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Odd :Abyss Revengers  作者: 珠積 シオ
運命の分岐編
262/269

黒林檎 ニ

 はるか昔、帝国が『帝国』となる前。


 人々は、『星の裂け目』と見まがうほどの巨大な渓谷に一本の橋を架けた。


 目的は二つ。


 一つは渓谷の向こう側の地域へ行くため。


 ―――当時の帝国は、今の帝国全土を支配するほどの力を持っていなかったため、全ての土地を支配すべく、渓谷の向こう側の土地へと渡りたかったそうだ。


 あと一つは、『罪人の処刑場』。


 当時、帝国の支配に抗う者達が大勢いたため、捕らえた罪人をこの渓谷———奈落の底に突き落として処刑していた。


 罪人のほとんどは、成すすべなく奈落の底に叩きつけられ………死亡した。


 しかし、罪人の中でも、一部の力を持つ者達………特別な能力(ギフト)に恵まれた者や、魔法に長けた者達の中には———奈落に落とされても尚、()()()()()()()()


 彼らは、奈落の底に蔓延る魔獣達を退けながら、寄り添い合う。


 ———()()()()()()()()()()()()()()()()


 彼らは、木になる果実を元に、魔獣を狩って肉を得て、時折落とされてくる罪人を仲間とし、次第にその規模を大きくしていく。


 そんなある日、罪人達の中に奇妙な黒い角が生える者達が現れ始める。


 最初は、『角持ち』と呼ばれた彼らを迫害する者もいた。―――しかし、彼らは全員、帝国に『亡き者』として扱われた人間達。


 その意識が、迫害を自然と収め———彼らは程なくして全員『角持ち』となった。


 やがて、そんな者達の間に子どもが生まれる。


 生まれた子どもには『角』はなく、彼らを温かく迎える木………その果実を少しづつ食し―――やがて『角持ち』となる。


 一種の『成人の儀』のような文化が生まれ始めた。


 彼らは、奈落の底で時には魔獣の襲撃に合ったり、落ちてきた罪人に気味悪がられたりしながら時を過ごしていた。


 そんな時であった。


 彼らが寄り添う木に………()()()()()()()()()()


 枯れた訳ではない。―――葉は青々と茂り、幹も太く、健康そのものだった。ただ一つ………あの黒き林檎のみが生成されなくなったのだ。



 ※ ※ ※



「中途半端だが、私が見つけた文献にはそう、記されていた」


「『黒い林檎』………『黒い角』って………」


「あぁ、今の君と同じ現象が、文献の中の人間に起きていて———我々悪魔族(デーモン)と同じ特徴を持つ『角』だ」


 ヨミヤは、魔族の成り立ちについて驚きを隠せないでいた。


 この話自体が全くの『嘘』という可能性も、文献の中の人間が実は魔族と全く関係ない可能性もあるが………


———少なくとも、こんな時にわざわざ意味の分からない嘘をいう意味もないし………『関係ない』と言い切るには………類似点が多すぎる。


「この『木』とやらに何故林檎が出来なくなったのか、この『角持ち』の人間達がどうなったのか分からないが………おそらく、この人間達はそのあと、どうにかして奈落を抜け出し………魔都があるこの土地にたどり着いたんだろう」


 今現在、この土地に根差す魔族たちを考えれば、文献の中の人間達がこの土地にたどり着いたのは想像に難くない。


「………そういえば」


 そのとき、ヨミヤは不意に思い出した。


「坑道………」


 奈落から脱出したときに通った『坑道』の存在を。


「奈落から出るとき、地上に繋がる坑道がありました。―――出口に近い所に『一本角』のスケルトンも居ました」


「なるほど………坑道か………しかしスケルトン………出口ということは………地上に近い所で死んだ者がいたのか?」


「分かりません………でも、修道服みたいのを着てたんで………聖職者だったのかも?」


 ヨミヤの言葉に、『フム』と顎を撫でるサタナエル。


 やがて、考え込むようにゆっくりと口を開く。


「集団というものは『王』と呼ばれる者が存在しない場合、そういった者こそがリーダーになりやすい。―――もしかしたら、そのスケルトンが生前に集団を率いて地上に出ようとしたのかもしれんな」


「でも、どうして出口———地上に近い所でスケルトンに………?」


「あくまで推測だが………人間に見つかったのだろうな。―――おそらく『坑道』を地上に繋げる過程で既に察知されていたのだろう。当時の人間からすれば、警戒して見張っていれば『角』を持った異形が突然出来上がった坑道から、次々出てくるのだ。―――殺されるであろう」


