黒の魔王城
魔族領、魔王の座する都・魔都は、広大な街だった。
———………怪しまれることはないだろうけど。
そんな魔都へ、上空から侵入したヨミヤは、街の最北端に見える『城』へと目を向ける。
ありえない程の漆黒で塗りつぶされた、魔王の住む居城。
――違和感を覚えるほどの黒で塗りつぶされた城は、けれど、数えきれないほど設置されている窓から漏れる明かりによって、何とか『誰かが住んでいる』気配を漂わせている。
「………」
そんな『魔王城』の中庭に、ヨミヤは無造作に着地する。
落下先に、複数の魔族が見えたため、着地と同時に突風を生成。―――周囲の魔族を吹き飛ばす。
「侵入者だァッ!!」
誰かが叫んだ。
すると、それだけで、訓練された魔王軍の兵隊達は次々と中庭に集まってくる。
———本丸は………あの中心の塔かな………
周囲の魔族を一欠片も気に留めず、ヨミヤは、城の中心に聳え立つ塔へ目を向ける。
「やれッ!! ―――油断はするなよッ!!」
「「オォッ!!」」
すると、人が集まったのだろうか、魔族たちが仕掛けてくる。
「………」
ヨミヤは、そんな彼らに一瞬だけ目を向けると———全員の頭部を風の弾丸を使って撃ち抜く。
「死にはしないけど………静かにしててくれ」
「―――取った!!」
その時、昏倒を免れた一人の魔族が、大剣を振りかぶる。
「やるね」
しかし、黒腕で刃を掴んだヨミヤは………そのまま大剣を握りつぶしてしまう。
「なッ………」
唖然とする魔族の頭を、容赦なくつかんだヨミヤは、屈服させるように相手のこめかみをギリギリと締め上げる。
「魔王って………あの塔に居る?」
「ぐっ………ああああぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
おそらく、今力を入れれば、この魔族の頭は林檎のように潰すことが出来る。
だが、せっかくなので、少年は目的である魔王の居場所を尋ねる。
「魔族のクセにっ………なにかサタナエル様に………不満でも………あるというのか………!!」
「んー………まぁ、そんな所」
『魔族ではない』と、目の前の魔族の言葉を否定しようかと思ったヨミヤは、なんだか話が進まなさそうに感じて、相手の言葉を肯定してしまう。
「ふざけるなっ………あのお方は………あのお方は、人間共に虐げられていた魔族をここまで導いてくれた………偉大な方だぞ………!!」
「ふーん………」
人類が滅びかけた『絶命期』。―――今は、その次に人類が追い詰められている時代。
裏を返せば、今の時代より前………今の魔王が現れる以前は、魔族は劣勢状態にあったと言っても過言ではない。
そんな時代をひっくり返し、魔族隆盛の時代を作ったのが今の魔王。
―――なのだが、召喚された身の上であるヨミヤには、歴史の詳しいことはわからない。
「………なんでもいいけどさ………その魔王は………どこ?」
「ふっ………言うものか………そのまま迷い続けて疲弊して行け」
「忠誠心の塊だね」
いつ殺されるかわからない状況で、そこまで言い切れる目の前の魔族を素直に尊敬しながら、ヨミヤは魔族の腹部に風の弾丸を撃ち当てて、彼の意識を刈り取る。
「まぁ………自分で探せばいいか………」
※ ※ ※
「魔王様ッ!! 侵入者です!!」
玉座の間に、兵隊が一人入ってくる。
最強の悪魔族にして、魔族の王・サタナエルは———困惑の表情を浮かべた。
「えー………今から寝ようと思ってたのに?」
短い紺碧の髪に、一九〇センチは超えていそうな筋骨隆々の魔王は………………寝巻姿の恰好である自分を見つめながら、報告してきた部下を出迎えた。
「はっ、はいっ………申し訳ありませんっ………」
「ただ忘れ物を玉座の間に取りに来ただけなのに………とんだ貧乏くじだぁ………」
忘れ物である、魔法発動触媒の指輪をつけて、持っていた魔導書を使い魔法を使うサタナエルは、魔王城全体を魔法で確認する。
「あらら、本当だ………しょうがない………」
「報告だと、侵入者の目的は魔王様のようです」
「う~ん………人間になら恨まれてるけど………魔族に恨まれる覚えはないなぁ………」
「今は、第一階級・アザエル様が対応へ向かっております!」
サタナエルはパタンッ! と魔導書を閉じると、
「第一階級でも無理だね」
侵入者の実力を端的に言い表した。
「―――私が直接アザゼルに指示を出す。………悪いが君は戦闘用の装備を用意してきてくれないか?」
「か、かしこまりました」
※ ※ ※
「………………」
ヨミヤは、目の前に現れた魔族に困惑していた。
「あぁっ! これも、主を守るため………神より与えられし試練っ………これを乗り越えた時………私はもっと強くなるっ………」
だだっ広い廊下のど真ん中で、その魔族が鎖に縛られて、恍惚な表情を浮かべていたから。
「………オレは何もみなかった」
ちょっと関わり合いになりたくなくて、目を逸らしながら廊下の端の方を通ってやり過ごそうとする。
「待ちたまえ侵入者君」
しかし、次の瞬間、取んできた鎖がヨミヤの手首に巻き付き、動きを制限される。
「放してください、ボクハナニモミテマセン」
「なぜカタコトになる?」
『当たり前だろっ』というツッコミを何とか飲み込んで、ヨミヤは渋々様子のおかしい魔族に向き合う。
「私は第一階級アザエル・グレゴーリ。………侵入者君。君を捕まえに来たよ」
「………集中できないんで、普通の態勢で喋ってくれません?」
「ダメだっ!」
急に大声で否定され、流石のヨミヤもビクッと肩を震わせる。
「この全身を戒める銀の鎖は我が主を守るために強くなる必要がある私の為の神が与えたもう試練なのだ」
「スゲー早口………」
『とはいえ………』声のボリュームを抑えたアザエルは、ゆっくりと自身を縛る鎖を解放する。
「ちゃんと戦わなければ、まっとうに戦うことすら叶わぬと見た」
———結構気軽に鎖、ほどくんだ………
ほどいた鎖を、動きに邪魔にならない程度に全身にまき直し、アザエルは一冊の魔導書を取り出す。
———戦闘態勢………
………いつでも魔法を発動できる態勢だ。自然にヨミヤの警戒心も高まる。
その時だった。
『抑えろアザエル』
低い男の声が、その場に木霊した。
「魔王様………!」
「………」
突然のことに驚いたヨミヤは、そんなアザエルの言葉に声の主を悟る。
『その侵入者は強い。―――無駄な犠牲を出さないために、私が直接相手をする』
「し、しかし魔王様………」
『魔王命令だ。―――いいなアザエル?』
「………承知いたしました。―――不甲斐ない自分を恥じ、一層の鍛錬に励みます」
『お前の鍛錬は………心配になるからやめてほしい所だがなぁ………』
魔王からもツッコミを受ける、アザエルの『試練』とやらに、ヨミヤは半眼になって居ると、不意に魔王の言葉が少年へ向けられた。
『侵入者よ………お前もそれでいいな?』
「―――もちろん」
『ではアザエル。―――侵入者改め、客人の案内………頼んだぞ』
「承知いたしました」
そうして、若干不服そうなアザエルと共に、ヨミヤは玉座の間へ移動を始めた。
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