までに必要だから、今は基礎戦闘力を養っている段階だ」
「入隊………ヴェールは人間に………」
「―――安心しろ。復讐ではない。本人は母を守れなかったことを悔やんでいてな………強くなりたいから軍に入りたいそうだ」
「………」
ヴェールは悪くない。
今言っても全く意味のない言葉が喉元までせりあがり、ヨミヤは口を噤む。
イルは自分が守れなかった。―――そう思っているヨミヤは、ギュッと本を握る。
「ヴェールには、お前がまだ魔王城に居ることを伝えていないが………伝えるか?」
ヨミヤの様子など気にする必要もないと言わんばかりのアベリアスは、そんなことを言うが………
「………」
少しだけ沈黙し、ヨミヤは、
「………いや、伝えないでください」
想いを飲み込み、アベリアスに首を振った。
「あの事件でヴェールが悪いことなんて一つもない」
少年はハッキリと前提を口にして、
「―――けどきっと………ヴェールは納得しない。オレが今会って何を言ってもきっとノイズにしかならない」
目を伏せ、視線を本へ落とす。
「………それなら、本人のやりたいことを思う存分やらせた方が———きっと本人のためになる」
「………そうか」
静かに、再び魔法の探求に戻るヨミヤに短くそう返し、
「………………………悪いのはお前達じゃないだろう」
アベリアスは小さく、少年に聞こえない程の声量でそんな言葉を口の中で転がした。
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