彼方の星を堕とす者
「絶対氷結の法」
氷結系の最上位魔法が、小手調べで顕現する。
「………!」
足元に集まる冷気を察知して、ヨミヤはその場から飛び退く。
「雪氷の爆羽」
対して、魔王・サタナエルは、一歩も動くこともないまま、巨大剣を右手に、魔導書を左手に持って泰然自若と、次の魔法を放つ。
—――追尾する羽………!
そんな魔王が放った次の魔法は、無数の氷の羽だ。―――ご丁寧にヨミヤを追尾するよう術式をいじられている。
風を使い、高速で飛び回るヨミヤは、熱線を使って次々と羽を撃ち落とすが………
「ぐッ………!」
迎撃した羽が次から次に炸裂し―――焼くような氷雪がヨミヤの皮膚を凍り付かせる。
「フム、魔法名を唱えないでの魔法顕現………そうゆう能力か」
「さぁね………!!」
しかし、皮膚を凍らされた程度で止まるヨミヤではない。
仕返しのように、今度は魔王の周囲に無数の熱線を再現。―――早期の決着を試みる。
「望まれぬ雪の世界」
刹那―――魔王が魔法を顕現。
四方八方から迫った熱線が凍り付き、地面に落ちて砕け散る。
「強力な能力だが………私とは相性が悪いな客人」
「チッ………!!」
魔法単体での戦闘が厳しいと判断したヨミヤは、すぐさま方向転換。―――サタナエルへ近接戦闘をを仕掛けるが………
「なっ………」
次の瞬間、腕を覆っていた霜が動き出し―――鋭い矢となって少年の顔面に迫った。
「ッ………!!」
咄嗟に身体を捻り、大げさに回避を行う。―――そのおかげで霜の矢が少年を貫くことはなかったが、バランスを崩したヨミヤは盛大に地面へ転がった。
「いい見世物だろう?」
「………『趣味が悪い』の間違いでしょ」
すぐさま起き上がると、眼前の魔王へ斬りかかる。
「不屈の闘志………そうゆうの好きだよ」
対するサタナエルも、魔導書を浮かせ………その巨大な剣でヨミヤの剣を受け止める。
「魔法もいいけど、やっぱ男なら剣でやり合わないとね」
「この………!!」
余裕の態度を崩さない魔王へ、苦い表情を見せるヨミヤは、一気に剣で押し返そうとするが………
—――動かない………!
「これでも暇なときはアスタロトと遊んでてね………未だにアイツには負けたことないんだからなっ!!」
笑みを見せて、押し込んできたヨミヤを魔王は正面から押し返す。
「うぁ………っ!」
吹き飛ばされるヨミヤは、受け身を取ると、最大出力の熱線をノータイムで放つ。
「出力も自由自在か!!」
獰猛に笑うサタナエルは剣を地面に突き刺すと、左手をかざす。
それだけで、熱線は受け止められて———徐々に凍結していく。
ヨミヤはその間に大きく跳躍。
「ハアァァァッ!!」
上空からサタナエルを両断しようと剣を振り下ろす。
「おっと………!」
そこで初めて、魔王は剣を携えて一歩後退する。
「一歩………動かしたぞ魔王!!」
「殺したつもりか?」
『ふっ』とヨミヤの言葉に笑みを見せるサタナエルは、動き出す。
「よっ………!」
「………!」
片手で特大の剣を振りおろす。―――それだけで豪奢な部屋の床は粉々に粉砕する。
ヨミヤは寸前で回避に成功するが………
「まだ行くぞ」
左腕をかざした魔王の手に氷で出来たもう一本の巨大剣が現れる。
「ッ!?」
身体は硬直して動かない。―――故に風を自分に当てて、無理やり後方へ倒れるように転がり、必殺の一撃を回避する。
—――あれは………!
左手をかざした瞬間、周囲に氷が集結して大剣を形づくった。
また、魔法特有の魔法名の発声がなかった。
この二つの事実を踏まえて、ヨミヤはサタナエルの能力を何となく察する。
—――氷の魔法を撃たせるのはヤバいか………!
刹那―――いつの間にかヨミヤの周囲に漂っていた氷の塊が目に付く。
「ヤバッ———!!?」
瞬間、氷が槍に変貌。―――ヨミヤへ殺到する。
咄嗟に結界で防御するものの、ヨミヤの結界は小さな板状の結界を等間隔に展開するもの。
等間隔の隙間を縫って氷槍がヨミヤの右のふくらはぎに直撃。密閉性の無い結界が裏目に出てしまった。
「ぐァ………ッ!!」
激痛に地面を転がるヨミヤだが………刺さった氷槍が操作され、無理やり足から引きはがされる。
「ぐぁぁぁぁッ!?」
「大丈夫か? ―――そこに居ると危ないぞ?」
大げさに痛がっても攻撃は止まらない。―――それが証拠に、いつのまにかヨミヤの頭上には、人ひとり簡単に押しつぶせるほどの氷塊が浮かんでいた。
—――クソッ………溶かすしか………!!