「………」


 嫌な推測であったが、それならば陽の光を目前にしてスケルトンになってしまったあの魔獣の説明がつく。


 だが、何はともあれ、現代の魔族がこの場に居る以上、おそらく奈落から脱出した魔族たちが居るのは確実だろう。


「とはいえ、『一本角』がリーダーとは………中々人望のあるリーダーに違いないな」


「………? なんでです?」


 話題を切り替えた魔王の言葉に、ヨミヤは首を傾げた。


 そんなヨミヤに、サタナエルは魔族———主に悪魔族(デーモン)達の間で言われる『常識』のようなものを教えてくれる。


悪魔族(デーモン)にはな、『角を多く持った者』が強いと言われているんだ」


「角が多い方が強い?」


「そう、この角は言ってしまえば『魔力の塊』なんだ。―――だから単純に角が多い方が『魔力量が多い』って言われてる」


「へぇ………」


 自身の角も、もしかしたら『魔力の塊』なのかと、ヨミヤは自分の角に軽く触れる。


「それで言ったら君は、()()だな」


「え?」


 角をサワサワしているヨミヤへ、サタナエルは笑いながら告げる。


「だって、右腕が黒林檎のせいで生えたんだろう?」


「はい………」


「その上、頭に二本の角が生えてる」


「確かに………」


「じゃあ、君は実質角を『三本』持っていることになる。―――そんな魔族は聞いたことがない」


「いや、でも………腕の方は普通に動かせるし………『角』とはもっと違うんじゃあ………」


 やんわり否定する少年を、魔王はニヤニヤしながら見つめる。


「いやいや、原因が黒林檎であるなら一緒だ。―――なんなら『角』を自由自在に動かせるなんて聞いたことない」


「………仮に『最強』だとして、オレ、アナタに負けてますけど」


「そりゃぁ、私だって伊達に『魔王』はやってない。経験値の差だ」


「ま、まぁ………」


 褒められることに慣れていない少年をニヤニヤしてみていた魔王は、やがてその笑みを潜めて口を開いた。


「………実際、黒林檎を食べた祖先から見れば、悪魔族(デーモン)は年々弱体化している」


「………そうなんですか?」


「あぁ、私が魔王に就任したときから比べれば二本の角を持つ者は確実に減った」


 魔王は語る。


「おそらく、長い年月をかけて黒林檎の力が薄れてきているのだろう」


「………でも、子ども達に厳しい戦いを押し付けなくていい『理由』が出来たと考えればいいじゃないですか」


()()()()()()()()()()()


「………」


 魔王は、暗に『弱体化した魔族を待ち受ける未来』をヨミヤに示す。


「いや、わかっている。―――戦争の長期化を望んだのは私で、全ては私が悪いんだ」


 先ほどまで豪快に笑っていた男は、その笑みを潜めて、腰を曲げる。


「私はな………『選べなかった』んだ」


「選べなかった………?」


 両足の上に肘を置き、組んだ両手に顎を乗せる。


「そう。―――良い人間も悪い人間も共々殺し合わせる未来か、魔族が弱体化し人間に蹂躙される未来か………選ぶことが出来なかった故の現状なんだ」


 物憂げな表情。


 小さく皮肉な笑みを浮かべる男に、ヨミヤは静かに尋ねる。


「………なぜ、()()()()()まであなたは憂うのですか?」


 問われた男は、ゆっくりとヨミヤに視線を向けて―――それから静かに瞑目した。


「………人間は嫌いさ。私の家族を()()()


「………」


 『よくある話さ』と、男は続ける。


「けれど、人間達と戦っているうちに私は出会ってしまったんだ」


 男は目を開き、視線を落とす。


魔族(わたし)()()()()()にな」


 その言葉を紡いだ瞬間、懐かしそうに男は少年へと目を向けた。


「君のように、人間でありながら、魔族のことを想い気遣ってくれる人間にな」


「………」


「………まぁ、結局、その人間は人間の手によって『反逆者』として殺されてしまったがな」


 息を吐く男は、ゆっくりと続けた。


「それ以来、考えるんだ。―――良い人間も悪い人間も、良い魔族も悪い魔族も居る。………良い者だけが享受できる未来はないのかと」


「………」


「でもな、いくら考えても想像できないんだ。―――そんな未来がな。だから私は『現状維持』を選択した」


 『為政者としては失格だがな』と自嘲交じりに男は笑う。



「お前は『王』になりたいんだったな」



 そして、戦った時と同じような表情で、魔王は少年に問いかけた。


「………はい。―――あの皇帝を………許すことはできない」


「『人間』として、国を正さないのか?」


「この角が生えた以上………叶いません。だから、魔族の一人として………あの皇帝を打倒したい」


「………その先に待つのが、『()()』の屍の山であっても?」


「………そう、ならない未来を———考えます」


「何百年も生きる私がどうにもならない問題だというのに?」


「………」


 サタナエルから、呆れたような雰囲気が漂う。


「………子どものわがままだな」


「………それでもイルさんを殺した帝国は………許せません」


「………」


「………」


 魔王の眼光がヨミヤに突き刺さる。


 あまりの圧に、大気が震えている錯覚すら覚える。


「………」


 それでも、少年は今も心の奥底で燃えている炎を糧に、真正面から魔王の瞳を受け止める。


 そして―――


「はぁ………」


 ため息をついて、サタナエルがヨミヤより目を離した。


「………ココへの滞在を許可する」


「………何を言って———」


 魔王の言うことがあまり理解できずに口を挟もうとするが、サタナエルは、そんな少年の言葉の上から声を重ねる。


「私は帝国を滅ぼさない。―――君の願いを叶えたければ、私から『玉座』を奪い取って見せろ」


「………」


「月に二回、私との戦闘を許可する。―――それ以外の時間は私の傍で業務の見学。または鍛錬に励むといい」


 要は、『魔王』としての仕事を学びつつ、実力を磨き―――いつかは『魔王』になって見せろ。


 ―――そうゆうことらしい。


「………ありがとうございます」


「―――言っておくが、月二回の戦闘が問答無用で殺しにかかる。君も常に私を『殺す』つもりで戦え」


「はい………!」


 立ち上がった魔王・サタナエルは広い医務室を後にしようとして、


「―――君、名は?」


「………ヨミヤ、千間ヨミヤです」


「ヨミヤ………いい名だ。―――私のことは好きに呼ぶといい。一応部外者の扱いにするから敬称はいらない」


「じゃあ………『サタナエル』は長いし………魔王、さん?」


「ははッ、変な呼び方」


 カラカラ笑う、豪快な魔王はそうして部屋を後にした。

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