魔王凝然
巨大で豪奢な鉄扉を潜ると、目の前には帝城にあった『玉座の間』にそっくりな部屋が広がっていた。
きっと、人や魔族が百人入ったってまだまだスペースがありそうな巨大な空間。
扉から真っすぐ正面に目を向ければ、この部屋に負けないくらい豪華な玉座が鎮座している。その後方には一面のガラスが夜の闇を映し出している。
—――窓の位置が違うけど………帝城の玉座の間とあんまり変わんないな………
あまり慣れない空気を誤魔化すように、そんなことを考えるヨミヤ。その時、
「ようこそお客人」
玉座の左後ろ——―大きな扉から、一人の男が現れた。
—――悪魔族………
青い短い髪に、こめかみから頭頂部にかけてうねる角を生やした悪魔族だ。
黒と青の軍服に、右肩にファーのついたマントをつけた身なりのいい、筋肉質な男だった。
「フム………」
男は、身の丈ほどある特大の大剣を地面に突き刺すと、まるで値踏みするようにヨミヤを見つめた。
「アザゼル。―――案内助かった。下がってもう休め」
「はっ………これから鍛錬してまいります」
「………『休め』って言葉の意味わかるか?」
「はい! では、行ってまいります!」
「………………まぁ、どう過ごすかなんて自由だけども」
冗談みたいなやり取りを挟み、ここまでヨミヤを案内したアザゼルはものすごい勢いで玉座の間を後にする。
できればあまり関わり合いになりたくないタイプの魔族を半眼で見送ったヨミヤは、残った男に目を向ける。
「アナタが魔王ですか?」
「ああ。―――第七十七代魔王・サタナエルだ」
ハッキリと、堂々と宣言された名乗り。
ヨミヤの中の魔王―――創作物に出てきそうな陰気で偉そうな魔王像とはかけ離れた快活な魔族だった。
「客人、まずは感謝しよう」
「………感謝?」
魔王は不思議そうな顔をしているヨミヤへ礼を告げる。
「ああ。―――私を守ろうとした者達を殺さずにいてくれただろう」
「あれは………まぁ………」
ポリポリと頬を掻きながら、目を逸らすヨミヤに、魔王は言葉を続ける。
「『目的があるから手段を選ばない』者は多い。―――そんな中で、理性的に犠牲者を出さないようしてくれたことを嬉しく思う」
少年は、そんな魔王の言葉に………少しだけ笑みを浮かべて言葉を返した。
「………まぁ、その言葉は買いかぶりすぎですよ」
「………」
魔王は影差す少年の笑みを見つめ———やがて、息を吐く。
「それで客人。――私に何か話があるのだろう?」
「………」
他よりも少し高くなっている玉座の前にたたずむ魔王に、ヨミヤは真っすぐ目を向ける。
「魔王―――アナタは人類を………帝国を滅ぼす———いや、制圧する意志はあるんですか」
「………なぜそんなことを聞く?」
「いいから答えてください………!」
普通に考えれば———帝国と敵対している魔族の王相手に、答えのわかりきった質問だ。
それでも、ヨミヤの表情は真剣そのものだった。
「………」
サタナエルは、そんな少年の目を静かにみつめて、
「帝国を滅ぼすつもりも、制圧するつもりも———ない」
「!?」
予想外の答えが、魔王の口から放たれた。
「………何故です」
サタナエルの言葉に、ヨミヤは歯を食いしばりながら問いただす。―――そんな少年に対し魔王は、
「これが一番―――平和だからだ」
「………………は?」
到底意味が理解できぬ言葉を宣う。
「………平和? 血を血で洗う現状が———罪のない魔族が………人間に殺される現状が………平和………?」
拳を強く握り込むのは———ヨミヤだ。
「ふざけるな!! 何をもってして………今の状況が平和だッ!!」
「………平和さ」
サタナエルは、巨大な大剣を地面に突き刺したまま、静かに段差を降りて………ヨミヤへ近づいた。
「仮に………魔族が戦争に勝ったとしよう」
始まるのは仮定の話。
「戦争に勝った魔族は………好き勝手人間を殺し始めるだろう」
ヨミヤの前までやってきたサタナエルの表情は———どこか寂しそうだった。
「魔王がどれだけ命令を下し、法を作ったとて………それは変わらない。同胞を殺され続けた魔族たちは人間を殺し続ける」
「っ………」
「それともアレか? 君は『相手を一人残らず殺せば平和』とでも考える輩か?」
「そんなわけ………ない………ッ!」
おそらく、帝国を『制圧する』という表現を使ったヨミヤの考えを、少なからず察した故のサタナエルの問い。
少年はそんな問いに、歯を食いしばりながら首を振る。
「ましてや帝国が勝てば、やってくる未来は魔族にとってより悲惨なものになるだろうな」
山麗の向こう側にある帝都。その方角へ目を向けながら、サタナエルは顎を撫でる。
「やって来る未来を考えれば………『戦い続ける』ことが、一番犠牲者を出さなくて済む方法なのだよ」
「っ………!」
サタナエルの言葉は、ある意味正しいのかもしれない。
犠牲者を………国民を危険に晒さないための考え方なのかもしれない。
それでも、少年には一つ———心に決めたことがあった。
「オレは………帝国を許せない」
「………」
魔王は、静かに少年の言葉に耳を貸す。
「犯罪者を裁かないどころか利益のために利用して、その罪人に殺された人のことには目を瞑る」
この世界にきて言葉を交わした者達が、少年の脳裏に浮かんでは消えていく。
「ましてや、魔族は『滅ぼす』と豪語した。―――その有無を言わせない態度と傲慢さが許せない!!」
そして、少年は腰の剣を引き抜いて、己の前にかざした。
「オレは帝国を………あの皇帝を殺すッ!」
復讐心が、剣を握る力を強める。
「………」
少年の瞳からは、一筋の涙が滴っていた。
その表情を見つめた魔王は一度瞑目して———やがて、少年の目を見て言葉を紡ぐ。
「なら、私を殺して魔王にでもなるか?」
「それができるなら」
即答するヨミヤに、サタナエルは息を吐いた。
「―――なら魔族の絶対の掟『強者優位』のルールに則って………来るといい」
「いいんだな?」
魔王は、玉座まで戻ると巨大な剣に手をかける。
「もちろん。―――客人。君が勝てたなら、晴れて君は『魔族の王』だ」
そして、魔王は自身の背丈よりも大きい剣を、まるで細枝でも掴むかのように持ち上げて―――肩に担ぐ。
「―――勝つ」
左手で剣を構え、黒腕は自由にしておく。―――そして少年は自身の『領域』を強く意識した。
「私もまだ死ねないのでな。――――――殺すぞ」
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