足をやられた今、満足に回避は叶わない。―――ヨミヤは先ほどと同じく、熱線の最大出力で迎え撃つが………
「なッ………!?」
ヨミヤは絶句する。
理由は簡単。
―――放った熱線が、余すことなく凍り付いたから。
「クソ………あの魔法か………!」
望まれぬ雪の世界。
おそらく付与魔法と思わしき魔法で、かけたものの周囲に魔法などを凍らせるフィールドを作る秘儀。
サタナエルは最初に自分自身にこの魔法を掛けた。―――そして、今は能力で作ったとおもわしき氷塊に、この魔法を付与した。
故に起こる現象は———熱線の凍結。
—――耐えきれるか………!?
すぐさま結界を再展開。
そして―――
「―――!!」
轟音を立てて熱線を凍てつかせた氷塊が落下する。
「………」
周囲は細かい氷の粉塵で覆われる。
サタナエルはそのまま少年の居たところを見つめ———
「………」
飛んできた結界剣を首を傾けるだけで回避する。
「ッッッ!!」
次いで、風と共に現れたのは、凍てついた血と霜に覆われた少年だ。
薙ぎ払う構えの剣は、正確にサタナエルの首を狙う。
「いい肉体強度だ………身体能力補正の練度が伺える」
巨大剣を引き抜く間もない攻撃に、サタナエルは分厚い氷で少年の刃を防ぐ。
「―――ッ!!」
しかし、少年は止まらない。
浮遊した分厚い氷に防がれた刃をそのまま滑らせて振り切る。
そして、空中で風を使い姿勢を制御。―――クルリと一回転したヨミヤは黒腕を振りかぶり、
「ほう………」
魔王の顔面に拳を叩きこんだ。
「クソ………!」
魔王はふらつく。だが、倒れることはない。
「いい拳だ!!」
次の瞬間、空中のヨミヤへ意趣返しとばかりに魔王の拳が叩きこまれる。
「がッッッ!!?」
内臓を全て潰されたかと思うほどの衝撃と共に、ヨミヤは盛大に吹き飛び玉座を派手にぶち壊して罅だらけの地面に転がった。
「ぐ………がっ………ぁぁ………ッ!!?」
「いいな客人」
息が出来ず、共に身体を蝕む激痛に悶えるヨミヤへサタナエルは語り掛ける。
「魔族………特に悪魔族や鬼頭族、牛頭族は先天的に戦闘を楽しむ傾向が強くてな。私も例に漏れずそのクチなんだが………」
少し恥ずかしそうにする魔王。
「私は今、とても楽しいぞ客人! 諦めず戦い続ける姿勢、どんな状況でも生存できる可能性を手放さない意志、相手を倒すために手段を模索し続ける思考………全てが賞賛に値する!」
「そう………かよ………」
痛む腹部に回復の魔法を掛けながら、ヨミヤは剣を杖代わりに立ち上がる。
「だったら………どうするんだ………? 魔王の座でも譲ってくれんの………?」
「はっはっは、冗談も面白いと来たな!」
豪快に笑う魔王は、やがてその笑いを、静かな笑みへ変える。
「何、素晴らしき戦士には全力で応えないといけないと………そう思っただけさ」
サタナエルは手をかざすと———
「凍結せよ」
下級の氷魔法でヨミヤの足元を凍結させる。
「―――何をする気が分からないけど………こんな魔法………!!」
初歩的な魔法と侮るヨミヤは―――足元を覆う氷を一向に砕くことが出来ない。
「なんだ………コレ………!?」
「初歩的な魔法だが………私特製の術式を組んである。簡単には砕けないし、解けないぞ?」
炎の魔法でも、結界武器でも砕けない氷に少年が困惑していると………
「では、魔王の奥義をお見せしよう」
魔王サタナエルは左手を掲げ———
「万物死せる霜の世界」
魔法で、手のひらに光り輝く光球を作り出す。
「この技を喰らって生きていた者は居ない。『絶対の秘儀』だ」
続いて右手でヨミヤの足を固定している氷以外の………全ての氷を自らの元へ集める。
「―——魔王になるというのなら………これくらいは………耐えてくれるな客人?」
———何をする気か分からないけど………とにかくヤバい………!!
足元の氷を砕こうと躍起になる間も、魔王は動く。
魔法で作った光球の周りを、自身で集めた氷で固めて巨大な氷塊を作る。―――そして、自身の能力を駆使して氷塊を圧縮し始める。
「クソ………! クソクソ………ッ!!」
その光景に、心臓が早鐘を打ち、脳みその奥底が警鐘を鳴らし続ける。
アレは『ヤバい』。
「~~~ッ!!」
この世界で出会ったどんな敵よりも、どんな現象よりも、どんな魔法よりも———『死』の予感がする。
だが、無情にも氷は一向に少年の足を放そうとはしない。
そして―――
「さて」
巨大な氷塊は、やがて元の光球と同じぐらいの大きさになる。
「客人よ、君が今まで興味本位で魔王の座を奪おうとしてきた者達と同じなのか………試させてもらう」
魔王はその氷塊を握り込むと、
「クソ………ッ!!!」
そっと、手を広げた——————
「明けの明星」
音が———凍り付いた。
次の瞬間………少年の視界には金星が堕ちてきたと見まがうほどの光が溢れ、
世界は白に満たされた。
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