黒林檎 イチ
「ん———」
ヨミヤが目を開ければ、見慣れぬ天井が出迎える。―――帝城の医務室とも違う天井に、自分がどこに居るのかさえ分からなくなり、天井を見上げたまま静止する。
———オレは………一体………
意識を失う前までの出来事を思い出せず、記憶の糸を辿り———少年は思い出した。
―――そうだ………オレは……
視界を覆い尽くす死の氷雪を、身体の芯まで凍り付く冷気を………思い出した。
「………最近、負けっぱなしだな」
とりあえず身体を起こしながら、ヨミヤは呆れたように呟く。
「………」
周囲を見渡すこともせず、少年は独り息を吐く。
「なに、勝負に『負けた』だけだろう?」
「!?!?!?」
そのとき、真横から声を掛けられ、ヨミヤは危うくベッドから落ちそうになる。
「あ、あなたは………!?」
「おはよう客人!」
そこには魔王であるサタナエル———意識を失う前まで殺し合っていた相手が豪快に笑っていた。
「な、なぜあなたが………」
「なぜって………ここが魔王城だからだよ。―――私は自分の家にいてはいけないのか?」
「は………?」
魔王の言葉に耳を疑う。―――彼の言葉を額縁通りに受け取るなら、サタナエルは『殺す』と宣言した相手を保護したということになる。
戦う前の雰囲気は険悪そのものだったのにも関わらず、なぜ目の前の魔王が自分を生かしたのか理解できず、ヨミヤは困惑する。
「なんで………なんでオレを………生かした………?」
ヨミヤの問いに、魔王は………
「あー………」
ポリポリと後頭部を掻いて———口を開いた。
「今まで『明星』を使って生き残った奴がいなかったからな。―――そのしぶとさに感銘を受けた」
「………ふざけてるんですか?」
「ふざけてないふざけてない!」
魔族は多かれ少なかれ『戦い』そのものを楽しむ。
その感覚が理解が出来ず、ヨミヤは顔をしかめながら首を傾げる。
「魔族は戦いが好きで、強い『戦士』を讃えるものなの!」
「………」
戦闘中の威厳たっぷりな表情とは打って変わり、今は娘に塩対応される悲しいお父さんのようだった。
「ホント、魔族へ理解がないわ~………」
「………?」
魔王の言葉に違和感を覚えるヨミヤ。
だが、次の瞬間………魔王の口から見知った名前が飛び出す。
「イルの奴も結構戦士気質だったっしょ?」
「………知ってるんですかイルさんのこと」
ヨミヤの言葉に静かに頷くサタナエルは、重く言葉を紡ぐ。
「知ってるとも。………部下の家族だ。ついでに客人———君のこともな」
「オレのこと………?」
「あぁ、アベリアスから聞いた。―――君が元・人間であることもな」
こちらを探るような視線を向けてくるサタナエルの瞳を、ヨミヤは真正面から見つめ返す。
「―――殺しますか?」
「………」
数瞬、視線が交錯し―――
「―――そのつもりならとっくにやっている」
魔王は『ふっ』と笑った。
「私が気になっていることは一つさ」
サタナエルは人差し指を立てると、ゆっくりとヨミヤの角を指さした。
「その角が生えた経緯を教えて欲しい」
「これ………ですか………?」
「そう。―――何がどうして、悪魔族そっくりの角が人間に生えたのか。それを知りたい」
ヨミヤは自身の頭部に生えている黒い角に触れる。
「………正直、オレもよくわかりません。―――少し前に、皇帝の言葉に怒りが我慢できなくて怒ったときにこうなりました」
「フム………」
何分、この角のことはヨミヤ自身でさえよくわかっていない。
けれど———
「けど、多分………何が原因でこうなったか………それはわかります」
「………ぜひ聞かせてくれ」
ヨミヤは、この世界に来た当初のことを話し始めた。
「――――――それで、勇者に落とされた『奈落』の底で見つけた黒林檎を食べたんです」
「黒林檎………!!」
その時、今までヨミヤの話を静かに聞いていた魔王が、反応を見せた。
「それ以来、身体に模様が出来たり、模様が移動して腕が生えたり角が生えたりしたんですけど………何か知ってるんですか?」
魔王の意味ありげな反応に、ヨミは疑問を呈する。
「………」
すると、サタナエルは少しだけ迷った後、話を始める。
「今の魔族たちはほとんど知らない。―――私でさえも文献で知ったほどの事実だがな」
そう前置きをして、サタナエルは衝撃の言葉を発した。
「おそらく、その『黒林檎』とやらは———
全ての魔族の始まりとなった果実だ」
閲覧いただきありがとうございます。
次回、ついに黒林檎の正体が………!




